燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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不幸な子供と小説家3

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 保健室につくと、もう顔なじみになってしまった保険医の先生が「あら、またやっちゃったの? 」少し困ったように、眉を寄せながら僕を受け入れてくれた。

「さっきの体育の授業で倒れちゃって……。ちょっと体調悪かったみたいっすね……。寝不足かな?」
「顔色も悪いしこのまま帰れないでしょう?  一時間くらい寝たらいいんじゃない?」
「そうさせて貰います」

 僕はお言葉に甘えて一番奥のベッドに座って白いカーテンを閉めようとする。

「おうちの人に……連絡しとく?」

 保険の先生の申し出を受けて僕は一瞬考える。
 もし一人で動けないくらいの体調だったら、念の為、病院にいくならきてもらった方がいいのかもしれないけど……。
 でもそこまで体調が悪いわけでもない。このまま少し休めば自力で帰れるくらい、動けそうだと見積もった俺はその申し出を断り、白いカバーがかかった清潔な薄掛けの布団を頭まで被り、目を瞑った。
 さっきの授業が体育でよかった。制服で眠るよりも、ジャージの方が眠り心地がいい。

 安心した途端、すぐに意識が遠のく。意外と僕、限界だったんだな。
 鉛のように重い体から力が抜けた瞬間、僕は眠りに落ちてしまった。



 目が覚めた時には、西日が白いシーツを黄昏色に染めていた。
 どうやら、昼食も取らずに放課後まで眠り込んでしまったらしい。
 今日は一体、なんのために学校へきたのだろう。不完全燃焼な気分のまま、教室へカバンを取りに行き、その足で職員室にいた担任の教師に声をかける。
 僕がこういう性質を持っていることを知っている諸先生方は、皆揃ったように僕を憐れむよなアンニュイな表情を浮かべていた。

 そんな顔されたって、僕の体は治りませんよ。

 本調子じゃない体を引きずるようにして、僕は学校から家へと帰った。

 途中フラフラしすぎて車に引かれそうになった。運転手はひどく驚いて、思いっきりクラクションを鳴らしていたけど無事についたのだから問題ない。
 学校から家まではそこまで遠くない。歩いて二十分ほどだ。だけど、その距離が今日倒れてしまった僕には辛い。ゆらりふらり歩き、途中道端に置かれたベンチで、おじいちゃんおばあちゃんの様に休憩をとりながら、やっとの思いで僕が住んでいるマンションにたどり着く。

 入り口でふとマンションを見上げる。どこか異国っぽさを感じる不思議な色調のオレンジ色の壁面が僕をおかえり、と向かい入れてくれている様な気がした。足元のクリーム色のレトロで趣があるタイルも、然り。

 僕はここ、燕ヶ原レジデンスの205号室に暮らしている。

 駅から五分という好立地に建っているこのマンションは、築三十年以上が経っている古めの建物だが、基礎がしっかりしているらしく、古すぎるという印象は持たない。それどころか、目を引く色合いは、少し変わった建物を好む層には刺さる見た目をしている。
 それに僕が引っ越してくる前に室内のリノベーションを行ったらしく、部屋の中は小綺麗だった。

 僕は金木犀の花がハラハラと散り、香りがこもっているエントランス前を通り過ぎ、エレベーターへとまっすぐに向かう。

 僕の家はこのマンションの二階にあるから、本当は階段を使った方が早いし、上の階の住人に迷惑がかからないんだろうけど、体調を第一に考えて、ガタガタと怪しい音のする、古いエレベーターに乗る。

 一階分の上昇に時間はさほどかからない。すぐにチンと到着を知らせるベルが鳴り、扉が空く。エレベーターから降りて、一番奥の角部屋。緑色に塗られた自宅のドアを開けると、玄関に人影が見えた。

 目をやるとそこには肩に焦げ茶のカーディガンを着た人物が見える。

 彼は同居人のあーさんだ。

 あーさんは壁に気怠げに寄りかかりながら、腕を組んで立っている。

「ただいま」
「おかえり」

 何とか締め切りを超えたらしいあーさんは仮眠をとったのか、朝よりもずいぶん顔色がすっきりとしていた。

 男にしては少し長めのクセのないストレート黒髪におしゃれな金縁のまるメガネがトレードマーク。
 耳には赤黒いガーネットの一粒ピアスをつけている。

 瞳は切長だけど、まつ毛が長いせいで、そこまで厳しそうには見えないし、そももそ背が百六十センチと高くはなく、童顔なため、年齢よりも幾分若く見える。とってもじゃないけど、四十歳には見えない。

 服装もこだわりが多くオシャレだ。吉祥寺のカフェでMacのパソコンを持って仕事していそうな風貌していて、どう見てもモテそうなたたずまいだし、実際にモテる。不思議なくらい女っけはないけど。

 この人が御園周。
 通称あーさん。僕の保護者だ。

 それと締め切り、という言葉で見当がついたかもしれないが、あーさんは小説家をしている。
 俺の死んだ父さんが、あーさんの担当していた編集者だったそうだ。
 でも父さんとは、担当編集者と作家という枠を超えて、友人として仲が良かったと聞いている。だから、天涯孤独になった僕を引き取ったのだ。

 ——で。この人が僕が世界で一番愛している人。
 likeじゃなくてloveの方で。


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