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花のように12
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キュマの花嫁と言葉を交わして以来、クリュスは以前よりもディニの姿を目で追うことが増えてきた。そうしようと思っているわけではなく自然と追ってしまうのだ。そうして若く樹熱的な姿を見るたびに「この先どれほど美しく立派な狼族になるのだろう」とため息が漏れる。
(こんなふうに感じるのも素直になっていいと思うようになったからでしょうか)
そんなことを思いながら、水色の目はやはりディニの姿を追ってしまう。さすがに見過ぎではないかと気づき、ハァと小さくため息をついた。するとディニがすぐさまその様子に気づく。
「もしかして調子が悪いのか?」
「そんなことはありませんよ」
「本当に? また熱が出たとかじゃなくて?」
「大丈夫です。熱もほら……ありません」
そう言いながら右手を額に当てると「自分の手で触ってもわからないだろ」とオレンジ色の瞳が笑った。
(本当に美しい狼族だこと)
あまりの眩しさに目を細めた。毎日こんなことばかり考えている自分はまるで恋をする少女のようだと、少し照れくさくなる。そんなことを考えてしまったからかクリュスの目元がうっすらと赤くなった。
「顔が少し赤いし、やっぱり熱があるんじゃないか?」
そんなことを言いながら伸びてきた大きな手が優しく額に触れる。たったそれだけの触れ合いで体を熱くしたクリュスは、慌てて「大丈夫ですから」とディニの手を下ろさせた。
「本当に?」
「はい。心配をかけてすみません」
「謝らなくていいから。その、俺が勝手に心配してるだけで、昨日もちょっと無理させたと思ってるし……って、ええと、そうじゃなくて、」
ばつが悪そうにディニが顔を逸らす。横顔しか見えないものの、目元がうっすらと赤らんでいるのは見間違いではないだろう。
(わたしは元華で大輪だったと知っているでしょうに)
それなのに、夜のことで無理をさせているのではと顔を赤らめながら心配してくれる。日中はそんなふうに初心な一面を見せるのに、夜になると途端に狼族らしい雰囲気になった。
昨夜も雄々しい姿を存分に見せていた。半年ほど前は初心で覚束ない様子だったのに、いまやクリュスに快感を味わわせようと熱心に行為に励む。いつの間にか教えていない指先の動かし方を覚え、舌で肌を舐ることさえ身につけていた。
(……ふぅ)
昨夜のことを思い出したからか、体の奥がじわりと熱くなってきた。大輪だった頃は行為の影響で翌日も火照ることが多かったものの、そのときとは少し違う熱さだ。
(こうなるのも、慕っている相手との行為だからでしょうか)
改めてそう思ったからか、ますます体の奥がジンと熱を帯びていく。それが腹の奥を刺激し後ろがきゅんと切なくなった。
(元華だというのに、こんな初心な反応をしてしまうなんて……)
そんな些細な変化もクリュスは幸せに感じていた。
三十間近の体だというのに、慕う相手にこれほど求められるのは嬉しくて仕方がない。それにディニは毎日のように想いを伝えてくれる。客とは違う熱の籠もった言葉を投げかけられるのは初めての経験で、言われるたびに胸がときめいた。
「わたしももっと伝えたいのだけれど」と内心思っているものの、なかなかうまく伝えられない。伝えたとしても華として言っているのではと疑われたらどうしようと、どうしても不安がよぎった。
(本当はわたしももっとちゃんと伝えたいと思っているのだけれど)
そう思えるようになったのも自分の気持ちと素直に向き合えるようになったからだろうか。「きっとディニ様のように伝えられるようになるはず」と思うだけで心が浮き足立つ。
「あ……!」
ディニの驚いたような声にハッとした。どうしたのだろうと視線を向けると、オレンジ色の目を見開いたディニがこちらを見ている。
「ディニ様?」
「いまの……!」
驚いた顔がパァッと笑顔に変わった。
「いまの笑顔!」
「笑顔?」
「そう、いまの! あのときの笑顔と同じだ!」
満面の笑みを浮かべながらクリュスの肩を掴み「やっとだ!」と声を上げた。
「あの……?」
「あっ、ごめん! 俺嬉しくって、つい興奮してしまって」
「わたしの笑顔が嬉しい、ということですか?」
クリュスは首を傾げた。華街にいたときも屋敷に来てからも、努めて笑顔を見せるように心がけてきた。それがディニへの感謝を表す一番の方法だと考えていたからだ。
それなのに、なぜかディニは「笑顔が嬉しい」と喜んでいる。そもそもいま自分は笑顔だったのだろうか。よくわからずパチパチと瞬きをくり返した。
「別にいつもの笑顔が嫌だって言ってるわけじゃないからな? 俺はいつだって笑ってるクリュスが好きだ。だけど、どうしてもあのとき見た笑顔が忘れられないんだ」
「あのときとは、初めて行為をしたときのことですよね?」
そう尋ねると、頬を赤くしながら「うん」とディニが頷く。その表情があまりにかわいらしく、クリュスは無意識に頬を緩ませていた。
「その顔!」
「え……?」
「いまの笑顔!」
「笑顔……?」
やっぱりわからない。努めて笑顔を浮かべようとしていたわけではないのに、気がついたら笑顔になっていたということだろうか。不思議がるクリュスに「うまく言えないんだけど」とディニが口を開いた。
「いつものクリュスの笑顔はすごく綺麗なんだけど、綺麗すぎてたまに怖くなるんだ。そのまま消えてしまうんじゃないかって感じがして……。でも、いまのは全然違う。同じくらい綺麗なんだけど、こう、何ていうか……そう、花だ。庭に咲いてる、俺だけが見つけた花って感じがするんだよ」
「花のような笑顔……」
そんなことを言われたのは初めてだった。華として客を取り始めたときから、クリュスは華としての役目を十分心得ていた。
客は華街に夢を買いに来ている。その夢を与えるのは華たちだ。美しい夢を見せるため、クリュスは華らしい笑顔を浮かべ続けた。大輪になってからはますますそう思うようになった。
(そういえば、スキアにも笑顔のことを言われましたね)
クリュスの笑顔を仕事の笑みだと言っていた。ディニもそうだと言いたいのだろうか。
「もちろんいつもの笑顔も好きだし、笑顔以外の顔だって好きだ。でも、さっきの笑顔はクリュスの中に仕舞ってあった笑顔って感じがするんだ。俺は、そういう仕舞ったままの顔が見たいって思ってる。そういう表情をもっと見たい。うまく言えないけど、クリュスが自分を全部出せる居場所になりたいって思ってる」
「やっぱりうまく言えないな」と笑う顔にトクンと鼓動が跳ねた。はにかむ表情が眩しくて胸がきゅうっと切なくなる。
ソファに座ったまま、クリュスは惚けるようにディニを見つめた。それに気づいたのか目元を赤くしたまま近づいてきたディニが、身を屈めて包み込むようにクリュスを抱きしめる。
「俺はクリュスの全部が好きだ。もちろん笑顔も好きだけど、怒った顔も困った顔も、昨夜みたいな色っぽい顔だって好きだ。どんな顔をしていても、俺はクリュスだから好きなんだ。あっ、顔だけじゃないからな? 優しくてしっかり者のところも小柄でかわいい体も、ふわふわした垂れ耳もさらさらの髪の毛だって、クリュスの全部が好きなんだ」
「……ディニ様」
真正面からぶつけられる想いに体が熱くなった。優しく包み込んでくれる腕を嬉しいと感じているのに、なぜか涙が出そうになる。
(わたしはこんなにも求められている)
そして自分もディニを求めている。そう思うだけで自然と言葉が溢れた。
「わたしだって、ディニ様の全部が好きですよ」
「……え!?」
少し間を空けて驚いたような声が上がった。慌てたように肩を掴まれ顔を覗き込まれる。
「そんなに驚かないでください。気持ちがなければ、こうしてついてきたりはしません。それに、そばに置いてくださいとお願いしたのはわたしです」
「そうだけど……じゃなくて! だってクリュス、あんまり好きだとか、そういうこと言わないから」
「わたしは華街にいた華です。そういった言葉をお客様相手に散々言ってきました。そんなわたしが口にしても信じてもらえないのではと、ついそんなことを考え……」
「そんなことないから!」
遮るようにディニが否定した。
「言わなくても、俺はいつも感じてた。それでも俺、やっぱり言ってほしいって思ってたんだ。だから驚いたっていうか……すごく嬉しい」
笑う顔に胸が高鳴った。もっと素直に言葉にしてもいいのだとわかり、クリュスはもう一度そっと「好きです」と口にする。
途端に体の奥がふわりと熱くなった。まるで熱が出たときのようなゾクゾクとしたものが背中を這い上がってくる。それでも熱とはどこか違う。何より頭ではなく腹の深いところが疼くようにジクジクして、そこが一番熱かった。
「……この匂いって」
「え……?」
笑っていたディニがなぜか眉を寄せている。どうしたのだろうと見ていると、オレンジ色の目がギラリと光った。
「もしかして、発情してる?」
「え?」
「俺、発情した兎族を見たことないからわからないけど、これってたぶん、そうなんじゃないかな」
発情という言葉に、すぐさまクリュスは「そんな馬鹿な」と思った。アフィーテは発情しにくいと言われているが、クリュスは自分の経験から「発情しない」とわかっていた。その証拠に三十間近になるまで一度も発情したことがない。
それなのに、適齢期を過ぎたこの年齢で発情するなんてことがあり得るのだろうか。
「……間違いない。これって発情の匂いだ。甘くていい匂いで……まずい」
「ディニ様?」
「夜までもたない」
「え?」
「ごめん」
「ディニ様……ぅわっ」
急に立ち上がったかと思えば、ディニの手が勢いよくクリュスを引っ張り上げた。そのまま両手で抱き上げ、目を回すクリュスにかまうことなくズンズンと歩き始める。
「ディニ様、」
「先に謝っとく。ごめん」
何に対する謝罪かわからないクリュスは何も答えられない。そうこうしている間に寝室に入り、整えたばかりのベッドにぽすんと下ろされた。
「いますぐ抱きたい。止められないくらい乱暴なこと、するかもしれない。だから先に謝っとく。ごめん」
自分を見下ろすオレンジ色の目は見たことがないほどギラギラと光っていた。まるで獲物を捕らえたかのような眼差しは恐ろしいもののはずなのに、クリュスは体中が疼くように火照るのを感じながらこくりと頷いていた。
(こんなふうに感じるのも素直になっていいと思うようになったからでしょうか)
そんなことを思いながら、水色の目はやはりディニの姿を追ってしまう。さすがに見過ぎではないかと気づき、ハァと小さくため息をついた。するとディニがすぐさまその様子に気づく。
「もしかして調子が悪いのか?」
「そんなことはありませんよ」
「本当に? また熱が出たとかじゃなくて?」
「大丈夫です。熱もほら……ありません」
そう言いながら右手を額に当てると「自分の手で触ってもわからないだろ」とオレンジ色の瞳が笑った。
(本当に美しい狼族だこと)
あまりの眩しさに目を細めた。毎日こんなことばかり考えている自分はまるで恋をする少女のようだと、少し照れくさくなる。そんなことを考えてしまったからかクリュスの目元がうっすらと赤くなった。
「顔が少し赤いし、やっぱり熱があるんじゃないか?」
そんなことを言いながら伸びてきた大きな手が優しく額に触れる。たったそれだけの触れ合いで体を熱くしたクリュスは、慌てて「大丈夫ですから」とディニの手を下ろさせた。
「本当に?」
「はい。心配をかけてすみません」
「謝らなくていいから。その、俺が勝手に心配してるだけで、昨日もちょっと無理させたと思ってるし……って、ええと、そうじゃなくて、」
ばつが悪そうにディニが顔を逸らす。横顔しか見えないものの、目元がうっすらと赤らんでいるのは見間違いではないだろう。
(わたしは元華で大輪だったと知っているでしょうに)
それなのに、夜のことで無理をさせているのではと顔を赤らめながら心配してくれる。日中はそんなふうに初心な一面を見せるのに、夜になると途端に狼族らしい雰囲気になった。
昨夜も雄々しい姿を存分に見せていた。半年ほど前は初心で覚束ない様子だったのに、いまやクリュスに快感を味わわせようと熱心に行為に励む。いつの間にか教えていない指先の動かし方を覚え、舌で肌を舐ることさえ身につけていた。
(……ふぅ)
昨夜のことを思い出したからか、体の奥がじわりと熱くなってきた。大輪だった頃は行為の影響で翌日も火照ることが多かったものの、そのときとは少し違う熱さだ。
(こうなるのも、慕っている相手との行為だからでしょうか)
改めてそう思ったからか、ますます体の奥がジンと熱を帯びていく。それが腹の奥を刺激し後ろがきゅんと切なくなった。
(元華だというのに、こんな初心な反応をしてしまうなんて……)
そんな些細な変化もクリュスは幸せに感じていた。
三十間近の体だというのに、慕う相手にこれほど求められるのは嬉しくて仕方がない。それにディニは毎日のように想いを伝えてくれる。客とは違う熱の籠もった言葉を投げかけられるのは初めての経験で、言われるたびに胸がときめいた。
「わたしももっと伝えたいのだけれど」と内心思っているものの、なかなかうまく伝えられない。伝えたとしても華として言っているのではと疑われたらどうしようと、どうしても不安がよぎった。
(本当はわたしももっとちゃんと伝えたいと思っているのだけれど)
そう思えるようになったのも自分の気持ちと素直に向き合えるようになったからだろうか。「きっとディニ様のように伝えられるようになるはず」と思うだけで心が浮き足立つ。
「あ……!」
ディニの驚いたような声にハッとした。どうしたのだろうと視線を向けると、オレンジ色の目を見開いたディニがこちらを見ている。
「ディニ様?」
「いまの……!」
驚いた顔がパァッと笑顔に変わった。
「いまの笑顔!」
「笑顔?」
「そう、いまの! あのときの笑顔と同じだ!」
満面の笑みを浮かべながらクリュスの肩を掴み「やっとだ!」と声を上げた。
「あの……?」
「あっ、ごめん! 俺嬉しくって、つい興奮してしまって」
「わたしの笑顔が嬉しい、ということですか?」
クリュスは首を傾げた。華街にいたときも屋敷に来てからも、努めて笑顔を見せるように心がけてきた。それがディニへの感謝を表す一番の方法だと考えていたからだ。
それなのに、なぜかディニは「笑顔が嬉しい」と喜んでいる。そもそもいま自分は笑顔だったのだろうか。よくわからずパチパチと瞬きをくり返した。
「別にいつもの笑顔が嫌だって言ってるわけじゃないからな? 俺はいつだって笑ってるクリュスが好きだ。だけど、どうしてもあのとき見た笑顔が忘れられないんだ」
「あのときとは、初めて行為をしたときのことですよね?」
そう尋ねると、頬を赤くしながら「うん」とディニが頷く。その表情があまりにかわいらしく、クリュスは無意識に頬を緩ませていた。
「その顔!」
「え……?」
「いまの笑顔!」
「笑顔……?」
やっぱりわからない。努めて笑顔を浮かべようとしていたわけではないのに、気がついたら笑顔になっていたということだろうか。不思議がるクリュスに「うまく言えないんだけど」とディニが口を開いた。
「いつものクリュスの笑顔はすごく綺麗なんだけど、綺麗すぎてたまに怖くなるんだ。そのまま消えてしまうんじゃないかって感じがして……。でも、いまのは全然違う。同じくらい綺麗なんだけど、こう、何ていうか……そう、花だ。庭に咲いてる、俺だけが見つけた花って感じがするんだよ」
「花のような笑顔……」
そんなことを言われたのは初めてだった。華として客を取り始めたときから、クリュスは華としての役目を十分心得ていた。
客は華街に夢を買いに来ている。その夢を与えるのは華たちだ。美しい夢を見せるため、クリュスは華らしい笑顔を浮かべ続けた。大輪になってからはますますそう思うようになった。
(そういえば、スキアにも笑顔のことを言われましたね)
クリュスの笑顔を仕事の笑みだと言っていた。ディニもそうだと言いたいのだろうか。
「もちろんいつもの笑顔も好きだし、笑顔以外の顔だって好きだ。でも、さっきの笑顔はクリュスの中に仕舞ってあった笑顔って感じがするんだ。俺は、そういう仕舞ったままの顔が見たいって思ってる。そういう表情をもっと見たい。うまく言えないけど、クリュスが自分を全部出せる居場所になりたいって思ってる」
「やっぱりうまく言えないな」と笑う顔にトクンと鼓動が跳ねた。はにかむ表情が眩しくて胸がきゅうっと切なくなる。
ソファに座ったまま、クリュスは惚けるようにディニを見つめた。それに気づいたのか目元を赤くしたまま近づいてきたディニが、身を屈めて包み込むようにクリュスを抱きしめる。
「俺はクリュスの全部が好きだ。もちろん笑顔も好きだけど、怒った顔も困った顔も、昨夜みたいな色っぽい顔だって好きだ。どんな顔をしていても、俺はクリュスだから好きなんだ。あっ、顔だけじゃないからな? 優しくてしっかり者のところも小柄でかわいい体も、ふわふわした垂れ耳もさらさらの髪の毛だって、クリュスの全部が好きなんだ」
「……ディニ様」
真正面からぶつけられる想いに体が熱くなった。優しく包み込んでくれる腕を嬉しいと感じているのに、なぜか涙が出そうになる。
(わたしはこんなにも求められている)
そして自分もディニを求めている。そう思うだけで自然と言葉が溢れた。
「わたしだって、ディニ様の全部が好きですよ」
「……え!?」
少し間を空けて驚いたような声が上がった。慌てたように肩を掴まれ顔を覗き込まれる。
「そんなに驚かないでください。気持ちがなければ、こうしてついてきたりはしません。それに、そばに置いてくださいとお願いしたのはわたしです」
「そうだけど……じゃなくて! だってクリュス、あんまり好きだとか、そういうこと言わないから」
「わたしは華街にいた華です。そういった言葉をお客様相手に散々言ってきました。そんなわたしが口にしても信じてもらえないのではと、ついそんなことを考え……」
「そんなことないから!」
遮るようにディニが否定した。
「言わなくても、俺はいつも感じてた。それでも俺、やっぱり言ってほしいって思ってたんだ。だから驚いたっていうか……すごく嬉しい」
笑う顔に胸が高鳴った。もっと素直に言葉にしてもいいのだとわかり、クリュスはもう一度そっと「好きです」と口にする。
途端に体の奥がふわりと熱くなった。まるで熱が出たときのようなゾクゾクとしたものが背中を這い上がってくる。それでも熱とはどこか違う。何より頭ではなく腹の深いところが疼くようにジクジクして、そこが一番熱かった。
「……この匂いって」
「え……?」
笑っていたディニがなぜか眉を寄せている。どうしたのだろうと見ていると、オレンジ色の目がギラリと光った。
「もしかして、発情してる?」
「え?」
「俺、発情した兎族を見たことないからわからないけど、これってたぶん、そうなんじゃないかな」
発情という言葉に、すぐさまクリュスは「そんな馬鹿な」と思った。アフィーテは発情しにくいと言われているが、クリュスは自分の経験から「発情しない」とわかっていた。その証拠に三十間近になるまで一度も発情したことがない。
それなのに、適齢期を過ぎたこの年齢で発情するなんてことがあり得るのだろうか。
「……間違いない。これって発情の匂いだ。甘くていい匂いで……まずい」
「ディニ様?」
「夜までもたない」
「え?」
「ごめん」
「ディニ様……ぅわっ」
急に立ち上がったかと思えば、ディニの手が勢いよくクリュスを引っ張り上げた。そのまま両手で抱き上げ、目を回すクリュスにかまうことなくズンズンと歩き始める。
「ディニ様、」
「先に謝っとく。ごめん」
何に対する謝罪かわからないクリュスは何も答えられない。そうこうしている間に寝室に入り、整えたばかりのベッドにぽすんと下ろされた。
「いますぐ抱きたい。止められないくらい乱暴なこと、するかもしれない。だから先に謝っとく。ごめん」
自分を見下ろすオレンジ色の目は見たことがないほどギラギラと光っていた。まるで獲物を捕らえたかのような眼差しは恐ろしいもののはずなのに、クリュスは体中が疼くように火照るのを感じながらこくりと頷いていた。
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