燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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待望の新刊と作家の答え3

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 あーさんの予感は的中した。なんと、あーさんは国内作家初となる、名誉あるフランスの文学賞を受賞したのだ。

 フランスでは、日本とは違い自分自身の作家性を全面に押し出した作家が支持される傾向がある。マイノリティーに属する人間が書いた文章が好まれる傾向があるんだって。もともと移民や、様々な地位、考えを持った人たちで構成されている国だから。

 だから、あーさんが書いた『果て』は同性愛、しかも少年愛を扱ったテーマだから、評価されたみたい。

 あーさんは今まで国内では決して無名ではないけど、知る人ぞ知る作家扱いだった。だけど、この賞がきっかけで、本屋のメインスペースで特設コーナーが作られるくらい、人気作家になったのだ。

「あーさん、もしかしたらこれが初めての文学賞じゃない?」
「そういやそうかも。俺、芥川も野間も谷崎もスルーちゃったから、もう賞とは縁がないのか……って半ば諦めた感じだったけど、まさか海外の賞が取れるとはなあ」

 あーさんは食えりゃいいっていう精神で小説を書いていたから賞なんてどうでもいいのかと思っていたけど、やっぱり取れたら取れたで嬉しいらしい。

 ふにゃけた笑顔を見せる頻度が前より高くなった。

 あーさんは賞を取ったことで、インタビュー関連の仕事が増えて、前以上にもっと家を開けることが多くなった。当然、そうなると僕たちはすれ違いの日々を送ることになる。
 夕ご飯を一人で作ることも多くなった。でも、不思議と時より感じていた、責め立てられるような寂しさは感じなくなっていた。
 一人でご飯を食べるときは『果て』をぱらりとめくる。

 『果て』を見ていると寂しさなんてどこかへ消えてしまう。

 ここには、紛れもないあーさん心が詰まっている。
 僕を思う気持ちがね。

 一、二度読んだだけだと、文章の美しさに心奪われて悔しいなあ、とか勝てねえ……っていう思いが湧いてきがちだったけど、何十回も読めば、その意図がだんだんより素直な気持ちで受け止められるようになる。

 僕にとって『果て』は聖書みたいに、心を安定させてくれる、大切な宝物になったのだ。



 そうそう。僕があーさんに送ったラブレター小説は、内容を練り直して、高二の三月締め切りの新人賞に応募した。

 七月の初旬に、その小説が最終候補に残ったと連絡があった。

 あーさんが言った通り、最終選考の選考委員を勤めていた小説家の金子美々子先生は、僕の小説を激推ししてくれた。
 雑誌に載った講評で、他の選考委員たちは、僕の文章が荒いことを強く指摘していたが、金子先生だけはその荒々しさに心動かされるのだ、この作家の今後がとても楽しみだ、と評価してくれたのだ。

 それでも、残念ながら受賞には至らなかったんだけど、同じく僕の文章をいたく気に入った編集さんがそのあと連絡をくれて、今は一緒に次回作を練っているところだ。

 本当は編集さん的には僕の投稿作を改稿して出版したかったらしいんだけど、小説家の男と養い子という設定があーさんの書いた『果て』とあまりにも似ていたため、設定を真似たと思われてしまう可能性があるという観点から、新作を書き始めたのだ。

 編集さんは「名岡さん、御園周とモチーフがかぶるなんてアンラッキーですね……。名岡さんの方が先に物語に仕立てていたっていうのに」と残念そうに話していた。

 あまりにも生気が抜けた残念そうな顔をしていたので、僕はつい口を滑らせて、実は御園周は僕の同居人で『果て』は僕の投稿作への返信なのだと言ってしまった。それを聞いた編集さんは「えっ! これってそういう!?」と言って目を輝かせていた。

 どうやら彼女も、金子先生と同じ人種らしい。

 投稿作は僕の感じたことをそのまま、がむしゃらに文章に落とし込んだ、要は私小説だ。

 作家になりたいと思う人間として、自分が体験したことしか書けないのは、大きなマイナスになりかねないし、これからはきちんと理性的に創作をしていけるように舵を取らなくちゃいけないなあ……と思っている。

 そのためには書いて、書いて、書かなくっちゃ。

 苦しんで、もがききらないと、あーさんに一生追いつけない。
 その苦しみさえも快楽に感じ初めている僕は、きっともう手遅れだと思うけど。




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