燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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灰色の箱の中身3

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 それまでのあーさんは自分の書いた小説を俺にかたくなに見せなかった。

 多分、自分が書いたものを見せるのが、恥ずかしいと言うのもあるのだと思う。

 教育上良くないと僕が小学生の頃からよく言っていたから、その頃の僕はどんなものを書いているんだろう勝手に内容を想像して、楽しんでいた。

 それで中学生に上がったころ、流石にもういいだろうと思って調べたら、あーさんの書いた純文学は普通に学校の図書館に置いてあった。

 期待に胸膨らませて、ページを開いたというのに、それはまあ、なんていうか暴力行為はあるし、人もどんどん死んでいくけれど、純文学の範疇を遥かに超えているという感じではなかった。内容はわくわくするし、考えさせられる社会的なテーマも盛り込まれているしで、確かに面白いんだけど、あーさんが言う『教育に悪い』という言葉にフォーカスして『むふふ』な想像をしていた僕にとっては、不必要なくらいに道徳的な内容だった。
 それを目の当たりにして、期待を削がれてがっかりした覚えがある。

 ふーん。これが、あーさんの言う『教育によくないもの』なのかな? 僕は首をひねって考える。
 その時は『こんなものが教育上悪いと思っているんだ。あーさんはナイーブなんだな』と思ってあんまり詮索はしないようにしていた。

 でも、家に宅急便で送られてくる献本の数と、御園周名義の本の冊数が合わないことに僕は気がつき始めた。その細微なズレに秘密が隠れているような気がした。

 もしかしたら別名義で、とんでもない『教育に良くないもの』を書いているのかな? そんな予想を僕は密かに立てていたのだ。

 そんな疑惑の渦中だった中二の冬。僕は玄関でいつものようにあーさん宛に届いた段ボールを受け取る。出版社からの届け物だったので、これは献本だろうと思って受け取ると、いつもはボサボサの頭で宅急便のお兄さんに会うのを嫌がるあーさんが、それをちっとも気にしないで、フェンスに直撃する猪みたいな勢いで玄関へ走ってきた。

「ヒト! その段ボールは重いから、持つな! いいな!」

 ……あーさんはなんでこんなに焦っているんだ? どう考えても様子がおかしい。あーさんはダンボールを僕からひったくる。僕は咄嗟に、受け取り表を盗み見た。
 そこに書いてある出版社と編集室の名前を脳内に焼き付け、部屋に戻った僕はその名前を忘れないうちに、検索エンジンに打ち込んだ。

 すると……。おや? これは? というサイトを発見した。

 あなたは十八歳以上ですか? の質問から始まる、肌色の多い、わお! なサイト。

 ——多分、これだ。

 あーさんは自室の中に、僕には絶対に触らせない、灰色の箱を持っている。
 ここにあーさんはこのレーベルで書いた本を、そこに隠しているのだ。

 なんで僕がその存在を知っているかというと、あーさんがとんでもなく迂闊だからだ。
 初めてその存在に気がついたのは、中三の大掃除の時。
 すっかり僕を信用しきっていた、あーさんは僕に掃除機をかけさせていた。

 そんな時に見つけた、見慣れぬ、大きめな灰色の箱。持って見ると、それは結構重い。——これは本が入っているぞ。そう思ったけれど、その時は特に興味がなかったため開けなかった。

 だけど中身を知った、中二の男子の探究心は簡単に止められるものではない。

 レーベルの名前を知ってから、数日が経った日。
 あーさんが買い出しに出掛けている間に、あーさんの自室に入り込み、あの時見つけた灰色の箱をパカリと蓋を開ける。すると、そこにはやっぱり本が入っていた。しかも、肌色の面積が多めの、なかなかにえっちな表紙のやつがびっしり。

 やっぱりね。
 僕はそれを見てニヤリと笑う。

 ——あーさんは一冊くらいなくなっても気がつかない。
 荒くなる鼻息を抑えて、できるだけ奥の方に入っていた一冊に手を伸ばし、上着の中に隠すようにして、本を部屋から盗んだ。

 自室に戻った後、僕は布団を頭までかぶってひっそりとページを開いた。


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