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優一と初めて交わってから二週間が過ぎた。拓巳は、あの日どのくらいの時間をベッドで過ごしたのか覚えていない。目が覚めたら日が昇っていて、バスローブを着た優一が窓の外を見ていた。バスローブ姿ということはどこかでスーツを脱いだのだろうが、そのことすら思い出せなかった。
初日にたっぷりとαの精を受け入れた拓巳は、Ωとして未熟な体だったせいか三日間熱を出してしまった。熱でぼんやりしながらも「すみません」と謝る拓巳に、優一は「つがいの世話をするのも、わたしにとっては喜びの一つだよ」と優しく笑った。
そんな優一を思い出しながら「早く発情こないかな」と拓巳がつぶやく。最近の拓巳の頭は、ほとんどが発情のことで埋め尽くされていた。次の発情が来たときには優一も発情するだろうと教えられたからだ。
「早くこないかな」
「焦らなくても三カ月ごとに発情はやって来る」
「……優一さん」
ソファに座り庭をぼんやり見ていた拓巳の頭を、優一の冷たい手がポンと優しく撫でる。それだけで腹部の奥がじわりと熱を帯び、後孔がきゅうっと何かを食むように動いた。
「三カ月ってことは、次は二カ月半後か……」
「毎日きちんと食事をして栄養ドリンクも飲んでいる。Ωとしては目覚めたばかりで未熟だが、発情周期にズレは起きないだろう」
(オメガの発情は、三カ月ごとなんだよな)
拓巳はΩというものをよく知らない。そのため優一が教えてくれる知識しか持ち合わせていなかった。優一から、Ωは三カ月ごとに発情を迎えると教えられた。Ωが発情すればαも発情に入る。そこで交われば子を孕みやすくなるとも聞いた。
Ωについて気になることはいろいろあるが、拓巳が一番気になっているのは“つがい”という存在のことだった。次の発情で拓巳が優一の首筋を噛めばつがいの儀式は完了する。拓巳と優一は完全なつがいとなり優一は拓巳だけのものになる。ほかにも知るべきことはたくさんあるはずなのに、つがいとやらになれる日が待ち遠しくて発情のことばかり考えてしまう。
「焦らなくても、わたしのつがいはきみだけだ」
「……でも、優一さんは……」
「わたしが何かな?」
「……イケメンで金持ちだし、男も女も選びたい放題だろうから……俺なんて……」
自分はかっこよくもかわいくもない普通の十九歳の男だ。勉強も運動も適当にしていたから秀でているものは何もない。しかも、一年以上男たちに体を売っていたクズのような存在だ。
拓巳は急にいろんなことが不安になってきた。ソファの上で膝を立てると、顔を隠すように膝頭に額をつける。つがいは絶対的な関係だと優一に教えられたが、拓巳には“絶対的”という関係性がよくわからない。結婚相手と解釈するなら、優一には自分よりもよほどお似合いの人がいるはずだ。そもそも結婚なんて、その先には離婚しかない。母親を思い出し唇を噛み締める。
(オメガっていう人が少ないとしても、ゼロじゃないだろうし)
そう考えると自分が優一に選ばれた理由がますますわからなくなった。だからこそ、つがいが本当に絶対的な関係だとしたら早く完璧なつがいになりたいと焦ってしまう。
「きみがΩだからつがいに選んだわけじゃない。あぁいや、違うな。Ωというのも選んだ要素の一つではあるが、西野拓巳というΩでなければ選ばなかった。ほかのΩでは意味がないからね」
「……」
顔を上げずじっとしている拓巳の隣に優一が座った。
「わたしたちには運命の相手に強烈に惹かれる特性があってね。昔からαとΩにはそういう繋がりがあると言われてきた。互いの数が減ったいま、とくに運命の繋がりを求める傾向が強くなっている。これも種族的本能の一種なのだろう。長い命を共に生きるなら最良の相手がいいと考えるのは当然だ」
俯いたままの拓巳の鼻腔を、かすかな薔薇の甘い香りがくすぐり始める。
「初めてきみの香りを感じたのは、偶然すれ違った夢魔からだ。彼からきみのことを聞き、あのSNSにアクセスした。そうして初めて出会ったあの日、間違いなくわたしのΩだと確信した。きみはまだ目覚めてもいなかったのに、きみしかいないと確信できたのは運命の相手だからだろう」
「……でも、ほかにも俺みたいなオメガがいるかもしれない」
「運命は一人しかいない。人は忘れてしまったかもしれないが、わたしたちはそのことをよく知っている」
断言する優一の言葉と甘く優しい香りに導かれるように、拓巳はゆっくりと顔を上げた。自分を見つめる不思議な色合いの目に視線を囚われながら気になったことを尋ねる。
「運命って……一人、なんですか?」
「一生に一人しか存在し得ない」
「運命しか、つがいにならないんですか?」
拓巳の問いかけに、優一が苦笑のような笑みを浮かべた。
「残念ながら、運命と出会う確率は非常に低くてね。とくに人のΩやαは、人の中にあっては目覚めないことがほとんどだ」
「目覚めない……」
「たとえα因子やΩ因子を持っている人がいたとしても、人同士では関知できない。わたしたちのような強いαと出会ったΩが目覚めるか、もしくは狼や夢魔のΩと性交すれば目覚めるαもいるかもしれないが、そうした人が果たしてどのくらいいるだろうね」
優一の話をすべて理解することはできなかったが、非常に稀な出会いだということは拓巳にもなんとなく理解できる。
「わたしたちは、それだけ確率の低い出会いを果たした。きみは間違いなくわたしだけのΩだ。それはつまり、わたしがきみだけのαだということでもある」
優しく言い切る優一に拓巳の胸が高鳴った。
「八十年近く生きているが、わたしも本当に運命に出会えるとは思っていなかった。人の世に住んで五十年以上経つが、人のΩ自体もあまり見なかったからね」
さらりと話す優一の言葉に拓巳が「え?」と目を見開く。
「あの……八十年、って、」
「わたしの年齢だよ。そろそろ八十年ほどになる」
「ってことは、八十歳……」
「人の世に出てきたのは二十年を少し過ぎたくらいだったから、そういう意味では五十ほどと言ったほうがいいかな」
「……五十歳」
拓巳の背中がブルッと震えた。交わっていたときはどうでもいいと思っていたが、優一がどういう人物なのか改めて考えると不安になってくる。
(長生きってレベルじゃない。それってもしかしなくても、人じゃないってことなんじゃ……)
それとも優一の冗談だろうか。そう思って顔を窺うものの冗談を言っているようには見えない。それに拓巳には心当たりがあった。
初めて交わった日から、そういう雰囲気になると優一は首筋を甘噛みするようになった。そもそも儀式だとか言って噛まれたのも自分が優一を噛むのもおかしな話だ。行為の最中は頭も体も快楽に呑まれて深く考えないままだったが、この先もこのままでいいのだろうか。見惚れていたはずの優一の目を、拓巳は初めて怖いと思った。
「つがいが吸血鬼と呼ばれる存在だというのは、やはり恐ろしいかい?」
「きゅうけつ、き」
「昔から人にはそう呼ばれている。……怖いかい?」
「そんな、ことは……」
最後まで言い切ることはできなかった。
「無理をしなくていい。わたしたちが人からどう思われているかは、よくわかっている。わたしたちのほとんどは強いαで、何者でもない人の上に君臨し続けてきたからね。人に紛れて生きるようになって久しいが、人にはその頃植えつけられた恐怖心が根強く残っているのだろう。もしくは、何者でもない者がαに感じる恐れかもしれないが」
碧色にも灰色にも見える目の奥がわずかに揺れているように感じる。拓巳には、それが優一の悲しみのように思えた。
「怖……くない、とは、言えないですけど……。でも俺、優一さんは優しいと思います。だって……こんなクズみたいな俺を必要だって……。つがいにも、してくれたし……」
徐々に小さな声になっていく拓巳の頭を、優一の大きな手がポンと優しく撫でた。
「自分を卑下する必要はない。きみはわたしのΩだ。つがいになったこれからは新たな命を歩むことになる。まだ年若い見た目は気になるが、そのうち馴染んでいくだろう」
「……年若いって、俺、もう十九……あ、」
「きみが十九歳だということは知っているよ。初対面の夜に、勝手ながら身分証を見せてもらったからね」
「……嘘ついて、すみません」
「謝らなくていい。わたしが二十年ほどで人の世に出てきたから、そのくらいがベストかと思っていただけだ。それに、つがいにしたときのことを考えて念のために確認しただけだから」
「確認って……?」
「長い命で人の世に住むには、あまり若いと目立ってしまう。それでなくともきみは見た目が実年齢より若く見える。それもΩの特徴の一つではあるが、……いや、わかっていて待てなかったのはわたしのほうだ。きみに咎はない」
よくわからないまま優一を見つめていると、小さくフッと笑われる。
「わたしがきみに合わせればいいだけの話だ」
「あわせる?」
「わたしたちは見た目を少しばかり変えることができる。いまはいくつか会社を経営している立場だからこの姿をしているが、人で言うところの十歳ほどは若返ることが可能だ。……ふむ、そうすれば十九歳のきみの隣にいてもおかしくはないな」
「見た目って、え? 十歳って、えぇ?」
「さすがにこのままではよくて親子、中には情夫か何かだと思われかねない。それはわたしとしても本意ではないからね」
一度に多くのことを知らされた拓巳は混乱していた。それでも優しく微笑む優一の表情と甘い香りに、そばにいていいのだとわかりホッとする。そんな拓巳に再び笑いかけた優一はそっと手を伸ばし、まだ少し痩せたままの体を抱きしめた。
「きみはわたしのΩで運命のつがいだ。どうか、わたしのそばにいてほしい」
「……優一さん」
乞うような言葉に、拓巳の背中がふるっと震えた。胸がぎゅっとつかまれるような感覚に目尻が少しだけ濡れる。
たとえ優一が人でなくてもかまわない。生まれて初めてそばにいてほしいと言ってくれた人で、つがいという結婚相手にも選んでくれた。毎日あふれんばかりの気持ちを伝えてくれもする。これまでクズのような人生を送ってきた自分にも価値があるのだと思わせてくれるた。それだけで十分だ。拓巳は思いの丈を込めて優一を抱きしめ返した。
「俺も、そばにいたいです」
「ありがとう……可哀想なわたしだけのΩ」
「え? 優一さん何……、っ」
聞き逃したつぶやきを確認しようと体を離した拓巳だったが、すぐさま口づけられて問いかけることは叶わなかった。そのまま舌を吸われ唇を噛まれ、ジンとした痺れのような快感に体が熱くなる。
そのまま拓巳は、発情を伴わない何度目かの交わりに呑み込まれていった。
初日にたっぷりとαの精を受け入れた拓巳は、Ωとして未熟な体だったせいか三日間熱を出してしまった。熱でぼんやりしながらも「すみません」と謝る拓巳に、優一は「つがいの世話をするのも、わたしにとっては喜びの一つだよ」と優しく笑った。
そんな優一を思い出しながら「早く発情こないかな」と拓巳がつぶやく。最近の拓巳の頭は、ほとんどが発情のことで埋め尽くされていた。次の発情が来たときには優一も発情するだろうと教えられたからだ。
「早くこないかな」
「焦らなくても三カ月ごとに発情はやって来る」
「……優一さん」
ソファに座り庭をぼんやり見ていた拓巳の頭を、優一の冷たい手がポンと優しく撫でる。それだけで腹部の奥がじわりと熱を帯び、後孔がきゅうっと何かを食むように動いた。
「三カ月ってことは、次は二カ月半後か……」
「毎日きちんと食事をして栄養ドリンクも飲んでいる。Ωとしては目覚めたばかりで未熟だが、発情周期にズレは起きないだろう」
(オメガの発情は、三カ月ごとなんだよな)
拓巳はΩというものをよく知らない。そのため優一が教えてくれる知識しか持ち合わせていなかった。優一から、Ωは三カ月ごとに発情を迎えると教えられた。Ωが発情すればαも発情に入る。そこで交われば子を孕みやすくなるとも聞いた。
Ωについて気になることはいろいろあるが、拓巳が一番気になっているのは“つがい”という存在のことだった。次の発情で拓巳が優一の首筋を噛めばつがいの儀式は完了する。拓巳と優一は完全なつがいとなり優一は拓巳だけのものになる。ほかにも知るべきことはたくさんあるはずなのに、つがいとやらになれる日が待ち遠しくて発情のことばかり考えてしまう。
「焦らなくても、わたしのつがいはきみだけだ」
「……でも、優一さんは……」
「わたしが何かな?」
「……イケメンで金持ちだし、男も女も選びたい放題だろうから……俺なんて……」
自分はかっこよくもかわいくもない普通の十九歳の男だ。勉強も運動も適当にしていたから秀でているものは何もない。しかも、一年以上男たちに体を売っていたクズのような存在だ。
拓巳は急にいろんなことが不安になってきた。ソファの上で膝を立てると、顔を隠すように膝頭に額をつける。つがいは絶対的な関係だと優一に教えられたが、拓巳には“絶対的”という関係性がよくわからない。結婚相手と解釈するなら、優一には自分よりもよほどお似合いの人がいるはずだ。そもそも結婚なんて、その先には離婚しかない。母親を思い出し唇を噛み締める。
(オメガっていう人が少ないとしても、ゼロじゃないだろうし)
そう考えると自分が優一に選ばれた理由がますますわからなくなった。だからこそ、つがいが本当に絶対的な関係だとしたら早く完璧なつがいになりたいと焦ってしまう。
「きみがΩだからつがいに選んだわけじゃない。あぁいや、違うな。Ωというのも選んだ要素の一つではあるが、西野拓巳というΩでなければ選ばなかった。ほかのΩでは意味がないからね」
「……」
顔を上げずじっとしている拓巳の隣に優一が座った。
「わたしたちには運命の相手に強烈に惹かれる特性があってね。昔からαとΩにはそういう繋がりがあると言われてきた。互いの数が減ったいま、とくに運命の繋がりを求める傾向が強くなっている。これも種族的本能の一種なのだろう。長い命を共に生きるなら最良の相手がいいと考えるのは当然だ」
俯いたままの拓巳の鼻腔を、かすかな薔薇の甘い香りがくすぐり始める。
「初めてきみの香りを感じたのは、偶然すれ違った夢魔からだ。彼からきみのことを聞き、あのSNSにアクセスした。そうして初めて出会ったあの日、間違いなくわたしのΩだと確信した。きみはまだ目覚めてもいなかったのに、きみしかいないと確信できたのは運命の相手だからだろう」
「……でも、ほかにも俺みたいなオメガがいるかもしれない」
「運命は一人しかいない。人は忘れてしまったかもしれないが、わたしたちはそのことをよく知っている」
断言する優一の言葉と甘く優しい香りに導かれるように、拓巳はゆっくりと顔を上げた。自分を見つめる不思議な色合いの目に視線を囚われながら気になったことを尋ねる。
「運命って……一人、なんですか?」
「一生に一人しか存在し得ない」
「運命しか、つがいにならないんですか?」
拓巳の問いかけに、優一が苦笑のような笑みを浮かべた。
「残念ながら、運命と出会う確率は非常に低くてね。とくに人のΩやαは、人の中にあっては目覚めないことがほとんどだ」
「目覚めない……」
「たとえα因子やΩ因子を持っている人がいたとしても、人同士では関知できない。わたしたちのような強いαと出会ったΩが目覚めるか、もしくは狼や夢魔のΩと性交すれば目覚めるαもいるかもしれないが、そうした人が果たしてどのくらいいるだろうね」
優一の話をすべて理解することはできなかったが、非常に稀な出会いだということは拓巳にもなんとなく理解できる。
「わたしたちは、それだけ確率の低い出会いを果たした。きみは間違いなくわたしだけのΩだ。それはつまり、わたしがきみだけのαだということでもある」
優しく言い切る優一に拓巳の胸が高鳴った。
「八十年近く生きているが、わたしも本当に運命に出会えるとは思っていなかった。人の世に住んで五十年以上経つが、人のΩ自体もあまり見なかったからね」
さらりと話す優一の言葉に拓巳が「え?」と目を見開く。
「あの……八十年、って、」
「わたしの年齢だよ。そろそろ八十年ほどになる」
「ってことは、八十歳……」
「人の世に出てきたのは二十年を少し過ぎたくらいだったから、そういう意味では五十ほどと言ったほうがいいかな」
「……五十歳」
拓巳の背中がブルッと震えた。交わっていたときはどうでもいいと思っていたが、優一がどういう人物なのか改めて考えると不安になってくる。
(長生きってレベルじゃない。それってもしかしなくても、人じゃないってことなんじゃ……)
それとも優一の冗談だろうか。そう思って顔を窺うものの冗談を言っているようには見えない。それに拓巳には心当たりがあった。
初めて交わった日から、そういう雰囲気になると優一は首筋を甘噛みするようになった。そもそも儀式だとか言って噛まれたのも自分が優一を噛むのもおかしな話だ。行為の最中は頭も体も快楽に呑まれて深く考えないままだったが、この先もこのままでいいのだろうか。見惚れていたはずの優一の目を、拓巳は初めて怖いと思った。
「つがいが吸血鬼と呼ばれる存在だというのは、やはり恐ろしいかい?」
「きゅうけつ、き」
「昔から人にはそう呼ばれている。……怖いかい?」
「そんな、ことは……」
最後まで言い切ることはできなかった。
「無理をしなくていい。わたしたちが人からどう思われているかは、よくわかっている。わたしたちのほとんどは強いαで、何者でもない人の上に君臨し続けてきたからね。人に紛れて生きるようになって久しいが、人にはその頃植えつけられた恐怖心が根強く残っているのだろう。もしくは、何者でもない者がαに感じる恐れかもしれないが」
碧色にも灰色にも見える目の奥がわずかに揺れているように感じる。拓巳には、それが優一の悲しみのように思えた。
「怖……くない、とは、言えないですけど……。でも俺、優一さんは優しいと思います。だって……こんなクズみたいな俺を必要だって……。つがいにも、してくれたし……」
徐々に小さな声になっていく拓巳の頭を、優一の大きな手がポンと優しく撫でた。
「自分を卑下する必要はない。きみはわたしのΩだ。つがいになったこれからは新たな命を歩むことになる。まだ年若い見た目は気になるが、そのうち馴染んでいくだろう」
「……年若いって、俺、もう十九……あ、」
「きみが十九歳だということは知っているよ。初対面の夜に、勝手ながら身分証を見せてもらったからね」
「……嘘ついて、すみません」
「謝らなくていい。わたしが二十年ほどで人の世に出てきたから、そのくらいがベストかと思っていただけだ。それに、つがいにしたときのことを考えて念のために確認しただけだから」
「確認って……?」
「長い命で人の世に住むには、あまり若いと目立ってしまう。それでなくともきみは見た目が実年齢より若く見える。それもΩの特徴の一つではあるが、……いや、わかっていて待てなかったのはわたしのほうだ。きみに咎はない」
よくわからないまま優一を見つめていると、小さくフッと笑われる。
「わたしがきみに合わせればいいだけの話だ」
「あわせる?」
「わたしたちは見た目を少しばかり変えることができる。いまはいくつか会社を経営している立場だからこの姿をしているが、人で言うところの十歳ほどは若返ることが可能だ。……ふむ、そうすれば十九歳のきみの隣にいてもおかしくはないな」
「見た目って、え? 十歳って、えぇ?」
「さすがにこのままではよくて親子、中には情夫か何かだと思われかねない。それはわたしとしても本意ではないからね」
一度に多くのことを知らされた拓巳は混乱していた。それでも優しく微笑む優一の表情と甘い香りに、そばにいていいのだとわかりホッとする。そんな拓巳に再び笑いかけた優一はそっと手を伸ばし、まだ少し痩せたままの体を抱きしめた。
「きみはわたしのΩで運命のつがいだ。どうか、わたしのそばにいてほしい」
「……優一さん」
乞うような言葉に、拓巳の背中がふるっと震えた。胸がぎゅっとつかまれるような感覚に目尻が少しだけ濡れる。
たとえ優一が人でなくてもかまわない。生まれて初めてそばにいてほしいと言ってくれた人で、つがいという結婚相手にも選んでくれた。毎日あふれんばかりの気持ちを伝えてくれもする。これまでクズのような人生を送ってきた自分にも価値があるのだと思わせてくれるた。それだけで十分だ。拓巳は思いの丈を込めて優一を抱きしめ返した。
「俺も、そばにいたいです」
「ありがとう……可哀想なわたしだけのΩ」
「え? 優一さん何……、っ」
聞き逃したつぶやきを確認しようと体を離した拓巳だったが、すぐさま口づけられて問いかけることは叶わなかった。そのまま舌を吸われ唇を噛まれ、ジンとした痺れのような快感に体が熱くなる。
そのまま拓巳は、発情を伴わない何度目かの交わりに呑み込まれていった。
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