燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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宿題と短編小説3

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「赤坂先生! 短編、かけました! よんでください!」

 朝一番に教科指導室にやってきて、原稿用紙を押しつけた僕を見て、赤坂先生はギョッとした顔をした。

「もう書いたのか⁉︎  宿題で出したの、昨日だぞ?」
「書きたくて書きたくて、たまらなくて! 気がついたら書いちゃいました」

 僕は散歩の時間がきた犬みたいなテンションで言った。多分、提出する手は、妙な興奮で震えていたと思う。

「……そうか。若えなあ」

 赤坂先生はちょっと遠い目をしていた。

「ごめんなさいっ! 朝忙しい時間に。講評はみんなと同じ時間で大丈夫なんで」
「いや、こんだけ早く書いてきたんだ。俺も早く返した方がいいだろう。そのほうが推敲もできる。今から読むよ」

 赤坂先生はそう言って、俺に隣の空いている椅子に座るように促してから、角にクリップが止まった俺の短編小説を読み始めた。そうして、読み初めているうちに、眉間に皺を寄せ始めた。

「名岡は情景の描写が上手いな……さすがだ」

 お褒めの言葉に、僕は素直な犬みたいに喜んでしまう。やっぱりプロだった経験を持つ赤坂先生は読むのも早い。十分ほどで一通り読み終わると、

「なんでも良いから小説の賞に出してみたらどうだ?」

 と言ってくれた。

「出してますよ。落ち続けてますけど」
「もう公募に出してるのか! ……まあ、お前の家にはプロがいるんだから、そうなるよな」
「あーさんに僕の小説、見せてませんよ?」
「え?」

 赤坂先生はぽっかりと口を開けた。いつもカッコいいと騒がれているどこか整えられた印象とは違う、間抜けさがある表情。

「僕、あーさんに小説家になるの、反対されてるんで。現実を見ろってよく言われるんです」
「そっか……あいつは苦労してるもんな」
「先生は現実を見ろって言います?」

 そういうと、先生はうーん、と低音ボイスで唸った後、言いにくそうに口を開いた。

「書いていた人間としては、作家なんてやめとけ、と言いたいところだけど。でもなあ、先生っていう職業は、現実的に夢を見ろっていう職業だからな。絶対無理っていうレベルで、本人も努力をしてなければ諦めろっていうけど、そうでないなら否定はしないよ。名岡は周の大変な状況を知っていてもなりたいって思う猛者だからな」

 猛者。嬉しい言葉だ。

「……赤坂先生から見て僕は……小説家になれると思いますか?」

 僕がいうと赤坂先生は不敵な笑みを見せた。

「なれるかなんて誰にもわかんねーよ。でも諦めない奴は応援なんかしなくても勝手になりたいものになるんだよ」

 その言葉に目が覚めるようだった。

 書こう。僕は書こう。

 ちゃんと、行動に流されずに、芯のある言葉で。

 僕がそう決意を固めた時だった。赤坂先生が、こんなこと聞くとコンプライアンス違反になるかもしれないんだけど、という枕詞のあと、いいにくそうに口を開く。

「あとさあ……お前さあ……ああ……やっぱり聞きたくねえ……」
「なんですか? 聞きたいことがあれば、はっきり言ってくださいよ」

 赤坂先生は、喉のつっかえているものを無地やり送り出すように言った。

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