燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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父の命日と感傷的な金木犀4

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 爆弾が落とされた昼休みが終わり、五時間目の授業が始まる。

 英語のリスニング中。僕は流れるような発音のテキストにちっとも集中できず、ノートの端に落書きを繰り返す。

 あーさん、と書かれた文字の横に、シャーペンでピアスをくれた過去の恋人、という言葉を付け足した。
 あーさんの文字から伸びる矢印に、今も好き? と弱々しい文字で書き込んでから、その行為が馬鹿らしく思えて、消しゴムでゴシゴシと消す。

 窓の外は僕の心模様を表したようにどんよりと曇っていた。ああ、さっきの赤坂先生の話は一体なんだったんだろう。

 赤坂先生はあーさんの元恋人なんだろうか。
 でも、あーさんが言っていた元恋人像と、赤坂先生の姿は微妙に重ならない。

 あーさんの口から発せられた、元恋人は、もっとダメ人間だった気がするのだ。

 なんでだろう。ぐるぐる、ぐるぐる、頭の中で考えを行ったり来たりしながら考える。
 何分くらい考えていただろう。僕は目の前のノートの文字が白く霞んで見えることに気がつく。

 あれ、なんだか、くらっとするような……。
 そう思った瞬間、僕は右横へ、ビルが崩壊するようにぐしゃりと音を立てて倒れた。

「名岡君!?」

 英語の先生が、こちらにかけ寄ってくる。女性の先生だったから、僕を運べずに、他の先生を職員室から呼んでこようとする。

 ——また、やっちゃった。

 視線の端にいつものように担架が映る。僕は恥ずかしくなって、ぎゅっと目を瞑る。

 気がついたら僕は保健室にいた。

「名岡くん、また派手にやっちゃったねえ」

 全体的にふっくらとした体型で、会うといつも安心感を感じてしまう保健室の先生が、カーテンを開けて僕の目覚めを確認してくる。

「……いつもご迷惑おかけしてしまって、すみません」
「あーら! 何言ってんの? これが私の仕事なんだから、迷惑も何もないよ~。それよりも、椅子から真横に落っこちたみたいだけど、腕だとか足だとか、痣になってない?」

 尋ねられてから、シャツをめくって確認すると右の二の腕が一面、うっすら紫色になっていた。それに気がつくと、ジクジクと痛くなってきて眉を顰める。

「うわあ……いたそう。頭は? 痛くない? 打ってなさそうだったから、救急車は呼んでないんだけど、気持ち悪かったりしない?」
「それは大丈夫そうです」
「一応、病院に行っといた方がいいかな……」
「じゃあ、今日は早退させてもらって、病院に寄ってきます」

 普通の生徒だったら、ここで先生が病院に連れて行ったり、親を呼んだりするんだろうけど、僕はあまりにも学校で倒れたり体調が悪くなったりすることが多いため、先生も一人で病院に行かせることに慣れてしまっている部分がある。

 授業が終わるチャイムがなる。授業合間の休憩時間に、学級委員長が、カバンを持って保健室に届けてくれた。

「名岡、調子は大丈夫か?」
「うん。平気」

 委員長とはそこまで仲がいいわけじゃないけれど、こうして僕が倒れるとカバンを持ってきてくれたり、授業ノートを見せてくれたりと彼はいつも甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。
 倒れてしまったことへの感謝と、謝罪を口にすると、委員長は当然のことをしたまでだ、と生真面目な顔で返す。
 ……ああ、こういう人が、社会に出た時に持て囃されるんだろうな。と、彼の生真面目さが少しだけ羨ましくなった気がした。
 微かな嫉妬が僕の心にじんわりと広がるのを感じながら、僕は早退の手筈を整えた。

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