上 下
17 / 30

17 竜妃の秘密2

しおりを挟む
 わたしは何も言い返せなかった。虹淳コウシュン様が口にした「竜を殺す人」という言葉を思い出したからだ。
 皇帝陛下と竜妃様の間には何かがあるに違いない。それは単に子どものことだけじゃないような気がした。少なくとも虹淳コウシュン様は男女のことを知らないようだし、別の理由があって「会いたくない」と言った気がする。
 それでも大きな問題の一つが子作りだとするなら、無理にそうしなければいいだけの話だ。

「それなら、無理に子どもを作らなければいいんじゃ……」

 わたしのつぶやきに「それで済むなら百年前の皇帝もそうしている」と返された。

「竜妃との間に子をもうけることは皇帝としての最大の責務だ。“神と竜の国”であるこの国がそのようにあり続けるには必要なことだ」

「神と竜の国」という言葉は小さい頃に何度か聞いたことがある。この国の人だけじゃなく、よその国から来た行商人たちもそう呼んでいた。この国の皇帝が神様の子孫で、しかも竜の血を引いているということはそう呼ばれるくらい有名な話なのだろう。

「たとえそうだったとしても、別に百年に一度じゃなくてもいいんじゃないですか? たとえば百年後の竜妃様まで待つとか、何か方法が……」
「猶予の百年はとうに過ぎている」
「え?」
「言っただろう? 百年前、竜妃が子を生むことを拒んだから厄災が起きたのだと。つまり、わたしに百年前の竜妃の血は流れていない」
「……あ、」

 都を破壊するくらいの竜妃様が、その後おとなしく子どもを生んだとは思えない。つまり、百年前に生まれた皇帝陛下からいまの皇帝陛下まで竜の血は流れていないということだ。

「でも、その前の竜妃様の血が流れているなら問題ないんじゃ……」
「百年で竜の血は消える。そうしなければ人の身では竜の力に耐えられない。だから皇帝は百年に一度竜の化身を妃に迎えて竜の血脈を得る。代わりに皇帝は竜を保護する。これは言霊と同じ神霊の力による重要な契約だ。たとえ神や竜と言えど反故にすることはできない」
「……ええと、難しくてよくわかりません」

 男がフッと表情を緩めた。

「だから言っただろう? おまえには理解できないと」
「わからなかったのは最後の部分です。百年前に竜妃様が暴れた理由と、いまの皇帝陛下に竜の血が流れていないことはわかりました」

 そして、このままでは何か問題があるということもわかった。

(それにしても、どうして百年前の竜妃様は子どもを生むのをそんなに嫌がったんだろう)

 竜のほうも契約だとわかっているなら、そこまで暴れなくてもいいような気がする。

「もう一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「どうして竜妃様は子どもを生むことを拒んだんですか? だって竜妃様のほうも約束だってことはわかってるんですよね?」
「あぁ、そのことか」

 一瞬何か考えるような顔をしたものの、「まぁいいか」と言って男がわたしを見た。

「竜の化身が生むのはただの子どもではない。その身に宝珠を宿した竜の子だ。宝珠はすなわち竜の血ということになる。それが百年に渡って皇帝の体に受け継がれる」
「ほうじゅ……って、そういえば虹淳コウシュン様も体の中にそれがあると言ってました」
「だろうな。それが竜の化身たる証であり竜の命そのものだ。そして宝珠は子を生むとその子に引き継がれる」
「引き継がれる?」
「親から子に宝珠が移るということだ。子を生めば親の竜は宝珠を失い命を落とすことになる」
「……だから嫌がったってことですか」
「竜であっても命は惜しいのだろう」

 それは当然だ。いくら子どもを生むためとはいえ、自分の命を引き替えにしたいなんて思うはずがない。たとえば病だとか慕っている相手との子どもだとかならわからなくもないけれど、遠い昔の約束のせいで命を落とすなんて納得できるわけがない。

「ってことは、今回の竜妃様も嫌がると思って閉じ込めたってことですか?」
「それだけじゃない。後宮の外に出せば再び厄災を招きかねないからだ」
「意味がわかりません」
「百年前の竜妃は麗しい少女だったと聞いている。今回の竜妃も似たような感じに見えた。そんな少女が市井に放り出されて無事でいられると思うか?」

 虹淳コウシュン様を思い浮かべ、すぐに「無理だな」と思った。何も知らない少女が生きていけるほど帝都は安全でも親切でもない。

「あぁ、おまえが想像している意味で言ったのではない。竜妃は必ず人心を惑わす姿になる。それも皇帝と交わるために備えられた能力なのだろう。そのような姿をした竜妃に周囲の者たちがどんな行動に出るか、おまえは想像できるか?」
「……男に捕まれば最悪の結果になりますね」
「そうだ、間違いなく陵辱される。そうなれば再び厄災が起きるだろう。それを防ぐには後宮に閉じ込めておくしかない。そして誰にも会わせないのが一番だ」

(……最悪だ)

 後宮に閉じ込められることも最悪だけれど、外に出ればそういう目に遭うのが予想できるのも最悪だった。

(想像したくはないけど、そうなるだろうなってことはわかる)

 そう思うくらい最近の虹淳コウシュン様は美少女っぷりに拍車がかかっている。
 そこまで考えてハッとした。まだ少し不快そうな顔をしている目の前の男は、いまの虹淳コウシュン様が百年前の竜妃様と同じ麗しい少女だと認識している。そしてこの男は皇帝陛下だ。

(……確かめないと)

 いま思ったことを確かめないと虹淳コウシュン様の命とわたしの一生が大きく変わってしまう。

「もう一つ聞いてもいいですか?」
「まだ何かあるのか?」

 男が不快そうに顔をしかめた。これ以上何か言えばさらに罰を与えられるかもしれない。それでもわたしは言葉を続けた。

虹淳コウシュン様を閉じ込めているのは、本当は約束を守るためなんじゃないですか?」
「なんだと?」
「本当はいつか子どもを生ませるつもりなんじゃないのかと聞いているんです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...