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十万字の小説と僕の気持ち3
しおりを挟む「そのくらい、書くことがいっぱいあったってことだよ。僕のあーさんへの思い、わかった?」
僕がそういうと、あーさんは目を細めた。
「お前の気持ちなあ……」
「あーさんが僕をお父さんに仕立てあげようとしても、そうじゃなくても、僕はきっとあーさんのことを好きになったよ。だって、あーさんみたいに素敵な人、好きにならないはずがないもん」
僕はこれ以上ない笑顔を浮かべていった。
するとあーさんは「あー! もー!」と声を上げながら目のあたりを手の甲で押さえながら、天井を仰ぎ見た。
そして、ぽつりぽつりと自分の気持ちを語り始めたのだ。
「ずっとヒトの顔を見るたびに、あいつ——仁和さんの顔が思い出されて、気持ちがかき乱された。俺はあいつのことがまだ好きなのか、お前のことが好きなのかわからなくなって混乱していた」
僕はハッとした。黙ってそれを聞く。
「あの日。お前の両親の葬式の日。俺は何もかも終わったと思ってた。仁和さんはもともと、ゲイだったけど、婚約者がいるような堅い家の生まれだし、俺との恋愛を続けるには、不倫みたいなやり方しかできなかった。それでも……あの人が俺は欲しくて、もがいてもがいて、関係を続けていた。それなのに、いきなり勝手に、しかも奥さんと一緒に消えられた……永遠にな。そんな俺の気持ちがお前にわかるか?」
「……」
あーさんの体験って本当に濃いな。僕はつい黙ってしまう。
「仁和さんと恋人だった頃の俺からしてみればお前は仇みたいな存在だったんだよ。俺はずっとお前のことを憎たらしいやつだと思っていた。でも、葬儀場で見たお前は仁和さんにそっくりで……。息が詰まったよ。俺があったことのない、成長過程の仁和さんが目の前に現れたんだから」
「俺はお前を仁和さんに仕立て上げようと思ったんじゃない。もう一度、最初からやり直せるチャンスが巡ってきたと思ったんだ」
「チャンス?」
「ちゃんと幸せにしてやりたかった。仁和さんと同じ顔をしたお前を」
僕は息を呑んだ。
あーさんはそんな覚悟を持って僕を引き取ったってことを初めて知ったから。
「仁和さんはダメな男だったけど、それ以上に不幸な人間だった。格式高い『いい家』に生まれて、勉強も運動も人並み以上にできて、入社が難しいって言われる、出版社に新卒で入って……。傍からみれば順風満帆なエリート人生に見えたかもしれないけど、そんなことない。その素晴らしい資質のせいで、一番、自分の核となる部分に嘘をつきながら生きなくちゃいけなかったんだから」
「男の人が好きだったってこと?」
「ああ。そうだ」
僕は思い出してみる。僕と関わることなんてほとんどなかったお父さんのことを。
お父さんはいつも家では難しい顔をしていて、眉間に深い皺が刻まれていた。僕はそんな表情を見て、お父さんって楽しい時とかあるのかな……っていつも疑問に思っていた。
お父さんは世間に嘘をつき続けなくちゃいけない環境が苦しかったから、あんなに難しい顔をしていたのかもしれない。
「お前がゲイなんじゃないかってことには結構早いうちに気がついていた。だから、俺は仁和さんの二の舞にならないようにお前をちゃんと幸せに育てなくちゃいけないと思った」
「あーさん……」
「なのに、お前、目え離すとすぐ徹夜して小説書き始めるし。小説家なんて、精神疾患になりやすい職業、わざわざ選ぶなよ」
「……育ての親であるあーさんに似たんじゃない?」
「こんなところは似てくれるなよ」
あーさんは目を細めた。目尻にくしゃりとした皺がよる。
「俺は一人になると……特に移動して、手持ち無沙汰で頭空っぽな時、いつも仁和のことを考える。ああ、あいつをもっと幸せにしてやりたかったな、とか。なんで死んだんだよ、とか。長年染み付いた癖みたいなもんだ。なのに、今回、講演会に行く時、俺はお前のことばっかり考えてた。お前と離れてみて、やっぱり俺はお前を手放せないと思った」
「あーさん……」
「俺はお前との生活の積み重ねで、仁和さんより、お前のことを大切に思っているってことに気がついたんだよ」
僕は涙ぐむ。
まさか、こんな日がくると思ってなかった。
ずっと僕の片想いだと思っていたから。気持ちが通じ合うなんてこと、起こらないと思っていたから。
僕は嬉しさが堪えきれなくなって、あーさんを抱きしめる。
あーさんはそんな僕を優しく抱き返してくれた。
大好きな人が自分のことを好きでいてくれるって、こんなに素敵な気分になるんだ。僕はそのことにひどく感動して、目元がびちょびちょだった。
その様子に気づいたあーさんが「ヒトは本当に泣き虫だなあ……」なんて言いながら、僕を優しく宥める。
僕はその時、間違いなく幸せだった。
両親がいきなり事故で亡くなって、この世界にひとりぼっちで取り残された、あの悲しい雨の日からは想像もできないくらい、世界で一番、幸せな人間だった。
窓から差し込むオレンジ色の夕暮れが、僕ら二人を優しく照らしていた。
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