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キッチンの3番目の引き出しは宝箱2
しおりを挟むそれから一週間後、生活が落ち着いてきた僕は学校に戻ることになった。
僕は全然知らなかったんだけど、あーさんの家は僕の小学校の学区内にあった。
だから、僕は転校せずに済んだのだ。
十日ぶりに学校へ行ったが、クラスのみんなは僕に何か行ってくることはなかった。
もともと、僕は体が弱いこともあって、風邪を拗らせた時は平気でそのくらい休む子供だった。だから、みんな、いつも通りだって思ったはずだ。
親が死んだことはいっていない。言わないでくれって、僕が先生に頼んだ。
それを言ってしまったら、僕はもう二度と普通の子供に慣れない気がした。
『かわいそう』が積み上がって、異質な生き物扱いされるのは嫌だ。
席に着くと、僕のところに駆け寄ってくる足音がした。
「仁志、また風邪? もう大丈夫?」
「あらた……」
彼は友達が少ない僕にとって唯一の友達のあらただった。
あらたは僕と同じように運動が得意ではなかった。
だから休み時間、みんなが校庭で遊んでいる中、僕と彼は二人で図書館によく行っていた。
彼は他の同級生よりも、話が合うし、一緒にいて疲れない貴重な人だ。
「大丈夫、ちょっと熱が出ただけ」
「そ。じゃあ、よかった……」
あらたはなぜかそわそわした仕草を見せていた。
「……なんかあった?」
僕が切り出すと、あらたはぱあっと顔を輝かせた。
「オレさあ! 奈々子ちゃんと付き合うことになったんだ!」
「え……?」
気が抜けたような、変な声が出た。
あらたにカノジョ?
何が起きたのかちっともわからない。
でも、僕の心の中は真っ白なペンキをぶちまけられたみたいに真っ白になる。
その当時、女子は早熟だから誰が好き、彼が好きと恋愛話に盛り上がっていたが、男子はそれほどではない雰囲気だった。
男子の脳内は色恋よりも、中を舞う昆虫や、よく飛ぶ紙飛行機の作り方に占められていた。
大体、こういう分野は女の子の方が早熟なのだ。
だから、僕も、あらたも、こういうことからは無関係だと思っていた。
なのに、彼が同級生の女の子と楽しげにお付き合いを始めてしまった。
彼の言葉が僕の心を半熟のスクランブルエッグみたいにぐちゃぐちゃにした。
——そしてそのことに心のどこかで傷ついている自分がいたのだ。
相手の女の子にはなんの感情も持たなかった。
それよりもあらたがたった一人の女の子に対して優しい顔をしていることが嫌だった。
彼が僕に与えていた愛情が、たった一人の人間に配分多く注がれること。
それを間近で見ることを想像しただけで、じくじくと心の奥が痛んだ。
変な顔をした僕を見ていたあらたは、顔をしかめて「もしかしてお前も奈々子ちゃんのこと好きだった?」なんて見当外のことをいった。
——違う、僕が好きだったのは君だよ。
自分の気持ちに気がついた時には、何もかもが遅かった。
「えー。よかったね~。お幸せに~」
よく大人がいう適当な言葉を、僕は軽い口調を心掛けながら口にした。
それが僕にできる精一杯だった。
あらたは「おう! へへへ!」と鼻の下を伸ばして笑いながら去っていく。
あらたがいなくなった自分の席で、小さく身を固めながら、拳を握りしめる。
気がついたら、その日僕が朝から着ていた体操服は冷や汗でびっしょり濡れていた。
「お前はね。違う生き物なんだよ」
言われてもいない言葉があらたの声で再生される。
ただの再生じゃない。耳を舐められる様な、不快感がべっとりと残る。
そちら側に行きたかった。でも、僕はどうやら違うらしい。
なんで? どうして?
どうして辛いことってこんなに重なるんだろう。
両親が死んで、自分の異質さを突きつけられて。
そちらへいけない僕はどこにいけばいいの?
僕は気がついたら学校のトイレに駆け込んでいた。大便用の個室に篭り、震える手で鍵をかける。
そこまでの手順を確認した後、やっと僕は涙を流した。
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