14 / 64
キッチンの3番目の引き出しは宝箱4
しおりを挟むリビングに着くと、机に立派な正方形の箱に入った美しいチョコレートが置かれていた。
僕の知っているチョコレートって、キットカットとかガルボとかなんだけど。
ちょっと高級すぎて、緊張しちゃうけど、食べたい。
こんなこげ茶の箱に金色のリボンがかかった素敵なチョコレート、これからいつ食べられるかわかんないもん。
素敵なチョコレートにはそれに相応しい素敵な飲み物が必須だ。生の牛乳とかじゃない、もっとおしゃれなやつ。……どうせならあったかい飲み物がいい。
僕は、キッチンのカウンターテーブルにおいてある魔法瓶機能のついたポットを軽く持ち上げてみる。
お湯……ないや。
僕は空色のケトルでお湯を沸かし始める。
お湯を沸かしながら、チラリとキッチンの三段目の引き出しに視線をやる。
そこはこの家の飲み物が詰まっている場所だった。と、言っても、僕に飲めるものは一つも入っていない。
ここにはカフェイン中毒気味のあーさんのために、大量のコーヒーストックが入っていた。
奥の方探れば、僕に飲めるもの見つかったりしないかな……。そんな淡い期待を抱きながら、僕は引き出しを開ける。
「え……?」
驚きの光景を目にした僕の口からは気の抜けた声が漏れてしまった。
そこにはミロやココア、ハーブティーからカフェインレスの紅茶まで。たくさんの『どう見ても僕用の』飲み物が詰まっていたのだ。
あーさんのコーヒーストックが前みた時の半分くらいの量になっていて、空いたスペースには全て『どう見ても僕用の』飲み物が詰まっていた。
「何これ? なんでこんなにいっぱい?」
あまりにもギュウギュウに、たっぷり入った飲み物の数々に呆然としてじっと見つめて、動けずにいると上から被さるように声が降ってくる。
「だってヒトが飲めるものがなかっただろ? だから買ってきたんだよ」
振り向くとそこにはもちろんあーさんがいた。僕は唐突な言葉に目を丸くする。
「だからってなんでこんないっぱい……馬鹿みたいな量……」
多分、その日一日で、大きく心を揺さぶられたせいだろう。思っていたよりも刺のある言葉が口から出てきてしまった。
あ、やばいと思って上目がちにあーさんの顔を覗き込む。僕を養育してくれる人に言う言葉じゃなかった。失言がどれほどあーさんの機嫌を損なうものかわからない僕は、怯えた。程度によってはこの家に居づらくなるのに。僕は考えなしに言葉を発してしまったことを瞬時に後悔した。
でも、あーさんはちっとも怒っていなかった。
「そうだよなぁばかみたいだよなぁ」
あーさんはそう言って自重気味に笑った。
「でも馬鹿みたいな方が気持ちが伝わるだろう?」
「なんですかそれ……」
わかっていないようなことを口ではいう。
だけど、本当は、わかる。
僕はこの人に大切にされている。
不器用なこの人に。
この引き出しの中身を見ればそんなこと、嫌でもわかった。
こんなサプライズ、実の親にもされたことなかった。
「俺はヒトに、少しでもほっこりした気持ちでいてほしい。家ってそういう場所だろう?」
僕はその言葉にハッとした。
どうして僕は自分の気持ちなんて、誰も理解してくれないと決めつけていたのだろう。この世の全てが敵であるかのように、傷ついたからって、殻に閉じこもって、自分だけ生き延びようとしたんだろう。
そもそも、人間なんてみんな全能にはできていない。人の気持ちを百パーセントわかり合うなんて、どんな人にだって無理なんだ。
でも、寄り添い合うことはできる。あーさんが僕に引き出しいっぱいの飲み物を用意してくれたみたいに。
泣き出しそうな顔で、引き出しの中身を見つめていると、あーさんは僕の肩を優しく引き寄せるようにして抱いた。
「なあ、ヒト。なんでもいいとか言うな。遠慮するな」
僕はあーさんに肩を寄せられたことにドキドキしてしまう。あーさんは見た目は細いけれど、やっぱり大人の男の人の体をしていた。休み時間のたびに校庭を走り回っている同級生の男子たちとは違う感触に、声が震えた。
「遠慮なんてしていないです……よ。あーさんはよくしてくれてると思います。行き場のない俺を拾ってくれて…一緒に暮らそうって言ってくれて……そんなの誰にだってできることじゃないです」
「じゃあ、敬語。やめろ。家族に対して使うもんじゃねえ」
「家族?」
僕はその言葉に目を丸くする。あーさんは僕のこと、引き取っただけで家族にしようと思っていたとは思わなかったのだ。
目を瞬かせる僕の顔を見て、あーさんは顔を緩める。
「そ。俺はとっくにヒトとは家族になったつもりだったけど。……まあ、でも。ヒトが急には無理だって言うんなら、ゆっくりで良いからな。俺たちは少しずつ家族になれると思う。だから無理すんな」
そうやってあーさんはボスンと僕の頭を叩くように撫でた。家族。そっか、あーさんは僕の家族なんだ。
どうしてか、僕はあーさんの言うことは素直に聞き入れることができた。
それはきっと、あーさんも普通の人間ではないからだ。
あーさんはよく、自分は社会の弾かれものだと自嘲しながら言う。
あーさんは昔、少しの期間だけ、会社員をやっていたらしい。大学生のうちに小説家デビューをしていたから、会社員の間は、二足の草鞋を履く生活だったそうだ。
少しだけ、世間一般とはずれた生活をしているあーさんは、少しだけみんなとは違うものの見方をする。その視野の広さに、僕は好感を覚えていた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説


勇者召喚されて召喚先で人生終えたら、召喚前の人生に勇者能力引き継いでたんだけど!?
にゃんこ
BL
平凡で人見知りのどこにでもいる、橋本光一は、部活の試合へと向かう時に突然の光に包まれ勇者として異世界に召喚された。
世界の平和の為に魔王を倒して欲しいと頼まれて、帰ることも出来ないと知り、異世界で召喚後からの生涯を終えると……!?
そこから、始まる新たな出会いと運命の交差。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。
Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました
葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー
最悪な展開からの運命的な出会い
年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。
そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。
人生最悪の展開、と思ったけれど。
思いがけずに運命的な出会いをしました。
恋なし、風呂付き、2LDK
蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。
面接落ちたっぽい。
彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。
占い通りワーストワンな一日の終わり。
「恋人のフリをして欲しい」
と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。
「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる