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不幸な子供と小説家2
しおりを挟む二時間目の体育館の中には秋の優しい日差しが斜めに差し込んでいる。
今日の授業はバスケ。
僕はクラスメイトとゆるゆる気楽な気分でパス練習をしていた。
「今日はやる気ないからのんびりやろうぜ」
クラスメイトが目尻を下げて、柔らかに笑う。
僕はありがとう、と小さく返事をする。
多分、クラスメイトは、僕に気を使ってそう言ってくれているんだ。僕はほとんどの体育の授業は見学に徹している。
でもそれだと、単位が足りなくなってしまうので、こうして、そこまで動く必要がなさそうな、ゆるい授業だけを選んで出席していた。
僕は普通の人より、心臓が弱い。
幼い頃に一度、大きな手術をして、それでほとんどの問題はオールクリアになったはずだった。しかし、僕の体は医師が計画した予定通りのパフォーマンスを発揮することはなく、十七歳の今でも僕は虚弱とお友達だ。
医者も、不可解な動きをする体を見て、首をかしげることしかできなかった。
「原因はわかりませんが、激しい運動は控えた方がいいでしょう」というのが、医者の見解だ。でも、激しいってどのくらいだろう。
僕はその尺度にいつも悩んでしまう。多分、走るのはだめ。柔軟は良い気がする。ドリブルやパス練習は……体調のいい日ならギリギリ平気? ……じゃあセックスは、だめ?
わからないことだらけ。境界線はどこまでもグレー。この世は曖昧なことだらけだ。
今日はちょっと寝不足気味だから、体調はよくない。だけど、二学期って奴はただでさえ九月初旬まで水泳の授業があったり、学期末になると持久走があったりで、僕が絶対に出られない、心臓酷使系の授業が多い。
だから、体に鞭を打ってでも、無難な授業で出席授業数を稼いでおかなければいけなかった。
ドスンという音が耳に飛び込んできたとき、僕の頭はやけに薄ぼんやりとしていた。
……もしかしたら誰か調子に乗って、妙に気合の入ったバウンズでもしたのか? ……でも、あれ? ダムダムと弾むバスケットボールの軽快な音はもっと軽くないか? 今のは、もっと重量のある、重い音だ。
というか、僕は今なんでひんやりとした冷たさを右半身に感じているんだっけ?
あっ、これはまさか……。
音の正体が自分の体が床に叩きつけられる音だと気がつくのに数秒かかった。
状況を理解した瞬間、脳味噌がフル回転しはじめる。
僕、名岡仁志は倒れてしまっているらしい。
ちょっと待って……。僕がやってたのってただのパス練習だよ? それだけで僕、倒れたの?
床に張り付いた顔の角度をググッとあげると、先ほどまでパス練習をしていたクラスメイトが青い顔をしてこちらを見ている。気を使ってくれていたのに、申し訳なさすぎる。
我ながらやわだなあ。視線の先にはさっきまで触っていたボールが、心許なさそうにコロコロとはじに転がっていった。
「名岡! 大丈夫か⁉︎」
ガタイのいい体育教師の慌てた声が、体育館の広い空間に反響して聞こえる。一瞬意識が飛んでびっくりはしたが、今は、はっきりと自分の状況がわかる。
今日はいける気がする、と根拠のない自信を持っていたけど、全然ダメだったみたい。僕の判定がガバガバすぎた。
僕はズルズルと這うように体勢を立て直し、先生に状態を伝える。
「大丈夫です……。いつものことなんで。ちょっと保健室で……休んだり……すれば」
平気な人ぶりたかったのに、喉に言葉が張り付いて、うまく捻り出せない。その所作のせいで体育教師の不安を余計に煽ったらしい。
慌てて、担架を持ってくるように、周りの生徒に指示したので、それを丁重に断る。この感じだと、あと一分くらいすれば動けるはずだ。この辺は倒れマスターの僕なら判断できる。ああ、倒れたのが体育館でよかった。アスファルトとか地面だったりすると、打身だけじゃなくて擦り傷もできるんだよね……。
ああ、もう。二時間目の体育で倒れるなんて。アンラッキーすぎるよ。この感じだと、目眩が完全になくなって授業に出られるようになるまでに半日くらいかかりそうだ。
しかも保健室にお世話になるの、今週二回目だよ……。うわ、やば。出席日数足りるかな。
自分の体の不都合に慣れた僕は、冷静な頭でシュミレーションを繰り返す。体の弱い僕にとって、倒れることは日常茶飯事で特に珍しいことでもない。けれども周りの人間は倒れている人間を見るとどうも慌ててしまうらしい。
「そ、そうか? だが、とりあえず保健室に行け?」
倒れたことなど人生で一度もなさそうな健康的な肌艶をした、体育教師が声を震わせながら言う。
「……そうさせて貰います」
同級生の一人が肩を貸そうか? と申し出てくれたが、それも丁重に断り、一人でゆっくり頭を最後に起こす順序で慎重に立ち上がる。
みんなの心配そうな視線を集めながら、体育館を出る。そのまま校舎へ続く渡り廊下を進み、保健室へと続く長くて白い廊下をダラダラと浮遊するように歩いた。
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