燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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禁煙の理由3

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「あーさんは、赤坂先生のことあんまり好きじゃないの?」
「うーん。好きじゃないわけでもねえんだけどなあ。実際世話になったこともあったし」
「世話?」
「そ。よく赤坂に大学の学生証借りてたから」
「……学生証? なんのために?」
「あいつの大学の図書館に入るために」

 あーさんはお父さんと赤坂先生との関わりをぽつりぽつりと語り始める。

「そもそも、赤坂と知り合ったのはお前の父さんの仁和さんの紹介がきっかけだったんだよ」

 勤務している出版社で、あーさんの担当になった僕のお父さん(当時新卒)は、あーさんの才能を目の当たりにし、この才能をたやさぬよう、手を尽くそうとした。

 で、これは聞いた時にびっくりしすぎて、変な声あげちゃったんだけど、あーさんはデビュー当時ほとんど小説ってやつを読んだことがなかったらしい。

「あーさん、それでよくデビューできたね」
「……多分まぐれじゃね?」

 話を戻そう。
 ほとんど小説を読んだことがないあーさんに、とにかくたくさんの小説を読ませたい。小説じゃなくとも執筆に役立つ資料でもなんでもとにかく読ませなければ! そう思った僕のお父さんは、あーさんに図書館に通うことを勧めた。

 しかし、当時あーさんが住んでいた場所は、区に六つあるどの図書館にも微妙に遠い位置で、あーさんはそれを拒否したらしい(こういうところをめんどくさいって切り捨てちゃうところに、今のあーさんにない若さを感じて、僕はちょっと萌えた)

 でも、あーさんの家の目の前には、赤坂先生が現役学生
として在学中の大学があった。そこはお父さんの出身大学でもあった。

 その大学は図書館の蔵書量が凄まじいことで有名で、お父さんも在学中はしょっちゅう入り浸っていたらしい。
 でも、そこは大学の図書館。中に入れるのは、学生と教職員だけ。入るために入り口で学生証が必要だった。

 そこでお父さんは大学の研究室で直属の後輩として、面倒を見ていた赤坂先生に、学生証を貸して欲しいと頼んだらしい。

 ちなみにその時代は、図書館に入るためには学生証が必要だったが、授業を受けるのには必要なかったので、毎日学生証が必要でない赤坂先生は快く貸してくれたらしい。

 ゆるゆるすぎない? 大学の警備。今は絶対無理じゃん、と思ったけど、当時はいい時代だったんだろう。

「赤坂のおかげで俺は死ぬほど本が読めたから、それはあの時の俺にとってはありがたいことだったんだよなあ。でも、あいつはちょっと気に食わない」
「なんで?」
「……端的に言うとあいつは才能があるのに、書くのをやめたからだな」

 その言葉に驚いた僕は、目がぽろんと飛び出てしまいそうなくらい瞼を大きく上下に開いた。

「赤坂先生って小説を書く人だったの?」
「ああ。デビューも随分早かったぞ。十七歳、高校デビューだ。おかげで俺が十八でデビューしても、掲載誌史上最年少デビューにはならなかった」

 あーさんは少し悔しそうに、でも半分仕方がないなと諦めたような表情で言った。

「すごいね。才能があったんだ。……でも、今は赤坂先生……国語の先生だもんね。小説はもう書いてないのかな」
「……俺はアイツのそう言うところが気に食わないんだよなあ……常人ぶりやがって」
「何その言い方……」
「小説を書いて生業にするなんて普通の人間はやらないだろう。そんなことやる奴はみんな狂人だ。アイツは内面は狂人なのに、その才を捨てて聖職者に成り上がった。その身代わりの早さと、人と関わり合えるだけのコミュニケーション能力が有り余っている感が、気に入らねえんだよ」

 なんか妙な理論だ。僕は眉間に皺を寄せる。

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