垂れ耳兎スピンオフ

朏猫(ミカヅキネコ)

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狼と猫11

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「やり過ぎだ、馬鹿!」

 翌朝、オリヴィは腰が抜けたような状態で起き上がることができなかった。それに申し訳なさそうな顔をしたアスミが甲斐甲斐しく世話を焼く。

(そういうのも恥ずかしいっていうか……あーっ、くそっ)

 心の声が口汚くなるのは照れているからだ。そんな自分に気づき、つい八つ当たりのように「やり過ぎだ」とアスミに文句を言ってしまう。

「すまなかった。しかし、あんなふうに誘われて我慢できなかったんだ」
「さ……そってなんかねぇよ!」
「いや、あれは間違いなく……」
「うるさい! 俺は初めてだったんだ! それで誘うとかあるわけねぇだろ!」

 頬を真っ赤にしながらオリヴィがまくし立てる。それに一瞬目を見開いたアスミは、次の瞬間嬉しそうに顔をほころばせた。

「わ、笑うな! そもそもおまえは経験者なんだろ!? それなら初めての俺をもう少し気遣うとか、そういうことできなかったのかよ!?」
「それに関しては申し訳ないと思っている。あまりの気持ちよさに抑えが効かなかった」
「~~っ! お、まえは……っ。じゃあ、これも抑えられなかったからだって言うのかよ!?」

 オリヴィが寝間着の胸元をくつろげた。そうして露わになった肩には歯形がくっきりとついている。それにはアスミも眉を寄せ痛みを耐えるような表情を浮かべた。

「傷を付けるつもりはなかったんだ。本当にすまないと思っている」

 そう言ってアスミが頭を下げた。何度目かの姿にオリヴィもばつが悪くなる。
 狼族は行為の最中、本能的に相手を噛むことがあると聞いたのは今朝だった。噛み痕を見たアスミは何度も謝り、丁寧に消毒を手当した。オリヴィも「本能ならしょうがないよな」と納得したはずなのに、照れ隠しでつい責めるようなことを口にしてしまう。

「悪い。わかってるのに、つい……その、ごめん」
「いや、噛みついた俺が悪い。これまでは噛みつくことがなかったから大丈夫だと思って油断していた。すまなかった」
「これまでって、」

 オリヴィの指摘にアスミが「しまった」というような顔をした。それにグリーンの目が「隠すんじゃねぇよ」と促す。

「……華街かがいで何度か兎族の雄を相手にしたことがある。そのとき噛むことはなかったし相手が発情しも大丈夫だった。だからてっきり噛む癖はないと思っていたんだが……」
「なるほど、さすがいいとこのお坊ちゃんだな。華街かがいなんてバカ高いところで経験を積んだ結果が昨夜ってことか」

 つい、つっけんどんな口調になってしまった。自分以外と関係を持っていたことに対してではなく、雄としての経験値の差にオリヴィは苛ついていた。

「二度とオリヴィ以外は抱かない。約束する」
「んなの、俺も雄なんだから気にしてない」
「でも、怒っているだろう?」
「それは……同じ雄で、しかもおまえのほうが一つ年下だっていうのに雄としての経験の差を見せつけられてだなぁ」
「つまり、オリヴィは雄としての経験もないということか」
「……っ!」

 指摘された内容にオリヴィの顔が段々と赤くなっていく。

「クッソ恥ずかしいこと、真顔で言うな」
「オリヴィの綺麗な体を知っているのが俺だけだと思うと、たまらなく興奮する」
「だからっ! 昼間っから盛るな!」

 目の前にあるアスミの股間が膨らんでいることにオリヴィはギョッとした。慌てて「しないからな!」と言うと、「もちろんだ。いまはオリヴィの体のほうが大事だ」と真面目な顔でアスミが答える。

「それに雌の部分にも負担をかけただろうし」
「……だから、真面目な顔でそんなこと言うなって言ってんだろ」

 ますます赤くなる顔を隠すようにオリヴィがそっぽを向いた。そうしながら、毛布の中でそっと自分の腹に手を当てる。
 昨夜、ここにこれでもかと言うほど精を注ぎ込まれた。それなのに今朝こぼれ落ちたのはわずかな量だ。つまりほとんどがいまも腹の中の、おそらく雌の部分に溜まっているのだろう。

(しかも、孕ませるためのコブまで出てたって)

 狼族は確実に孕ませるため、吐精するとき根元が膨らむのだという。「そういえば獅子族も似たようなこと言ってたっけ」と思い出しながら、そんな状態でも傷一つ負わなかった己の尻に感心してしまった。

「もういいよ。そもそもおまえだけのせいじゃないし……その、俺だって途中からタガが外れたっていうか、その……気持ちよかったわけだし」
「次は優しくする」
「だから、おまえはなぁ」

 若干呆れながら視線を向けた先には、真剣なアスミの顔があった。そんな表情を見せられては文句を言うことなんてできなくなる。

「それに俺はオリヴィと番いたいと思っている」
「……本気かよ」
「本気だ。それともオリヴィは俺と番いたくないのか?」
「そんなことはねぇし離すつもりもねぇけど……でも、おまえは立場ってもんがあるだろ?」
「関係ない。そもそもオリヴィのことがなくても故郷に帰るつもりはなかった。いつか定住したいと思える場所にたどり着ければいいと思って旅を続けていた。その場所がここ、オリヴィの隣だったということだ」

 オレンジ色の目がわずかに色を濃くした。真剣な眼差しにオリヴィの胸がじわりと熱くなる。

「俺だっておまえと番いたいと思ってるよ。じゃなきゃ、あんなことしようとは思わない」

 ボソボソとしたオリヴィの言葉にアスミがフッと微笑んだ。寝ているオリヴィの額をそっと撫で、「食事の用意をしてくる」と寝室を出て行く。

「……あいつ、本当に年下かよ」

 先ほどの言葉はまるで「俺の居場所を見つけた」と言っているようなものだ。そんな言葉をさらりと口にするアスミは同じ雄から見てもかっこいい。そんな雄が同じ雄の自分を選んだことに胸がきゅっと切なくなった。自分の隣を居場所だと思ってくれたことに、オリヴィの頬がじわじわと熱くなる。

「こういうのが幸せってやつなのかな」

 思わずつぶやいた言葉に胸がくすぐったくなる。「そういやアスミの手料理を食べるのは初めてだな」と思いながら、オリヴィはゆっくりと目を閉じた。
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