燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

文字の大きさ
上 下
42 / 64

父の命日と感傷的な金木犀3

しおりを挟む

 昼休み。僕はあーさんに作ってもらったお弁当を持って、真っ直ぐに裏庭へ向かう。よくよく観察すると、裏庭にも金木犀が隠れるようにして植えられていた。きっと日当たりの良くない土地でも、育つからだろう。

 金木犀の香りをきっかけに、今日思い出してしまったことがまた頭の中をよぎる。 
 感傷的な気持ちが心に澱を残す。はあ、と長めにため息をつくと、ベンチに赤坂先生が座っていたことに気がつく。

「よっ! 名岡」
「……今日は早いですね」
「ああ、他の先生達に話しかけられる前に、すり抜けてきたから」

 そう言って、赤坂先生はいたずらっ子みたいな顔で笑う。最近、小説のことを話すようになってから、僕と赤坂先生は一緒に昼食を取るようになっていた。

 赤坂先生は自分のことに探りを入れられるのは好きではないが、小説のことを話すのは好きらしい。
 最近読んだ小説や、小説の書き方のこと、そしてあーさんのことを話したりできる赤坂先生の存在は僕にとっても貴重だった。

 今日も最近発売した、二人とも好きな作家さんの小説のことや、書いている小説の進捗状況など、話したいことを話す。
 赤坂先生はあんまり僕のお父さんのことを聞いてこない。命日である今日はどんなに注意を払っても両親のことを考えてしまう。

 少しでも別のことを考えたい僕にとって、赤坂先生との会話は気分転換にもってこいだった。

 二人とも昼食を食べ終わり、目の前にそびえ立つクスノキの葉が風で揺れる様子をぼうっと眺めながら、腹ごなしをしていると、赤坂先生は少しだけ言いにくそうな顔をして僕に話題を振った。

「なあ……ちょっと聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「周はまだあの赤いピアス、身に付けたまんまか?」

 ピアスのことを知っている人。

 という事はこの人はあーさんの過去を——昔の恋人のことを知っている人だ。そう直感した僕は弾けるように言葉を発した。

「先生はあーさんの昔の恋人の事、何か知ってるんですか?」

 そう言うと先生は弾かれたように驚いて、目を見開いた。

「お前あのピアス周の昔の恋人からもらったってこと知ってんのか」
「はい」

 正直に言うと先生はなぜか黙ってしまう。その後、何か考え事をしていたのか、一分ほど長考してから、聞きにくそ
うに口を開く。

「あのピアスについてどこまで知ってる?」

 赤坂先生は、真面目な表情で言った。あのピアスについて、という言葉がどこか引っかかる。この人こそ、あーさんのこと、どこまで知っているのだろう。

「いやどこまでって……。俺が知ってるのはあのピアスをあーさんは恋人にもらったってそれだけですけど」

 俺はありのままを説明した。

「そっか。それだけ知ってるんだったらあんまり突っ込まないでやってくれ。あいつにだって知られたくない事の一つや二つあるだろう」
「……一つや二つだったらいいんですけど。あーさんは謎だらけで、何にも教えてくれないんですけど」

 赤坂先生は、ぷっと吹き出した。

「アイツ、そう言うところあるよな」

 そういうところだらけですけど……。
 他にもいろいろなことが知りたいのに、赤坂先生は立ち上がり、次の授業へと向かってしまった。

 一人残された僕は、悶々と、考えをめぐらせる。

 なんで、赤坂先生がピアスのことを知っているんだろう。

 ——まさか、赤坂先生があーさんの恋人だったりしないよね?

 まさか、まさか、まさか。

 僕は咄嗟に浮かんだ考えを振り払う様に首を横に振る。
 赤坂先生は男だ。あーさんだって男だ。

 一般的に考えれば、彼らが性的に求めるのは女性のはずだ。

 でも、この世には例外も存在する。あーさんが大好きな僕みたいに。

 この世界の住人はほとんどが異性愛者だから、同性愛者は少数派だけど……。

 ——でも、もし、あーさんが同性愛者だったら?

 それだったら、灰色の箱の中身が男同士の恋愛であることにも、説明がつく。

 いや、待てよ。そんな都合のいいことって……。

 混乱する頭を、僕はガシガシとかきむしる。
 僕はあーさんが耳に毎日つけているあの赤いガーネットのピアスを見るたびに、みたこともない過去の恋人に嫉妬をする。あのピアスの送り主が、イケメン赤坂先生だったら、間違いなく僕は発狂する。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました

葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー 最悪な展開からの運命的な出会い 年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。 そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。 人生最悪の展開、と思ったけれど。 思いがけずに運命的な出会いをしました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...