燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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ガーネットのピアスと失恋の香り3

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「あーさんてなんでピアス空けたの?」

 日曜日の昼下がり。唐突な俺の質問にあーさんは目を丸くした。
 まるで聞かれたくないようなことを聞かれたときのような顔をしていて、俺は途端に失敗した……と後悔する。

 あーさんは少しだけ、苦笑いを滲ませていた。

「やっぱりヒトから見ても、俺にピアスが空いてるのは意外な感じがする?」
「んー……。そんな事は無いけど。なんでそれだけずっとつけているのかな……って思って。あーさん部屋に置く家具とかファブリックは長く使うけど、服とか身につけるものはすぐ捨てちゃうでしょ? なんていうか、変なとこ、こだわりがあるよね」
「はは! そうだな。その自覚は十分にあるよ。部屋は職業柄一日中過ごすからな。だから、見える場所にはとことんこだわるけど、服はどうでもいいだろ?」

 ふーん。どうでもいい、ね。

「ねえ、なんでおんなじピアス、使い続けてんの?」

 ちょっとぶっきらぼうに言うと、部屋の空気が一瞬止まる。あーさんは困った顔をした。多分、誤魔化そうとしたんだろうけど、僕の真剣な顔に押し負けたのか、白状するように言葉を漏らした。

「昔の恋人にもらったんだよ」

 内心、あ、やっぱり、と思った。

 だってありがちじゃん。忘れられない人にもらったアクセサリーを身につけ続けるなんて。僕はそれを聞いた瞬間、見たこともなければ、名前も知らないその人に嫉妬してしまった。

 醜い嫉妬心のあまり、その人の容姿を想像して心の中でギッタンギッタンに殴った。

「……別れたんなら、外せばいいじゃん」

 絶対今言うべきでない言葉が、口からこぼれ落ちる。

「我ながら、女々しいとは思うけどさ。お互いに嫌いで別れたわけでもないしな……」
「何か事情があってわかれたの?」

 そういうとあーさんは困った顔をして、淡々と答えた。

「相手がさ……結婚したんだよ。他の人と」

 は? 思っても見ない答えに僕はあんぐりと口を開ける。

「な……。なんなん? その人サイテーじゃん」
「……ん~。サイテーかもしれないけれど。でも、俺にとってはいい恋人だったんだよ」
「いやいやいや……。ちょっとまって。どこがいい恋人なの? ……だってさ。そいつあーさんと付き合ってたんでしょ? なのに他の人と結婚したって、二股かけてたってことじゃん!?」
「仕方なかったんだよ。恋人は俺一人だったけど、その人には婚約者がいただけだから」

 思わず絶句。それしかできない。

 大人って綺麗そうに対面は整えて、後ろっかわぐっちゃぐちゃにしてるときあるよね。

「……ごめん。ヒトにはこういう話するの早かったか」

 あーさんはわかりやすく眉を下げる。

「いや、早いとか遅いとか関係なく、あーさんの趣味が心配になったよ!? なんでそんなめんどくさい相手を選ぶの!?」
「……いや。なんでだろう。小説家だからかな。ネタになりそうな面白い状況に身を浸したくなっちゃうことがあるんだよなあ」
「ええ……。悪趣味……」

 あーさん。お願いだから。ちゃんとして。

 それまで、あーさんは小説家だし、風変わりなところは多少あるけれど、立派な大人として恥ずかしくない人だと思い込んでいた。

 でも実際のあーさんはしょーもない人だったのかもしれない。婚約者がいる人と付き合うって……全然見込みないし、一歩間違えば不倫じゃん。急にあーさんのことが心配になってきたぞ。これじゃあ、いつもと反対だ。

 僕はこんなに、あーさんには幸せになってほしいと願っているのに。

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