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父の命日と感傷的な金木犀3
しおりを挟む昼休み。僕はあーさんに作ってもらったお弁当を持って、真っ直ぐに裏庭へ向かう。よくよく観察すると、裏庭にも金木犀が隠れるようにして植えられていた。きっと日当たりの良くない土地でも、育つからだろう。
金木犀の香りをきっかけに、今日思い出してしまったことがまた頭の中をよぎる。
感傷的な気持ちが心に澱を残す。はあ、と長めにため息をつくと、ベンチに赤坂先生が座っていたことに気がつく。
「よっ! 名岡」
「……今日は早いですね」
「ああ、他の先生達に話しかけられる前に、すり抜けてきたから」
そう言って、赤坂先生はいたずらっ子みたいな顔で笑う。最近、小説のことを話すようになってから、僕と赤坂先生は一緒に昼食を取るようになっていた。
赤坂先生は自分のことに探りを入れられるのは好きではないが、小説のことを話すのは好きらしい。
最近読んだ小説や、小説の書き方のこと、そしてあーさんのことを話したりできる赤坂先生の存在は僕にとっても貴重だった。
今日も最近発売した、二人とも好きな作家さんの小説のことや、書いている小説の進捗状況など、話したいことを話す。
赤坂先生はあんまり僕のお父さんのことを聞いてこない。命日である今日はどんなに注意を払っても両親のことを考えてしまう。
少しでも別のことを考えたい僕にとって、赤坂先生との会話は気分転換にもってこいだった。
二人とも昼食を食べ終わり、目の前にそびえ立つクスノキの葉が風で揺れる様子をぼうっと眺めながら、腹ごなしをしていると、赤坂先生は少しだけ言いにくそうな顔をして僕に話題を振った。
「なあ……ちょっと聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「周はまだあの赤いピアス、身に付けたまんまか?」
ピアスのことを知っている人。
という事はこの人はあーさんの過去を——昔の恋人のことを知っている人だ。そう直感した僕は弾けるように言葉を発した。
「先生はあーさんの昔の恋人の事、何か知ってるんですか?」
そう言うと先生は弾かれたように驚いて、目を見開いた。
「お前あのピアス周の昔の恋人からもらったってこと知ってんのか」
「はい」
正直に言うと先生はなぜか黙ってしまう。その後、何か考え事をしていたのか、一分ほど長考してから、聞きにくそ
うに口を開く。
「あのピアスについてどこまで知ってる?」
赤坂先生は、真面目な表情で言った。あのピアスについて、という言葉がどこか引っかかる。この人こそ、あーさんのこと、どこまで知っているのだろう。
「いやどこまでって……。俺が知ってるのはあのピアスをあーさんは恋人にもらったってそれだけですけど」
俺はありのままを説明した。
「そっか。それだけ知ってるんだったらあんまり突っ込まないでやってくれ。あいつにだって知られたくない事の一つや二つあるだろう」
「……一つや二つだったらいいんですけど。あーさんは謎だらけで、何にも教えてくれないんですけど」
赤坂先生は、ぷっと吹き出した。
「アイツ、そう言うところあるよな」
そういうところだらけですけど……。
他にもいろいろなことが知りたいのに、赤坂先生は立ち上がり、次の授業へと向かってしまった。
一人残された僕は、悶々と、考えをめぐらせる。
なんで、赤坂先生がピアスのことを知っているんだろう。
——まさか、赤坂先生があーさんの恋人だったりしないよね?
まさか、まさか、まさか。
僕は咄嗟に浮かんだ考えを振り払う様に首を横に振る。
赤坂先生は男だ。あーさんだって男だ。
一般的に考えれば、彼らが性的に求めるのは女性のはずだ。
でも、この世には例外も存在する。あーさんが大好きな僕みたいに。
この世界の住人はほとんどが異性愛者だから、同性愛者は少数派だけど……。
——でも、もし、あーさんが同性愛者だったら?
それだったら、灰色の箱の中身が男同士の恋愛であることにも、説明がつく。
いや、待てよ。そんな都合のいいことって……。
混乱する頭を、僕はガシガシとかきむしる。
僕はあーさんが耳に毎日つけているあの赤いガーネットのピアスを見るたびに、みたこともない過去の恋人に嫉妬をする。あのピアスの送り主が、イケメン赤坂先生だったら、間違いなく僕は発狂する。
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