燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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狭いダブルベッドとクイーンサイズの約束1

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 それから僕たちは普通に過ごした。

 いつもみたいに普通にキッチンに並んで、夕食を食べて、普通に。料理も簡単だった。やる気のない日のポトフ。冷凍のカットカリフラワー昨日一昨日離れていて寂しい思いをしたせいもあって、それが何倍も幸せなことに感じる。

 ご飯を食べ終わって、お風呂に入って。いつもだったらこのまま各自部屋にこもって、個人の時間を過ごすんだけど、今の僕はあーさん欠乏症だから少しでもあーさんと一緒にいたかった。

 僕は自分の部屋から枕を持って、あーさんの部屋に侵入する。

「今日は一緒に寝て!」
「は?」
「僕にろくな連絡を寄越さずに、勝手に家を出ていった罰だよ! おりゃっ!」
「お前さ……自分に好意がある人間と同じベッドで眠るってことがどういうことかわかってるわけ?」
「うん」

 キッパリというと、あーさんが素晴らしい肺活量を見せつけるような長いため息をついた。魂まで口から出ちゃいそう。

「うん。じゃねえよ。マジでお前はなんもわかってねえからな。はあ~なんでお前は俺の理性を試すようなことをするかな……」
「ねえ……。僕は襲われたって構わないんだけど。……する?」

 上目遣いでみると、あーさんは顔をギョッと歪ませた。

「し~ま~せ~ん! いいか? 俺はお前が十八になるまでは絶対に手ぇ出さねえからな! 未成年とやったら俺、犯罪者になるんだから」
「でもあれって、合意があれば大丈夫なんじゃなかったっけ?」

 とぼけた口調でそういうと大きな声で『バカか! お前はぁ!?』と怒鳴られた。
 そのあと、挙動がおかしかったから、あーさんも動揺していたらしいことがわかって、笑ってしまった。

「せいぜい楽しみはもう少し大人になるまでとっておけ」

 その一言で、また次があるんだと思える。そんな小さな約束に僕は嬉しくなって笑いをこぼす。

 あーさんは最後まで「はよ出て行けや」と凄んで言ってたけど、僕があーさんのベッドに寝転びながら、あーさんの部屋にあった本を真剣に読み始めると「しゃーねえな」と言って、添い寝を許してくれた。



 ベッドには抱き枕があったけど、二人並んで寝る場合、それがあると邪魔なので、容赦無く床に落とす。

 あーさんのベッドリネンは黒一色で綺麗に統一されている。そこに二人並んで寝ると、まるで深夜の真っ黒な海に浮かんでいるような気分になる。

 いつもあーさんが一人で寝ているベッドに僕が入り込むと少し狭い。寝返りを打つとすぐにあーさんにぶつかってしまう。

「あーさんのこれ……ベッドダブルだよね?」
「そうだけど?」
「ダブルベッドって、男二人で寝ると狭いね……。あーさんわりかし小さいからいけると思ったのに、やっぱり男だわあ」
「オメーがでけえんだろ! クソが! にょきにょき育ちやがって」
「あーさんの作るご飯が美味しすぎるのがいけないんじゃない?」

 にゃはは~と笑いながらじゃれあえるのって何て幸せなことなんだろう。

 昨日一昨日と寂しい思いをしていた僕は、隣にあーさんがいる幸せを身体中で感じ取っていた。
 ゴロリと寝返りをうつと、あーさんと目が会う。

「あーさん。僕、十八になったらあーさんといつでも快適に二人で眠れるように自分の部屋のベッド、キングサイズに買い換えるね」
「アホか。あの狭い部屋に馬鹿でかいベッドが入るかよ。せめてクイーンサイズにしておけ」

 ぜってえお前の部屋なんていかねーと言われると思ってたのに、意外と前向きのあーさん。

「ふふふ」

 それが約束みたいに感じて嬉しくなる。
 窓の外をちらりと見ると、まだ日は登っていなかった。誰も活動していない静かな時間に、ぼそぼそ声で交わす会話は、秘密めいていてそれだけで宝物みたいに感じて、眩しい。僕は目をゆっくりと瞑る。

 ……けど、眠れない。

 だって大好きな人が隣にいるのに、眠れるわけがないよ。

 予定変更。

 ゴロリと寝転んだ僕はあーさんを観察する。
 あーさんは眠れないのか、枕元のサイドボードに置かれていた、黒い表紙がついたリングノートと万年筆に手を伸ばす。
 どうやら、いつも眠れない時はこうやって頭の中に点在しているアイデアをまとめる時間をとれるようにしているらしい。僕も真似しよ。

「次のお話の構想中?」
「ん~? まあ、そうかもな。俺も書こうかな、と思って」

 あーさんがぽつりと呟く。僕は目をパチパチさせながら問い返す。

「何を?」
「ん~? お前が書いたこの小説の返信的なやつ」
「えっ!」

 ラブレターみたいなあのお話のお返し!?
 うわ~。なんか照れる。恥ずかしっ! 
 僕は顔が熱くなったのを感じて、慌てて布団を目の下までかける。

「なんか久しぶりにあんな心むき出しの若くて痛い文章読んだからか、創作意欲、くすぐられたわ」
「あーさんから見たら荒くてどうしようもない文章かもしれないけど、筆力のない僕からすると、めちゃくちゃ頑張ったお話だからね」

 拗ねた口調で呟くと、あーさんは僕の頭を犬みたいにガシガシ撫でながら言う。

「だからこそ、心動かされるところがあったんだろう。いい文章だったよ、あれは」

 あーさんはうつ伏せで頬杖をつきながら、うんうん頷いた。

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