燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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灰色の箱の中身2

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 午前中に干していた洗濯物を取り込んで、リビングで畳んでいると隣のあーさんの部屋から、ドンと何かを叩くような鈍い音がした。僕はびっくりして身を縮める。

 あーさん、多分、筆が乗らなすぎて、机を叩いたな……。

 あーさんが机を叩くのは、どうにも治らない癖なのだ。僕がこの家に来た時から、どんと叩く癖自体はあって、その心臓に悪い音にいちいちビビってしまう僕は、一度勇気を出して「お願いだから、机を叩かないで」と告げた。

 しかし、あーさんは僕の言葉に、キョトンとした後、顔を真っ青にして冷や汗を掻いた。

「え……、俺。机叩いてる……?」

 あーさんはその行為を初めて他人に指摘されたらしい。極限状態まで集中してしまった人間は自分の行動を感知することができないのかな?

 その時は「どうにか気をつける……」と力なく告げたあーさんだったけれど、その癖はなかなか治らなかった。

 そこで僕は、あーさんの机を叩く時間を研究してみることにした。夏の自由研究みたいに。

 机を叩く時間と、作業内容を照らし合わせていくと、壁を叩くのは新作小説を書いている間だけであることがわかった。物語の基礎となるプロットを書いている間や、文章を推敲している間は机を叩かない。

 それなので、僕とあーさんは相談して、あーさん小説を書くのは昼間だけ、と言う取り決めをした。夜、寝ている無防備な時間にドンと大きな音がしたら、僕の心臓がもたない気がしたから。

 今日は休日だけど、あーさん休まずに新作書いているんだな……。この感じだとこれからのあーさんは随分あれそうな気がする。この部屋にいると急な大きな音で心臓に悪そうだから、外に出ようかな。

 あーさんの今回の仕事は多分、いつものペンネームでの仕事とは違う、別名義での仕事だと思う。

 あーさんがデビューした小説雑誌は純文学を取り扱う雑誌だった。

 でも、純文学ってやつはあんまり食えないらしい。賞を取るまで無名だったあーさんはその合間に、別名義で本を出していた。

 ……内容はとってもR18なやつ。
 そのことを僕は知らないフリをしている。
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