燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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父の代わりの僕2

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「違う……。代わりにしようなんて思ってない……」
「そうなの? ……でも本当に? そういえばさあ。あーさんが今年誕生日にくれたツイードのジャケット。あれ、昔、僕のお父さんが着てたのにそっくりだよね。一昨年買ってくれた、タッセルのついたローファーも、どっかで見たことがあると思ってたんだよね」

 言い逃れ、できる? と静かに耳元で囁く。きっと僕の顔には悪魔のような冷たい表情が浮かんでいただろう。

「……っ! やめてくれ! 悪かった、これ以上それを言葉にしないでくれ!」

 あーさんが。いつも大人な態度で、僕を感情で怒鳴りつけたりしないあーさんが。声を荒らげている。

 エマージェンシーな状況のはずなのに、僕の胸はどきりと高鳴る。

 僕は興奮していた。
 取り繕って大人ぶっていたあーさんの弱いところが剥き出しになっている。

 僕は表情を飼い慣らす。

 悪魔のような微笑みを捨て、なんでも許してくれる、慈悲深い聖母の様な優しい微笑みを携えながら、あーさんに一歩、一歩と近づく。

「なんで? 僕は……。全然、気にしないよ? だって、あーさんみたいな独身男性が、僕みたいなめんどくさい子供を育てようと思ったこと自体がおかしいことだったんだ。ずっと理由がわからなくって、心のどこかでモヤモヤしてたところがあったんだ。……だから僕は理由がわかって、スッキリしたような気がする。ねえ、本当に、僕をお父さんの代わりにしようなんて考えてなかった? 一ミリも?」

 容赦なく詰める。

「は……」
「ねえあーさん。僕に何を求めて養育をしたの?」

 あーさんの頬に両手で触れる。あーさんは座りながら、後ずさろうとした。まるで追い詰められた犯人の様な顔をしていた。

「逃げないで。ちゃんと教えて」

 立場がいつもと逆転している様に見えた。僕は養い子として、あーさんの手を煩わせることはしない様に心がけていたけれど、それでも年長者であるあーさんに叱られることはあった。あーさんはそんな時、僕になぜそれをしてしまったのか、しつこく聞いていた。

 今、僕はそれと同じことをしている。

 隠蔽するのは許さない。僕は知る権利がある。

 そんな思いが伝わったのかもしれない。あーさんは観念したのか、小声で、ボソボソと話し始めた。

「……あいつがいなくなったと思いたくなかった」

 それは思った通りの答えだった。

「俺はなあ……。欲望まみれで汚い人間なんだよ、ヒト。ヒトカズさんにそっくりな顔をしたお前をあの人の代わりにしたかったんだ」

 懺悔のような言葉だった。でも、僕はきっと、心の底で、その言葉を待っていたんだ。

 緊張と高揚で唇の端が震える。

「代わりにしてよ。僕を代わりにして?」
「は?」
「あーさん、この顔、好きでしょ?」

 僕はあーさんの耳元で、優しくささやいた。

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