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狼と猫3
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出会った翌々日から、アスミは約束どおりオリヴィの店で働き始めた。
(案外馴染むもんなんだな)
体格がいいせいか、決して広くない店内では少し窮屈そうに見える。それでもオリヴィが思っていたより手際よく動き、給仕する側はできないんじゃないかという予想は大きく外れることになった。愛嬌と呼べるものはなかったものの、堅く真面目な雰囲気がたまらないのだと雌たちが騒いでいる。
(結果的にいいほうで話題になっているし、まぁいいか)
オリヴィが予想したとおり、店で接客や下働きをしない狼族が給仕をしている店だという噂はあっという間に広がった。変わった狼族をひと目見ようと客足も伸びている。とくに雌たちの人気は凄まじく、なかにはアスミを誘うために連日通う雌まで現れるほどだ。
そうした騒ぎがようやく落ち着いたのは、アスミが働き始めて十日ほどが経ってからだった。それでも店内は以前の倍の客で溢れかえっている。そんな状況に、ようやく手の空いたアスミが「オリヴィの店は大人気なんだな」とため息をついた。
「いや、そんなことはないぞ。こんなに客が多いのはおまえが働き始めてからだよ」
「そうか。それなら、俺も少しは役に立っているということだろうか」
「あ~、そうだな。売り上げは上々で御の字だし、おまえがうまく給仕をしてくれるから新たに人手を探さなくていい。ひとまず万々歳ってところだな」
「それならよかった」
そう言って微笑むアスミは少し疲れているように見えた。それもそのはずで、アスミが働き始めてからというもの、朝から夕方の閉店まで客足が途絶えることがない。とくにアスミは雌たちに声をかけられることが多く、その応対だけでも大変なはずだ。
「お疲れさん。ほんとアスミが接客できて助かったよ。明後日は休みだから、明日の夜はうまいもんでも作って新しい果実酒でも用意するか」
「あれはうまかった」
「果実酒、気に入ったのか?」
「あぁ。狼族が住む街では辛い酒が多いんだが、俺は辛いのが苦手なんだ。それに比べてあの酒は甘くてうまい」
「気に入ったのはいいけどな、あれ、けっこう強いからガブガブ飲むなよ? おまえ、この前の夜のこと覚えてねぇだろ」
「この前の夜……? もしかして何か粗相でもしたか?」
「……いや、覚えてないならいい。っていうか昼飯ちゃんと食えよ? 手が空いたときに食わないと体がもたないぞ」
「あぁ、ありがとう」
「あまり無理すんなよ」
頷きながら注文を取りに行く背中は、やっぱり疲れているように見える。
(明日は肉厚のステーキでも焼いてやるか。それならスパイスはあれとあれを……)
そんなことを考えつつ、オリヴィは果実酒の量には気をつけなければと思った。酔っ払いのたわごとだったとしても、また「雌の匂いがする」なんて言われるのは気分がよくない。なにより尻尾を触られるのは何としても避けたかった。
(あいつ、猫族の急所が尻尾だって知らないのか?)
ほかにも尻尾を触られるのが苦手な種族はいるが、猫族はとくに尻尾を触られるのを嫌う。その中でもオリヴィはより敏感なほうだった。
尻尾を撫でられるだけでぶわっと毛が膨らみそうになる。尻尾だけでなく耳の毛まで逆立つくらいだ。それに尻尾の付け根を撫でられるだけで全身が震えそうになる。とにかく尻尾はオリヴィにとっての急所のようなものだった。
(尻尾さえ触らなけりゃ飲み友達として最高なんだけどな)
食事の仕方は綺麗だしおいしそうに食べでもくれる。味の感想も的確で料理人としての腕も鳴った。「さすがいいものを食べてそうなアスミだよな」と何度感心したことだろう。
食事以外でもアスミはいい奴だった。掃除洗濯は教えた以上に丁寧にやるし、そういうことが嫌いじゃないのかいつの間にか家中がピカピカになっていた。話もうまいし、オリヴィのくだらない会話にもつき合ってくれる。
(誰かと一緒に生活するのって、こんなに楽しかったっけなぁ)
明日の朝ご飯は何にしようかと思うだけで楽しかった。思わず「干し葡萄入りの焼き立てパンにするかな」なんて鼻歌を口ずさみながら注文の品に取りかかった。
次の日も予想どおりの賑わいだった。
やって来る客の半数はアスミ目当ての雌たちで、昼までは彼女たちの相手でアスミも手一杯になる。客足が少し落ち着いたところで、ようやく二人して昼食をかき込むように平らげた。そうして何とか午後の忙しい時間を乗り切っていく。
(今日も忙しかったなぁ)
最後の客を見送ってから、オリヴィはぐぅっと伸びをした。今日も用意した食材はあらかた使い切った。仕事中はてんてこ舞いだが、こうして夕方の厨房を見ると達成感が湧いてくる。
「そろそろ店仕舞いするか」
看板を下げるため、最後のテーブル拭きをしているアスミを横目に店の外に出た。そうして看板を持とうとしたところで店内を覗き込んでいる不審な人影に気がつく。
(あいつ、何やってんだ?)
覗き込んでいたのはズィーナだった。しかも、なぜか客がいない店内をニタニタ笑いながら見ている。
「何か用か?」
背後から声をかけるとニタニタ顔のままズィーナが振り返った。そうして「あの狼族、おまえのところで働いてるんだってな?」と口元を歪めながら問いかけてくる。
「それがどうした」
「給仕をする狼族なんて聞いたことがねぇ。とんだ腑抜けの狼族だったんだなぁ?」
(案外馴染むもんなんだな)
体格がいいせいか、決して広くない店内では少し窮屈そうに見える。それでもオリヴィが思っていたより手際よく動き、給仕する側はできないんじゃないかという予想は大きく外れることになった。愛嬌と呼べるものはなかったものの、堅く真面目な雰囲気がたまらないのだと雌たちが騒いでいる。
(結果的にいいほうで話題になっているし、まぁいいか)
オリヴィが予想したとおり、店で接客や下働きをしない狼族が給仕をしている店だという噂はあっという間に広がった。変わった狼族をひと目見ようと客足も伸びている。とくに雌たちの人気は凄まじく、なかにはアスミを誘うために連日通う雌まで現れるほどだ。
そうした騒ぎがようやく落ち着いたのは、アスミが働き始めて十日ほどが経ってからだった。それでも店内は以前の倍の客で溢れかえっている。そんな状況に、ようやく手の空いたアスミが「オリヴィの店は大人気なんだな」とため息をついた。
「いや、そんなことはないぞ。こんなに客が多いのはおまえが働き始めてからだよ」
「そうか。それなら、俺も少しは役に立っているということだろうか」
「あ~、そうだな。売り上げは上々で御の字だし、おまえがうまく給仕をしてくれるから新たに人手を探さなくていい。ひとまず万々歳ってところだな」
「それならよかった」
そう言って微笑むアスミは少し疲れているように見えた。それもそのはずで、アスミが働き始めてからというもの、朝から夕方の閉店まで客足が途絶えることがない。とくにアスミは雌たちに声をかけられることが多く、その応対だけでも大変なはずだ。
「お疲れさん。ほんとアスミが接客できて助かったよ。明後日は休みだから、明日の夜はうまいもんでも作って新しい果実酒でも用意するか」
「あれはうまかった」
「果実酒、気に入ったのか?」
「あぁ。狼族が住む街では辛い酒が多いんだが、俺は辛いのが苦手なんだ。それに比べてあの酒は甘くてうまい」
「気に入ったのはいいけどな、あれ、けっこう強いからガブガブ飲むなよ? おまえ、この前の夜のこと覚えてねぇだろ」
「この前の夜……? もしかして何か粗相でもしたか?」
「……いや、覚えてないならいい。っていうか昼飯ちゃんと食えよ? 手が空いたときに食わないと体がもたないぞ」
「あぁ、ありがとう」
「あまり無理すんなよ」
頷きながら注文を取りに行く背中は、やっぱり疲れているように見える。
(明日は肉厚のステーキでも焼いてやるか。それならスパイスはあれとあれを……)
そんなことを考えつつ、オリヴィは果実酒の量には気をつけなければと思った。酔っ払いのたわごとだったとしても、また「雌の匂いがする」なんて言われるのは気分がよくない。なにより尻尾を触られるのは何としても避けたかった。
(あいつ、猫族の急所が尻尾だって知らないのか?)
ほかにも尻尾を触られるのが苦手な種族はいるが、猫族はとくに尻尾を触られるのを嫌う。その中でもオリヴィはより敏感なほうだった。
尻尾を撫でられるだけでぶわっと毛が膨らみそうになる。尻尾だけでなく耳の毛まで逆立つくらいだ。それに尻尾の付け根を撫でられるだけで全身が震えそうになる。とにかく尻尾はオリヴィにとっての急所のようなものだった。
(尻尾さえ触らなけりゃ飲み友達として最高なんだけどな)
食事の仕方は綺麗だしおいしそうに食べでもくれる。味の感想も的確で料理人としての腕も鳴った。「さすがいいものを食べてそうなアスミだよな」と何度感心したことだろう。
食事以外でもアスミはいい奴だった。掃除洗濯は教えた以上に丁寧にやるし、そういうことが嫌いじゃないのかいつの間にか家中がピカピカになっていた。話もうまいし、オリヴィのくだらない会話にもつき合ってくれる。
(誰かと一緒に生活するのって、こんなに楽しかったっけなぁ)
明日の朝ご飯は何にしようかと思うだけで楽しかった。思わず「干し葡萄入りの焼き立てパンにするかな」なんて鼻歌を口ずさみながら注文の品に取りかかった。
次の日も予想どおりの賑わいだった。
やって来る客の半数はアスミ目当ての雌たちで、昼までは彼女たちの相手でアスミも手一杯になる。客足が少し落ち着いたところで、ようやく二人して昼食をかき込むように平らげた。そうして何とか午後の忙しい時間を乗り切っていく。
(今日も忙しかったなぁ)
最後の客を見送ってから、オリヴィはぐぅっと伸びをした。今日も用意した食材はあらかた使い切った。仕事中はてんてこ舞いだが、こうして夕方の厨房を見ると達成感が湧いてくる。
「そろそろ店仕舞いするか」
看板を下げるため、最後のテーブル拭きをしているアスミを横目に店の外に出た。そうして看板を持とうとしたところで店内を覗き込んでいる不審な人影に気がつく。
(あいつ、何やってんだ?)
覗き込んでいたのはズィーナだった。しかも、なぜか客がいない店内をニタニタ笑いながら見ている。
「何か用か?」
背後から声をかけるとニタニタ顔のままズィーナが振り返った。そうして「あの狼族、おまえのところで働いてるんだってな?」と口元を歪めながら問いかけてくる。
「それがどうした」
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