燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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宿題と短編小説1

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あーさんは翌朝、ものすごく気まずそうな顔をして、リビングに現れた。『俺は悪いことをしました』と顔に描かれている様だった。

「おはよう、あーさん」
「あ、ああ……」

 余裕の微笑みを浮かべる僕と、気まずそうなあーさん。
 それもそうか。あーさんは昨日、

一、僕のお父さんと恋人だった
二、自分の性的趣向はゲイまたはバイである
三、僕をお父さんの代わりとして育てようとした

 の三つがばれてしまったわけだから。
 それに比べて僕のばれてしまったことといえば、

一、僕はあーさんが本当に好き

 の一つだけだ。完結で、シンプル。

 しかも、その一つは前からばれていたくさいし。
 それに比べると、あーさんは気まずいだろうな。あーさんにも心の中を整理する時間が必要だろうし。僕、今日ちょっと早めに学校に行こうかな。そのくらいの気遣いは僕にだってできる。

 いつもの様にトーストを焼き、それをコーヒーで流し込んだ僕は、皿を手早く片付け、通学用の斜め掛けカバンを手に取った。

「あーさん、今日受験対策で朝学習の時間があるから、早めに出るね」
「ゔっあ、ああ……」

 あーさん、声ひっくり返ってる。おかしい。
 そんなところも可愛いな、と思いながらも、僕は緑色に塗られた玄関の扉をパタンと閉めた。

 僕はあの日から、あーさんから精神的優位をとったのだ。



 一限目。今日は赤坂先生の現国の授業から始まる。

「今日の授業では小説を書くということをここにいる全員に体験してもらおうと思う」

 授業はじめ、そう宣言した赤坂先生の言葉に、教室中がざわめいた。

 絶対無理だよーだとか、は? なんでだとか。ほとんどは否定的な言葉で占められている。いつもは赤坂先生、かっこいい~! と黄色い声をあげている女子生徒たちも、今日ばかりは困惑を顔に浮かべていた。

 多分、胸をときめかせたのはこの教室で僕ぐらいだろう。
 赤坂先生は元小説家という奇抜な特徴を持った現代文の教師なのに、今まではその特性を生かさずに、粛々と授業を続けていた。赤坂先生は本名で本を書いていたわけではない。

 僕以外の他の生徒たちは赤坂先生がプロの小説家としてデビューしていたことは知らない。だから、それを生かすことを誰も強要しなかったのだ。

 でも、僕は心の中でそれを不満に思っていた。
 小説を未熟ながらちびちびと書く人間にとっては、赤坂先生と言う稀有な人間に、僕が本当に必要としていることを習えないのは、本当に惜しいことだった。

 だから、この授業内容が、死ぬほど嬉しい。

 赤坂先生は、チラリと僕の顔を見て逸らした。
 まるで、見てはいけないものを見たような顔をしていたけれど、僕はそんなに悍ましい顔をしていただろうか。

 赤坂先生はなぜこのカリキュラムを行おうと思ったかを説明し始める。

 実際に短編小説を書くことで、語彙や作者の意図、文法の正誤を作者の視点から確認していく。それが授業の目的だった。

 みんなのブーイングは鳴り止まなかった。
 多分、みんな真面目になんか受けてないし、めんどくさい授業だと思っていると思う。
 でも僕だけは、この授業に本気だった。

「……基本的なポイントはこの五つだ。その通りに、とりあえず書いてみよう。分量は最低原稿用紙三枚分。上限は決めないから、書けるやつはどれだけ書いてもいいぞ~。その代わり、きちんと完結させること。これは必ず守ってくれ。次の授業で提出してもらう」

 赤坂先生からのアドバイス——作家として活動していた経験を持つ先生からの言葉は、僕にとって金言だった。
 聞きこぼしのないように、必死にメモをとる。

 印刷された原稿用紙が配られ、その日の授業は終わった瞬間、僕の頭の中には書きたいことが溢れていた。
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