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狼と猫4

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 ズィーナの難癖にオリヴィが小さくため息をついた。

「腑抜けじゃなくて珍しい狼族だったんだよ」
「ハッ! そもそもハンパもんのおまえなんかに雇われる狼族だからな、見た目だけで大したことなかったってこったな!」

「ハンパ者」という言葉にオリヴィの目がグッと細くなる。

「アスミが働くことと俺が混合種ミックスってのは関係ねぇだろ」
「どうだか。まぁ一応狼族なんだろうし、用心棒の代わりくらいにはなるだろうけどなぁ?」
「……おまえ、ほんと何しに来たんだ? 用がないなら帰れ」

 オリヴィの言葉にもズィーナの口は止まらない。

「そもそも狼族がハンパもんの言うこと聞いて働くってのがおかしな話だよなぁ? それともあれか、もしかして体で落としたってやつかぁ?」
「はぁ? 何言ってんだよおまえ」
「おや~? ここには俺とおまえしかいねぇのに、妙に雌臭ぇなぁ? おっかしいなぁ~?」
「……っ!」

 ズィーナの言葉にオリヴィは思わず息を詰めた。それを見たズィーナがいやらしく口元を歪める。

「おやおや~? オリヴィ、顔色が悪いぜ? どうしたんだぁ?」

 ニタニタと笑う顔が胸糞悪い。相手をするべきじゃないとオリヴィが踵を返そうとしたところで、背後から「何か用か?」という低い声が響いた。

「あぁん? ……ひっ」

 妙な声を出したズィーナを不思議に思いながら振り返るとアスミが立っていた。表情は固くオレンジ色の目はいつもより鋭く光っている。そんな表情だからか、ニタニタと笑っていたズィーナもすぐさま顔を引きつらせた。

「何か用かと尋ねているんだが」

 再びの低い声に「ひぃっ」と首をすくめたズィーナは逃げるように店の前から去って行った。途中で「覚えてろよ!」とよく聞く捨て台詞を吐き捨てるところは、まさに小悪党といった様子だ。

「アスミ、ありがとうな」

 内心ホッとしながら顔を見上げた。そんなオリヴィに「いや、俺は何もしていない」と口にしたアスミが、そのままじっとオリヴィを見つめる。

「アスミ?」
「それより気をつけたほうがいい。あの手の輩は痛い目を見るまでは何度でもやって来る。それだけならいいが、よくない行動に出ることもある」

 どうやらズィーナのことを気にしているらしい。最初に難癖をつけてきた相手だから、なおのこと気になるのだろう。
 しかしオリヴィにとってはこれも日常茶飯事のことだった。そう思い「あいつは昔からああなんだよ」と笑い飛ばす。

「それに口だけで大したことはできねぇやつだ」
「いままではそうだったかもしれないが、今度は違うかもしれない。注意したほうがいい」

 やけに真面目な顔でアスミが注意を促す。

(心配してくれてるんだろうけど……)

 ありがたいと思いつつも、どうにも釈然としない。同じ雄で、しかも大人の自分に対して心配しすぎじゃないだろうか。
 オリヴィは「見くびられてるってことか」と感じムッとした。アスミはそういう奴じゃないとわかっているのに侮られているような気がしてイラッとする。そのせいで、つい余計なことを口にしてしまった。

「なんだよ。おまえまで俺みたいな混合種ミックスじゃ小悪党に負けるって言いたいのか?」
「いや、そういうわけではないが……」
「そりゃあ俺は猫族に近い体型だからな。狼族のおまえみたいに逞しくはねぇし弱々しく見えても仕方ないだろうさ」
「俺の言い方が気に障ったのなら謝る。すまない」
「……この話はもういい。さっさと片づけて帰るぞ」
「わかった」

 それからは口数も少ないまま二人で片づけをした。帰りに果実酒を買ったものの気まずい雰囲気は消えることなく、いつもより会話の少ない夕飯になる。
 アスミは自分の失言のせいだと考えたらしく、いつも以上に率先して手伝いを申し出た。オリヴィにはそれが機嫌取りのように思えてどうにも癪に障る。それでも自分のほうが年上だからと気にしない素振りをしたが、酒の味はいつもよりずっとまずかった。

(年下のアスミに気を遣わせるとか、どうしようもねぇな)

 自分の部屋に向かうアスミの表情が何度も蘇る。チラッと振り返った顔は戸惑っている様子で、いつもキリッとしている眉は力なく下がりオレンジ色の目も心なしか元気がなかった。

「ほんと、どうしようもねぇなぁ」

 口に出すとますますそんな気持ちになった。
 オリヴィは今年二十一歳になった。話からアスミは二十歳になったばかりらしく「これで俺より年下かよ」と少しだけ驚いた。驚きながらも弟ができたような気分になり、ついあれこれ構ったりした。やたらと家事が得意だった父親にあれこれ教えてもらったことを思い出しながら、同じように丁寧に教えもした。

(それなのに俺ってやつは……こういうのを八つ当たりって言うんだろうな)

 ズィーナの「雌臭い」という言葉にムカッとするのと同時にバレたのかと思って焦った。混合種ミックスだということを蔑まされたと思ってカッとなった。
 そんな自分を心配してくれたアスミにも馬鹿にされたような気持ちになり、勝手に怒って気を遣わせてしまっている。年上なんだからと思っていたのに、これじゃどっちが年上なのかわかったものじゃない。

「明日はアスミ好みの飯でも作ってやるか」

 うまく謝れそうにないときは手料理を振る舞うに限る。そうして酒が入ったところで謝ろう。そう思っていたのに、何を食べさせてやろうかと考え始めた途端に気まずさよりも楽しさが強くなった。

「やっぱり誰かに飯を作るってのはいいもんだよな」

 初めて作ったスープを「おいしいわ」と笑顔で食べてくれた母親の顔を思い出した。初めて挑戦した焼き菓子を食べて「すごいな」と褒めてくれた父親を思い出す。どちらもオリヴィにとって大切な思い出だった。
 そのとき感じた喜びよりも、アスミに食べてもらうときのほうが嬉しく感じるようになった。アスミが目を細めながら「うまい」と食べる姿に胸がギュッと詰まることもある。明日の朝もそんな顔が見たいと思いながら、オリヴィも自分の寝室へと向かった。
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