燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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遺影によく似た顔の僕1

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 その日は土砂降りの雨だった。

 その年は異常気象で台風がバンバン上陸し、十月の終わりごろまで断続的な長雨が続いていた。

 まるで真冬みたいな寒い秋の日。

 せっかく花を咲かせ始めた金木犀は、本来の役割を果たせずに無惨な潰され方をして、葬儀場のアスファルトの駐車場にオレンジ色の残骸を散らしていた。

 雨の日の葬式は、辛い。

 ただでさえぽっかりと空いてしまった穴が、低気圧と雨の音によって、じわじわと広げられていく気がした。

 両親が事故で亡くなって、葬儀があったその日。僕は遺影を持って、一人葬儀場の皮張りのソファに座っていた。

 普段仲はそれほど良くないはずの両親が珍しく共に出かけた時、僕はこんなことになるなんて想像していなかったんだ。



 その日、僕は家で一人彼らの帰りを待っていた。

 デロンギのヒーターで体の表面を。ココアで体の内面を温めて。お気に入りのブランケットに包まれながら、お父さんの書斎からリルケの詩集を拝借しながら読んでいた。

 いつもはそんなものを読んでないで勉強しなさい、と口うるさく言うお母さんも今日は珍しくいない。

 最高の休日の始まりだ。
 好きなものに囲まれたこの時間を僕は心の底から楽しんでいた。

 お母さんは、僕が本を読むことを嫌がる。

 多分、出版社で編集の仕事をしているお父さんと僕の姿が重なるからだろう。

 だけども、僕はお父さんとは別の人間だ。

 お父さんはお父さんなりに理由があって、本が好きなんだろうけど、僕にだって、僕なりの理由があって本が好きなんだ。

 でも、本を嫌悪するお母さんは僕に本関連の仕事について欲しくないみたいだった。

 もっと、世の中に取って役に立つような、立派なものになって欲しいと。そう、口酸っぱくいっていた。

 僕はお母さんの口からその『立派』という言葉を聞くたびに、胃がきゅうっと押しつぶされるような感覚を覚えた。

 僕は自分が立派な生き物だと思ったことは、生まれてから一度もない。
 小さい頃から体が弱くて、迷惑ばっかりかけているし、学校の同級生たちと行動する場面でも、一番後ろをついてまわるような立場だし。

 多分、お母さんがいう『立派な大人』になれる確率は、隕石が頭を直撃するよりも低い。



 もう少しで一冊読み終わる、そんなタイミングでリビングに置いてある固定電話がなった。

 見たことのない番号で、居留守を使っちゃおうかな、と一瞬思ったけれど、僕は勇気を出してそれに出た。

「仁志くんですか?」

 聴き慣れない、硬質な声。

 僕の両親が死んだ、という連絡だった。

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