燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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キッチンの3番目の引き出しは宝箱4

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 リビングに着くと、机に立派な正方形の箱に入った美しいチョコレートが置かれていた。
 僕の知っているチョコレートって、キットカットとかガルボとかなんだけど。

 ちょっと高級すぎて、緊張しちゃうけど、食べたい。

 こんなこげ茶の箱に金色のリボンがかかった素敵なチョコレート、これからいつ食べられるかわかんないもん。

 素敵なチョコレートにはそれに相応しい素敵な飲み物が必須だ。生の牛乳とかじゃない、もっとおしゃれなやつ。……どうせならあったかい飲み物がいい。

 僕は、キッチンのカウンターテーブルにおいてある魔法瓶機能のついたポットを軽く持ち上げてみる。

 お湯……ないや。

 僕は空色のケトルでお湯を沸かし始める。

 お湯を沸かしながら、チラリとキッチンの三段目の引き出しに視線をやる。
 そこはこの家の飲み物が詰まっている場所だった。と、言っても、僕に飲めるものは一つも入っていない。
 ここにはカフェイン中毒気味のあーさんのために、大量のコーヒーストックが入っていた。

 奥の方探れば、僕に飲めるもの見つかったりしないかな……。そんな淡い期待を抱きながら、僕は引き出しを開ける。

「え……?」

 驚きの光景を目にした僕の口からは気の抜けた声が漏れてしまった。

 そこにはミロやココア、ハーブティーからカフェインレスの紅茶まで。たくさんの『どう見ても僕用の』飲み物が詰まっていたのだ。
 あーさんのコーヒーストックが前みた時の半分くらいの量になっていて、空いたスペースには全て『どう見ても僕用の』飲み物が詰まっていた。

「何これ? なんでこんなにいっぱい?」

 あまりにもギュウギュウに、たっぷり入った飲み物の数々に呆然としてじっと見つめて、動けずにいると上から被さるように声が降ってくる。

「だってヒトが飲めるものがなかっただろ? だから買ってきたんだよ」

 振り向くとそこにはもちろんあーさんがいた。僕は唐突な言葉に目を丸くする。

「だからってなんでこんないっぱい……馬鹿みたいな量……」

 多分、その日一日で、大きく心を揺さぶられたせいだろう。思っていたよりも刺のある言葉が口から出てきてしまった。

 あ、やばいと思って上目がちにあーさんの顔を覗き込む。僕を養育してくれる人に言う言葉じゃなかった。失言がどれほどあーさんの機嫌を損なうものかわからない僕は、怯えた。程度によってはこの家に居づらくなるのに。僕は考えなしに言葉を発してしまったことを瞬時に後悔した。

 でも、あーさんはちっとも怒っていなかった。

「そうだよなぁばかみたいだよなぁ」

 あーさんはそう言って自重気味に笑った。

「でも馬鹿みたいな方が気持ちが伝わるだろう?」
「なんですかそれ……」

 わかっていないようなことを口ではいう。
 だけど、本当は、わかる。
 僕はこの人に大切にされている。

 不器用なこの人に。

 この引き出しの中身を見ればそんなこと、嫌でもわかった。
 こんなサプライズ、実の親にもされたことなかった。

「俺はヒトに、少しでもほっこりした気持ちでいてほしい。家ってそういう場所だろう?」

 僕はその言葉にハッとした。
 どうして僕は自分の気持ちなんて、誰も理解してくれないと決めつけていたのだろう。この世の全てが敵であるかのように、傷ついたからって、殻に閉じこもって、自分だけ生き延びようとしたんだろう。

 そもそも、人間なんてみんな全能にはできていない。人の気持ちを百パーセントわかり合うなんて、どんな人にだって無理なんだ。
 でも、寄り添い合うことはできる。あーさんが僕に引き出しいっぱいの飲み物を用意してくれたみたいに。
 泣き出しそうな顔で、引き出しの中身を見つめていると、あーさんは僕の肩を優しく引き寄せるようにして抱いた。

「なあ、ヒト。なんでもいいとか言うな。遠慮するな」

 僕はあーさんに肩を寄せられたことにドキドキしてしまう。あーさんは見た目は細いけれど、やっぱり大人の男の人の体をしていた。休み時間のたびに校庭を走り回っている同級生の男子たちとは違う感触に、声が震えた。

「遠慮なんてしていないです……よ。あーさんはよくしてくれてると思います。行き場のない俺を拾ってくれて…一緒に暮らそうって言ってくれて……そんなの誰にだってできることじゃないです」
「じゃあ、敬語。やめろ。家族に対して使うもんじゃねえ」
「家族?」

 僕はその言葉に目を丸くする。あーさんは僕のこと、引き取っただけで家族にしようと思っていたとは思わなかったのだ。
 目を瞬かせる僕の顔を見て、あーさんは顔を緩める。

「そ。俺はとっくにヒトとは家族になったつもりだったけど。……まあ、でも。ヒトが急には無理だって言うんなら、ゆっくりで良いからな。俺たちは少しずつ家族になれると思う。だから無理すんな」

 そうやってあーさんはボスンと僕の頭を叩くように撫でた。家族。そっか、あーさんは僕の家族なんだ。
 どうしてか、僕はあーさんの言うことは素直に聞き入れることができた。

 それはきっと、あーさんも普通の人間ではないからだ。
 あーさんはよく、自分は社会の弾かれものだと自嘲しながら言う。
 あーさんは昔、少しの期間だけ、会社員をやっていたらしい。大学生のうちに小説家デビューをしていたから、会社員の間は、二足の草鞋を履く生活だったそうだ。
 少しだけ、世間一般とはずれた生活をしているあーさんは、少しだけみんなとは違うものの見方をする。その視野の広さに、僕は好感を覚えていた。


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