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「あ・ぁ……!」
奥を突かれた拓巳が掠れた声を上げた。体内を擦り上げられるたびに後孔からは白濁と淫液の混じったものがこぼれ出す。吐精してもなお硬く滾ったままの楔で貫かれている後孔は、縁を真っ赤に腫らしながらも必死に楔を食い締め続けていた。
(気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい……!)
拓巳の頭はそのことでいっぱいだった。優一がいつ帰宅していつから交わっているのか、もうわからない。どのくらい交わり続けているかもわからない。ただ求めるままに優一を求め熱い楔を食い締め続けた。
「二度目の発情とは思えないほど成熟しているね。あぁ、気持ちがいいよ」
「……っ」
優一の熱い囁き声に鼓膜が震え、腹部の奥が痺れたようにジンジンと脈打つ。はじめは背後から貫かれていたような気がする。そこで一度奥に注ぎ込まれたあと、いまは向かい合わせで抱きしめ合うように繋がっていた。
「あぁ……なんて香しいんだろう……わたしのΩ」
「ぅんっ!」
三カ月前に初めて噛まれた痕をきつく吸われ、首筋がざわりとした。快感とむず痒さが肌の内側をチリチリと刺激し、掻きむしりたいような落ち着かない気持ちになる。
「……どうやら、わたしも発情に入ったようだ」
「ゆ、いち、さん、」
「今度こそ本気で咬んでしまうだろう。咬むだけでは済まなくなる可能性が高い」
「いい、よ……噛んで、いいから……」
「……きみは畏れを知らない子だね」
「ゆう、いちさんは、怖くない、から」
「ありがとう……わたしのΩ」
「ん……!」
噛み痕に口づけられた後、肌に硬いものが当てられていることに気がついた。尖ったものが突き立てられるのは怖いが、突き立てているのが優一だと思えば恐怖も消える。それにこの後は自分も同じように噛みつくのだと思えば身震いするような興奮さえ感じた。
「ぃ、あ――!」
ズブリと柔らかい肌を牙が貫いた。前回よりも深いところまで突き立てられているのがわかる。それでも拓巳が痛みを感じたのは最初だけで、すぐに疼くような奇妙な感覚に襲われた。それが何か考える時間もないまま今度は強烈な快楽が首筋を覆い尽くす。
「ぁ、ぅっ!」
ブルブルと体を震わせた拓巳は、満足に声を出せないまま優一にしがみついた。首から頭へと上っていく快感に耐えようと広い背中に爪を立てる。
同時に恐怖を感じるほどの快楽から逃れたいとも思った。それは生き物が持つ生存本能のようなもので、耐えられないほどの感覚が恐ろしくて優一から体を離そうと無意識に身じろぐ。しかし優一がそれを許すことはなく、抱きしめる力を強め拓巳の細い体をしっかりと腕に囲った。
「ぁ……ぁ……」
首筋や頭を痺れさせていた快楽は、背筋を伝い腰や腹部を熱くした。深く楔を咥え込む後孔はとろけるように熟れ、もっとと催促するようにうねり出す。
逃れられない強い快楽に支配された拓巳は、気がつけば目の前にある逞しい肩に歯を立てていた。背中に爪を立てるだけでは快感に耐えることができず、無意識に噛みついたのだ。それは甘噛みよりも強かったが、優一を傷つけたくないと慮るような強さでもあった。
その様子に息を吐くように笑った優一が、首筋に牙を突き刺したままグッと腰を動かした。急な突き上げに頭を仰け反らせた拓巳は、「ふぁ!」と声を漏らしながら何度目かの絶頂を味わう。そうしてわずかに体から力が抜けると、今度は首筋にピリピリとした刺激を感じた。何か水っぽい音も聞こえてくる。
(なにか……液体……みたいな……)
ぼうっとした拓巳の脳裏に、唐突に“血”という単語が浮かんだ。この音は血をすすっている音だ――そう思った次の瞬間、拓巳の体を強烈な何かが突き抜けた。信じられないほど強烈で鋭い感覚が頭から足の先までを支配する。
恐怖を感じるほどの感覚のなか、拓巳は「噛まなければ」と思った。優一に言われたわけでもないのに、いまそうしなければと唐突に理解した。首筋に牙を感じながら、仰け反っていた頭をゆっくりと戻す。目の前にある優一の首にゆっくりと鼻先を近づけた拓巳は、すぅっと小さく息を吸い込んだ。
(この匂いが……俺のものになるんだ……)
強く甘い香りに惹かれるように拓巳の口がゆっくりと開く。優一のような牙はないが、自分の印をつけるのだという思いを込めて前歯をそっと肌に当てた。
「……!」
肌を噛んだ瞬間、優一の甘い香りがぶわりと広がった。まるで自分を包み込むかのような香りに、肌に歯を当てたままの拓巳の顔がうっとりととろける。首筋を貫く優一の牙がさらに深く入り込んだが、それに気づかないまま拓巳は射精を伴わない絶頂を迎えていた。
「ぅ……ん……んぅ……」
首に牙を感じながらの絶頂は、拓巳にとてつもない快楽をもたらした。自分が噛みついているところからあふれ出す濃厚な香りも心地いい。体内に精を注ぎ込まれる感覚も気持ちがよく、快楽で肌も体内もざわめき出す。
ただ交わり絶頂を迎えるよりもずっと強く深い快楽に、拓巳は自分の体が作り替えられていくような不思議な感覚を味わっていた。そして、それを喜び受け入れていることも感じていた。
(俺は……この人が好きだ……優一さんが好きだ)
好きだと思うだけで胸が締めつけられる。強烈な快楽を感じながらも切なくなってポロポロと涙がこぼれた。これまで感じたことがない複雑に混じり合った感情に頭も体も追いつかない。
「わたしのΩは涙もろいな」
ゆっくりと牙を抜いた優一が苦笑するような声でそう告げた。
「……ゆ、ち、さん……」
「しばらくは不安に感じることもあるだろう。吸血鬼とつがったのだから当然だ。人がそうなることはわかっていたが、それでもわたしは運命を手に入れたかった。……わたしに囚われてしまった、かわいそうなΩ」
ぐちゃぐちゃになった頭の中に優一の声が静かに染みこんでいく。わずかに感じる悲しみの声色に、ますます胸が締めつけられ涙があふれた。
「ちが、うから……俺も、望んだ、から……」
自分が噛んでいた場所に口づけ、うまく力が入らない両手で優一を抱きしめる。
「俺、うれしいんだ……感謝、も、してる……。俺も、優一さん、好き、だから……」
「きみは本当に……」
囁くような声の後、再び首筋を軽く噛まれた拓巳はフルフルと体を震わせながら快感を享受した。噛まれるたびに気持ちよくなり、体内を濡らし続けている精液に腹部の奥が熱くなる。
「これからしばらく、まともな会話はできないだろう。わたしの発情も強くなってきた。数日は交わりっぱなしだな」
「うれし、ぃ……」
「あぁ、なんてすばらしい香りだろうね。強く濃く、それでいて甘く優しくわたしを誘惑する。さぁ、発情したαとΩらしく思う存分交わるとしようか」
「んぁ……!」
ようやく射精が終わった楔を引き抜いた優一が、優しくも荒々しく拓巳をベッドに押し倒した。脱力した拓巳にキスをした優一は細さの目立つ両足を抱え上げ、白濁をこぼす後孔に再び楔を穿つ。悲鳴を上げた拓巳だったが、体は貪欲に逞しい楔を奥へ誘おうと蠢いた。
つがいになり互いに発情した二人は、この後ほとんど飲食することなく交わり続けた。
二人の発情は四日続いた。ようやく拓巳が落ち着いたのは五日目の今朝方で、ようやく一人でシャワーを浴びることができた。いまは入れ替わるように優一がバスルームを使っている。
バスローブを取ろうと一歩踏み出した拓巳は、まだ本調子じゃないことに気がついた。
(ここまで体が怠いのは初めてだ)
一年近く体を売ってきた拓巳は無茶な行為をする客に出会ったこともある。それでも翌日も怠かったことはなかった。「きっと昼も夜もシてたからだ」と思ったものの、今度はあれこれを思い出し頬が熱くなる。照れ隠しのようにゴシゴシと頬を擦り、改めて姿見を見た。
そこには素っ裸の拓巳が映っていた。裸なのはここがバスルームの隣で、そこには全身を映す大きな姿見があった。シャワーから出た拓巳は、どうしても確認したくて姿見の前に来ていた。
(これが、つがいの印)
拓巳の細い首筋には、うっすらと赤い模様が浮かび上がっている。パッと見ただけではわからないが、小さな蜘蛛の巣のようにも見えるその痣は薔薇の花を模したものだった。
(これが、俺と優一さんのつがいの証)
首筋の痣を指先で撫でる。この四日間何度も噛まれたそこは敏感になっているようで、自分の指で触れるだけでじんわりと熱を持った。体温が上がるとうっすらだった痣の赤色が濃くなり、はっきりとした模様を描き出す。
(……優一さんの首にも同じ模様が付けばよかったのに)
拓巳が噛んだ優一の首筋には、残念ながらこうした痣はできなかった。噛み痕が残るのはΩだけだと説明されたが、優一にも自分のものだという印をつけたいと考える拓巳には不満が残る。思わず口をへの字にしながら首筋の痣を撫でていると、背後からふわりとバスローブをかけられた。鏡には同じ色のバスローブを着た優一が映っている。
「裸のままで何をしているんだい?」
「……別に、なにも」
「不機嫌な顔をしている」
「……」
αやΩのことがよくわからない拓巳はつがいになった実感がない。こうして自分につがいの印が付いたのだから間違いないのだろうが、優一にも何かしらの印があればと焦りのようなものを感じてしまう。
(本当に優一さんは俺だけのものになったんだろうか)
目に見えるものを求めたくなるが、それを口に出す勇気はない。言えば自分が優一を信じていないと思われるのではと考えたからだ。そんな拓巳の気持ちなどお見通しと言わんばかりに、優一の手が噛み痕を撫でる拓巳の手を包み込む。
「痣はなくてもわたしはきみのつがいだ」
「……わかってます」
「Ωとして目覚めたばかりだから気づかないかもしれないが、そのうちつがいの絆を感じられるようになる。そうすれば不安もなくなるだろう」
「……」
ちゃんとしたΩになれば、このモヤモヤした気持ちも不安も消えるのだろうか。じゃあ自分はいつになったら、ちゃんとしたΩになれるのだろう。拓巳の中に別のモヤモヤがわき上がり眉間に小さな皺が寄った。
「人はつがいになってからもしばらくは不安を感じるものだと聞いている。不安になったらわたしに言うといい」
「……はい」
「わたしはきみのαだ。わたしがそう決めたのだから間違いない」
「……はい」
「そしてきみはわたしのΩだ。この先もずっとそれは変わらないよ、拓巳くん」
「……っ」
耳元で名前を囁かれ、体の芯にポッと熱が灯る。いつも艶やかでいい声だが、そこに色気が加わった優一の声は破壊力が凄まじかった。現に拓巳は腰が砕けたようになり、さらに落ち着いたはずの後孔がヒクンと反応している。
「きみはとてもいい香りがする。Ωとして他者を誘うこの香りも、つがいとなったわたししか感じることができない。わたしの元で目覚めたきみの香りは誰にも嗅がれることがないまま、わたしだけの香りになった」
「んっ」
噛み痕でもある痣に鼻先が触れるだけで腰が震えた。思わず吐息を漏らした拓巳に、小さく笑った優一が痣に口づける。
「これから一週間ほどは熱っぽさを感じるだろう。わたしも注意しておくが、無理をしてはいけないよ」
「ん……っ、そういえば優一さん、仕事は……?」
「仕事よりきみのほうが大事だからね、二週間の有休を取ってある」
そう言った優一に首筋を甘噛みされた拓巳は、ついに体の力までも抜けてしまった。自力で立っていることができなくなり、背後に立つ逞しい体にもたれかかる。そのとき初めて優一も興奮し始めていることに拓巳は気づいた。
(この硬いのって……)
尾てい骨あたりに硬いものが当たっている。それが昨夜まで散々体の奥を貫いていたものだとわかると後孔がきゅっと窄まった。まるでそれがほしいと言っているような反応に、拓巳の顔が真っ赤になる。
「欲望を恥ずかしがることはない。そもそも発情は一週間ほど続くものだ。五日目になって少し落ち着いただけで、きみもわたしもまだ発情状態にある」
「……でも、」
「それがαとΩだ。……ほら、わたしを誘う香りが漂い始めた。本能のおもむくままでいいんだよ」
「優一、さん」
自分が何の香りを出しているかはわからないが、優一の甘い香りは拓巳にもすぐにわかった。濃く甘い香りを嗅ぐだけで、また熱に浮かされたような感覚に陥る。後孔はヒクヒクと忙しなく空気を食み、腹部からじわっと何かが漏れ出した。
「ゆういちさん、俺、」
「また思うがままに交わろう。わたしのΩ、運命のΩ」
「んっ!」
肩にかけられたバスローブが床に落ちる。初めて使用した大きなバスルームで二人はゆっくりと体を繋げ、再燃した発情へと呑み込まれていった。
奥を突かれた拓巳が掠れた声を上げた。体内を擦り上げられるたびに後孔からは白濁と淫液の混じったものがこぼれ出す。吐精してもなお硬く滾ったままの楔で貫かれている後孔は、縁を真っ赤に腫らしながらも必死に楔を食い締め続けていた。
(気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい……!)
拓巳の頭はそのことでいっぱいだった。優一がいつ帰宅していつから交わっているのか、もうわからない。どのくらい交わり続けているかもわからない。ただ求めるままに優一を求め熱い楔を食い締め続けた。
「二度目の発情とは思えないほど成熟しているね。あぁ、気持ちがいいよ」
「……っ」
優一の熱い囁き声に鼓膜が震え、腹部の奥が痺れたようにジンジンと脈打つ。はじめは背後から貫かれていたような気がする。そこで一度奥に注ぎ込まれたあと、いまは向かい合わせで抱きしめ合うように繋がっていた。
「あぁ……なんて香しいんだろう……わたしのΩ」
「ぅんっ!」
三カ月前に初めて噛まれた痕をきつく吸われ、首筋がざわりとした。快感とむず痒さが肌の内側をチリチリと刺激し、掻きむしりたいような落ち着かない気持ちになる。
「……どうやら、わたしも発情に入ったようだ」
「ゆ、いち、さん、」
「今度こそ本気で咬んでしまうだろう。咬むだけでは済まなくなる可能性が高い」
「いい、よ……噛んで、いいから……」
「……きみは畏れを知らない子だね」
「ゆう、いちさんは、怖くない、から」
「ありがとう……わたしのΩ」
「ん……!」
噛み痕に口づけられた後、肌に硬いものが当てられていることに気がついた。尖ったものが突き立てられるのは怖いが、突き立てているのが優一だと思えば恐怖も消える。それにこの後は自分も同じように噛みつくのだと思えば身震いするような興奮さえ感じた。
「ぃ、あ――!」
ズブリと柔らかい肌を牙が貫いた。前回よりも深いところまで突き立てられているのがわかる。それでも拓巳が痛みを感じたのは最初だけで、すぐに疼くような奇妙な感覚に襲われた。それが何か考える時間もないまま今度は強烈な快楽が首筋を覆い尽くす。
「ぁ、ぅっ!」
ブルブルと体を震わせた拓巳は、満足に声を出せないまま優一にしがみついた。首から頭へと上っていく快感に耐えようと広い背中に爪を立てる。
同時に恐怖を感じるほどの快楽から逃れたいとも思った。それは生き物が持つ生存本能のようなもので、耐えられないほどの感覚が恐ろしくて優一から体を離そうと無意識に身じろぐ。しかし優一がそれを許すことはなく、抱きしめる力を強め拓巳の細い体をしっかりと腕に囲った。
「ぁ……ぁ……」
首筋や頭を痺れさせていた快楽は、背筋を伝い腰や腹部を熱くした。深く楔を咥え込む後孔はとろけるように熟れ、もっとと催促するようにうねり出す。
逃れられない強い快楽に支配された拓巳は、気がつけば目の前にある逞しい肩に歯を立てていた。背中に爪を立てるだけでは快感に耐えることができず、無意識に噛みついたのだ。それは甘噛みよりも強かったが、優一を傷つけたくないと慮るような強さでもあった。
その様子に息を吐くように笑った優一が、首筋に牙を突き刺したままグッと腰を動かした。急な突き上げに頭を仰け反らせた拓巳は、「ふぁ!」と声を漏らしながら何度目かの絶頂を味わう。そうしてわずかに体から力が抜けると、今度は首筋にピリピリとした刺激を感じた。何か水っぽい音も聞こえてくる。
(なにか……液体……みたいな……)
ぼうっとした拓巳の脳裏に、唐突に“血”という単語が浮かんだ。この音は血をすすっている音だ――そう思った次の瞬間、拓巳の体を強烈な何かが突き抜けた。信じられないほど強烈で鋭い感覚が頭から足の先までを支配する。
恐怖を感じるほどの感覚のなか、拓巳は「噛まなければ」と思った。優一に言われたわけでもないのに、いまそうしなければと唐突に理解した。首筋に牙を感じながら、仰け反っていた頭をゆっくりと戻す。目の前にある優一の首にゆっくりと鼻先を近づけた拓巳は、すぅっと小さく息を吸い込んだ。
(この匂いが……俺のものになるんだ……)
強く甘い香りに惹かれるように拓巳の口がゆっくりと開く。優一のような牙はないが、自分の印をつけるのだという思いを込めて前歯をそっと肌に当てた。
「……!」
肌を噛んだ瞬間、優一の甘い香りがぶわりと広がった。まるで自分を包み込むかのような香りに、肌に歯を当てたままの拓巳の顔がうっとりととろける。首筋を貫く優一の牙がさらに深く入り込んだが、それに気づかないまま拓巳は射精を伴わない絶頂を迎えていた。
「ぅ……ん……んぅ……」
首に牙を感じながらの絶頂は、拓巳にとてつもない快楽をもたらした。自分が噛みついているところからあふれ出す濃厚な香りも心地いい。体内に精を注ぎ込まれる感覚も気持ちがよく、快楽で肌も体内もざわめき出す。
ただ交わり絶頂を迎えるよりもずっと強く深い快楽に、拓巳は自分の体が作り替えられていくような不思議な感覚を味わっていた。そして、それを喜び受け入れていることも感じていた。
(俺は……この人が好きだ……優一さんが好きだ)
好きだと思うだけで胸が締めつけられる。強烈な快楽を感じながらも切なくなってポロポロと涙がこぼれた。これまで感じたことがない複雑に混じり合った感情に頭も体も追いつかない。
「わたしのΩは涙もろいな」
ゆっくりと牙を抜いた優一が苦笑するような声でそう告げた。
「……ゆ、ち、さん……」
「しばらくは不安に感じることもあるだろう。吸血鬼とつがったのだから当然だ。人がそうなることはわかっていたが、それでもわたしは運命を手に入れたかった。……わたしに囚われてしまった、かわいそうなΩ」
ぐちゃぐちゃになった頭の中に優一の声が静かに染みこんでいく。わずかに感じる悲しみの声色に、ますます胸が締めつけられ涙があふれた。
「ちが、うから……俺も、望んだ、から……」
自分が噛んでいた場所に口づけ、うまく力が入らない両手で優一を抱きしめる。
「俺、うれしいんだ……感謝、も、してる……。俺も、優一さん、好き、だから……」
「きみは本当に……」
囁くような声の後、再び首筋を軽く噛まれた拓巳はフルフルと体を震わせながら快感を享受した。噛まれるたびに気持ちよくなり、体内を濡らし続けている精液に腹部の奥が熱くなる。
「これからしばらく、まともな会話はできないだろう。わたしの発情も強くなってきた。数日は交わりっぱなしだな」
「うれし、ぃ……」
「あぁ、なんてすばらしい香りだろうね。強く濃く、それでいて甘く優しくわたしを誘惑する。さぁ、発情したαとΩらしく思う存分交わるとしようか」
「んぁ……!」
ようやく射精が終わった楔を引き抜いた優一が、優しくも荒々しく拓巳をベッドに押し倒した。脱力した拓巳にキスをした優一は細さの目立つ両足を抱え上げ、白濁をこぼす後孔に再び楔を穿つ。悲鳴を上げた拓巳だったが、体は貪欲に逞しい楔を奥へ誘おうと蠢いた。
つがいになり互いに発情した二人は、この後ほとんど飲食することなく交わり続けた。
二人の発情は四日続いた。ようやく拓巳が落ち着いたのは五日目の今朝方で、ようやく一人でシャワーを浴びることができた。いまは入れ替わるように優一がバスルームを使っている。
バスローブを取ろうと一歩踏み出した拓巳は、まだ本調子じゃないことに気がついた。
(ここまで体が怠いのは初めてだ)
一年近く体を売ってきた拓巳は無茶な行為をする客に出会ったこともある。それでも翌日も怠かったことはなかった。「きっと昼も夜もシてたからだ」と思ったものの、今度はあれこれを思い出し頬が熱くなる。照れ隠しのようにゴシゴシと頬を擦り、改めて姿見を見た。
そこには素っ裸の拓巳が映っていた。裸なのはここがバスルームの隣で、そこには全身を映す大きな姿見があった。シャワーから出た拓巳は、どうしても確認したくて姿見の前に来ていた。
(これが、つがいの印)
拓巳の細い首筋には、うっすらと赤い模様が浮かび上がっている。パッと見ただけではわからないが、小さな蜘蛛の巣のようにも見えるその痣は薔薇の花を模したものだった。
(これが、俺と優一さんのつがいの証)
首筋の痣を指先で撫でる。この四日間何度も噛まれたそこは敏感になっているようで、自分の指で触れるだけでじんわりと熱を持った。体温が上がるとうっすらだった痣の赤色が濃くなり、はっきりとした模様を描き出す。
(……優一さんの首にも同じ模様が付けばよかったのに)
拓巳が噛んだ優一の首筋には、残念ながらこうした痣はできなかった。噛み痕が残るのはΩだけだと説明されたが、優一にも自分のものだという印をつけたいと考える拓巳には不満が残る。思わず口をへの字にしながら首筋の痣を撫でていると、背後からふわりとバスローブをかけられた。鏡には同じ色のバスローブを着た優一が映っている。
「裸のままで何をしているんだい?」
「……別に、なにも」
「不機嫌な顔をしている」
「……」
αやΩのことがよくわからない拓巳はつがいになった実感がない。こうして自分につがいの印が付いたのだから間違いないのだろうが、優一にも何かしらの印があればと焦りのようなものを感じてしまう。
(本当に優一さんは俺だけのものになったんだろうか)
目に見えるものを求めたくなるが、それを口に出す勇気はない。言えば自分が優一を信じていないと思われるのではと考えたからだ。そんな拓巳の気持ちなどお見通しと言わんばかりに、優一の手が噛み痕を撫でる拓巳の手を包み込む。
「痣はなくてもわたしはきみのつがいだ」
「……わかってます」
「Ωとして目覚めたばかりだから気づかないかもしれないが、そのうちつがいの絆を感じられるようになる。そうすれば不安もなくなるだろう」
「……」
ちゃんとしたΩになれば、このモヤモヤした気持ちも不安も消えるのだろうか。じゃあ自分はいつになったら、ちゃんとしたΩになれるのだろう。拓巳の中に別のモヤモヤがわき上がり眉間に小さな皺が寄った。
「人はつがいになってからもしばらくは不安を感じるものだと聞いている。不安になったらわたしに言うといい」
「……はい」
「わたしはきみのαだ。わたしがそう決めたのだから間違いない」
「……はい」
「そしてきみはわたしのΩだ。この先もずっとそれは変わらないよ、拓巳くん」
「……っ」
耳元で名前を囁かれ、体の芯にポッと熱が灯る。いつも艶やかでいい声だが、そこに色気が加わった優一の声は破壊力が凄まじかった。現に拓巳は腰が砕けたようになり、さらに落ち着いたはずの後孔がヒクンと反応している。
「きみはとてもいい香りがする。Ωとして他者を誘うこの香りも、つがいとなったわたししか感じることができない。わたしの元で目覚めたきみの香りは誰にも嗅がれることがないまま、わたしだけの香りになった」
「んっ」
噛み痕でもある痣に鼻先が触れるだけで腰が震えた。思わず吐息を漏らした拓巳に、小さく笑った優一が痣に口づける。
「これから一週間ほどは熱っぽさを感じるだろう。わたしも注意しておくが、無理をしてはいけないよ」
「ん……っ、そういえば優一さん、仕事は……?」
「仕事よりきみのほうが大事だからね、二週間の有休を取ってある」
そう言った優一に首筋を甘噛みされた拓巳は、ついに体の力までも抜けてしまった。自力で立っていることができなくなり、背後に立つ逞しい体にもたれかかる。そのとき初めて優一も興奮し始めていることに拓巳は気づいた。
(この硬いのって……)
尾てい骨あたりに硬いものが当たっている。それが昨夜まで散々体の奥を貫いていたものだとわかると後孔がきゅっと窄まった。まるでそれがほしいと言っているような反応に、拓巳の顔が真っ赤になる。
「欲望を恥ずかしがることはない。そもそも発情は一週間ほど続くものだ。五日目になって少し落ち着いただけで、きみもわたしもまだ発情状態にある」
「……でも、」
「それがαとΩだ。……ほら、わたしを誘う香りが漂い始めた。本能のおもむくままでいいんだよ」
「優一、さん」
自分が何の香りを出しているかはわからないが、優一の甘い香りは拓巳にもすぐにわかった。濃く甘い香りを嗅ぐだけで、また熱に浮かされたような感覚に陥る。後孔はヒクヒクと忙しなく空気を食み、腹部からじわっと何かが漏れ出した。
「ゆういちさん、俺、」
「また思うがままに交わろう。わたしのΩ、運命のΩ」
「んっ!」
肩にかけられたバスローブが床に落ちる。初めて使用した大きなバスルームで二人はゆっくりと体を繋げ、再燃した発情へと呑み込まれていった。
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