燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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ガーネットのピアスと失恋の香り2

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 あーさんからはいつも秘密の匂いがする。
 小説家だから、いろんなアイデアが頭に仕舞い込まれていて、それがにじむような生活をしているから、そういう雰囲気になるっていうのもあるけれども、それ以上にあーさんには秘密が多いのだ。

 例えば、友達がいるか。

 僕が知る限り、あーさんには友達がいない。

 大人ってそう言うもんなのかな、と思っていたけど、最近それは間違いだってことがやっとわかってきた。

 僕が今までに関わってきた大人達には少なからず友達がいる。学校の先生たちだって、休日に友達と出かけている様子を、街で見かけることもあるし、あーさんと同世代の純文学誌の編集さんだって『こないだ、友達と旅行にいったんですよ~』と言ってお土産の温泉まんじゅうを箱でくれたりする。

 でも、あーさんにはそういう瞬間がない。一度もない。
 もしかしたら僕に気を遣って家を開けないようにしているのかもしれない。

 そう思って、どこかに出かけなくともいいのか、と遠慮がちに尋ねると「ヒトには関係ないでしょ」とそっぽを向かれてしまった。

 あーさんは一人でいることを特に苦には思っていないみたいだ。何かの本で、小説家は孤独と常に向き合わなければならない、という一説を読んだことがあるから、あーさんは案外、孤独を心から楽しんでいるのかもしれない。

 でも、あーさんには本当に友達がいないのかな……。
 今、会っている人といえば、数人の編集者くらいだ。
 しかもあーさんの周りには今、友達の気配がないのももちろんだけれど、過去友達がいたような気配の気配もしないのだ。

 そんなあーさんにもたった一人だけ、特別に思っていた人がいる。……と勝手に僕は推測している。
 その特別な人間があーさんに残したものの気配は、ふとした瞬間に漂う。

 例えば、少し黒っぽい赤が混ざったガーネットのピアス。あれは誰かからのプレゼントに違いないと僕は踏んでいる。

 そのピアスはあーさんを象徴するようなアクセサリーになっているから。

 そもそもあーさんは自分が身につけるものについて、ちょっと偏屈、と言えるほどのこだわりを持っている人だ。

 あーさんは、季節ごとに身につけるものを丸ごと入れ替えるのだ。

 実はあーさんはワードローブが異様に少ない。というか一シーズンに一種類の服しか着ない。今年の冬は大体ベージュのチノパンに形が綺麗なブランドもののトレーナー、夏は膝丈の半パンにこれまたブランドもののTシャツだ。そのどれも同じものを三着ずつ持っていて、それを着回しているのだ。
 まるでスティーブ・ジョブズみたいだなっていつも思う。

 それでも毎シーズン形がカッコよくて質がいいものを選んでくるから、おしゃれに見えるところが凄い。

 で、そのシーズンがすぎると、その服はお役御免。次の年は新しいものを着るのがあーさんの流儀らしい。
 三着しか持ってないから、着倒しているし、これ以上使うとヘタリが出てカッコわるくなるっていうのが、あーさんの持論だけど、僕はそれがもったいなくて、気に入った形で状態のいいものを何着か譲り受けて着ている。

 だから、僕の私服は何年か前のあーさんスタンダードってわけ。
 ここ数年で、あーさんの身長をぐぐんと抜いちゃったからサイズが合わなくなって、それもできなくなり始めているんだけど……。

 あーさんは出会った頃からそういうスタイルが確立されていた。
 その頃はミニマリストなんて概念が存在しなかったからあーさんはめちゃくちゃ変わり者だと思っていたのだけど、今となっては流行の最先端だったのかもしれない。

 そんな特殊な習慣を持っているあーさんが、同じものを使っている。……これは思い出の品に違いない、と僕は推理したってわけ。

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