リアル

hitoshi

文字の大きさ
上 下
1 / 10

首つり屋敷の前を通った夜

しおりを挟む

 それからというもの、スフィアは毎日のようにイアン様に会いに行くようになった。

 ミラベルさんいわく、自分の仕事や薬師やくしとしての勉強など、やるべきことは全てやっているそうだし、彼女との交流は間違いなくイアン様にいい影響を与えているだろう。

 なので、わたしも何も言わなかった。

 その一方で、わたしたちはイアン様に処方する薬を作るため、その薬材やくざい集めに精を出していた。

 いかんせん必要な種類が多いので、どうしても足りない薬材が出てくる。

 というわけで、今日もわたしは皆に協力してもらいながら、西の森で採取を行っていた。

「エリンさん、オバケソウモドキというのは、これで合っているんですか?」

 ミラベルさんと一緒に茂みから出てきたクロエさんが、手に持っていた植物を見せながら訊いてくる。

「あっ、いえ、それはオバケソウです。よく似ているのですが、今回の薬に使うのとは別の植物になります」

「そうですか……むむ、わかりにくいですねぇ」

「す、すみません。でも、オバケソウも薬材になりますので」

 クロエさんは手元の植物を凝視しながら眉をひそめる。

 細い茎の先に白い綿毛のような花がついたそれは、風が吹くとゆらゆらと大きく揺れる。

 かつて、どこかの誰かがその様子をオバケと見間違えたことが由来となり、オバケソウという名前がついているのだ。

「エリンさーん! オッポ草って、これで合ってる!?」

 その直後、反対側の茂みからマイラさんが勢いよく飛び出してきた。その手には薄緑色をした、毛玉のような花があった。

「あ、合ってます。マイラさん、ありがとうございます」

「へへー、この草は覚えたよ! 変わった見た目だしね!」

「そ、そうなんです。それこそ動物の尾っぽに見えるので、オッポ草という名前がついているんです」

「しかし、これが薬の材料になるとは誰も思わないぞ」

 マイラさんの手にある草に視線を送りながら、ミラベルさんが怪訝そうな顔をする。

「オッポ草は虚弱体質や食欲不振に効果があります。解熱作用もあるので、熱冷ましに入れられることもあり、変わったところでは、おしりの薬にも……」

「わ、わかったわかった。相変わらず薬のことになると饒舌になるな」

「す、すみません」

 つい熱弁を振るいかけたところを、ミラベルさんにたしなめられる。うう、恥ずかしい……。

「これで、残る薬材はいくつだ?」

「えっと、あとはオバケソウモドキだけですね。リクルル豆は街の市場でも買えますので」

 わたしがそう告げると、ミラベルさんは安堵の表情を見せる。

 今回、イアン様に作る薬は別名、薬の王様とも呼ばれるもので、使用する薬材は10種類。さすがに集めるのに時間がかかってしまった。

「なら、あと一息だな。最後は皆で探すとしよう。私たちでは見分けがつかないから、よろしく頼むぞ。エリン先生」

「は、はひ……!」

 軽く背中を叩かれて、わたしは思わず背筋が伸びる。

 生育場所はすでに見当がついているし、そこまで時間はかからないはずだ。


 ……その後、無事にオバケモドキを採取し、わたしたちは街へと戻った。

 西日を受けてオレンジ色に染まりつつある市場を、皆と一緒に歩く。

「せっかくですし、夕飯の買い物をしていきましょうか。体力自慢の荷物持ちもいることですし」

「クロエさーん、荷物持ちって、あたしのことだよね? まだ持たせるつもりなの?」

「夕方になると、市場では在庫を抱えたくないお店の割引合戦が始まるので、買い時なんですよー。せっかくなので、保存が利くものはできるだけ買っておきたいんです」

 すでに薬材が詰まった袋をかつぐマイラさんを横目に、クロエさんはクスクスと笑う。

「さすが商人志望、抜け目がないな……いいだろう。買い物は任せる」

 その様子を見ながら、半ば呆れ顔でミラベルさんが頷く。

 そろそろスフィアも工房に戻っている頃だろうし、今から買い物をして帰れば、ちょうど夕飯時だ。

「あっ、それなら、わたしはリクルル豆を買ってきます」

「え? 一緒に行こうよ」

「い、いえ、すぐに済みますので。買い物、していてください」

 そのまま買い出しの流れになる中、わたしは一人皆の輪から外れる。

 野菜売り場に行けばリクルル豆自体は売っているのだけど、それらは全てサヤから実を取り出して、量り売りされているもの。

 薬材として使うのは実ではなくサヤのほうで、サヤつきのリクルル豆は、市場の端にあるお店にしか売っていないのだ。

「そ、それでは、行ってきます」

 懐にお財布があるのを確認してから、わたしは皆とは反対方向へと歩いていく。

 やがて見えてきたのは、おばあさんが一人で切り盛りする本当に小さなお店だった。

「こ、こんにちは。リクルル豆、ありますか」

「ああ、いらっしゃい。あるにはあるけど、ちょっとねぇ……」

 勇気を振り絞って声をかけると、おばあさんはなんともいえない顔をした。

「え、どうしたんですか」

「一袋でねぇ、250ピールもするんだよ。サヤつきでだよ?」

 するとそんな言葉が返ってきて、わたしは固まってしまう。

 リクルル豆は普段、100ピールほどで買える。それが倍以上になっているなんて、どういうこと?

「あ、あの、なんでこんなに高いんですか? ここのところ、ずっと天気も良かったですよね?」

「商人さんがねぇ。一袋200ピールじゃないと売れないって言うんだよ。値上がりしてるんだってさ」

 おばあさんはため息まじりに言って、「これでも、うちも頑張らせてもらってるんだよ。原価ギリギリさ」と続けた。

「……わ、わかりました。それ、買わせてください」

「おや、いいのかい? もう一度言うけど、サヤつきなんだよ? 食べられる部分は、かなり少ないよ?」

「か、構わないです。むしろ、サヤのほうを使うので」

 そう伝えるも、おばあさんは首を傾げていた。

 説明し始めると長くなると思ったわたしは、すぐさま代金を支払い、お店をあとにする。

「予想外の出費だったけど、薬を作るためだし、仕方ないよね」

 青々としたリクルル豆の入った袋を見つめながら、自分を納得させるように呟く。

 ……それにしても、どうして急にリクルル豆の値段が上がったんだろう。

 この街ではスイートリーフに並んでポピュラーな食材だし、スープにキッシュにと、その用途も多彩だ。下手に価格が高騰すれば、家庭の食卓を直撃しかねない。

「あっ! エリン先生ー!」

 そんなことを考えながら歩いていると、背後からスフィアの声がした。

「あれ、スフィアも市場に用事ですか?」

「違います! 追われているんです! かくまってください!」

 振り返りながら尋ねるも、そんな言葉が返ってきた。

 ……え、なにこの状況。いつか見た光景なんだけど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人の目嫌い/人嫌い

木月 くろい
ホラー
ひと気の無くなった放課後の学校で、三谷藤若菜(みやふじわかな)は声を掛けられる。若菜は驚いた。自分の名を呼ばれるなど、有り得ないことだったからだ。 ◆2020年4月に小説家になろう様にて玄乃光名義で掲載したホラー短編『Scopophobia』を修正し、続きを書いたものになります。 ◆やや残酷描写があります。 ◆小説家になろう様に同名の作品を同時掲載しています。

逢魔ヶ刻の迷い子2

naomikoryo
ホラー
——それは、封印された記憶を呼び覚ます夜の探索。 夏休みのある夜、中学二年生の六人は学校に伝わる七不思議の真相を確かめるため、旧校舎へと足を踏み入れた。 静まり返った廊下、誰もいないはずの音楽室から響くピアノの音、職員室の鏡に映る“もう一人の自分”——。 次々と彼らを襲う怪異は、単なる噂ではなかった。 そして、最後の七不思議**「深夜の花壇の少女」**が示す先には、**学校に隠された“ある真実”**が眠っていた——。 「恐怖」は、彼らを閉じ込めるために存在するのか。 それとも、何かを伝えるために存在しているのか。 七つの怪談が絡み合いながら、次第に明かされる“過去”と“真相”。 ただの怪談が、いつしか“真実”へと変わる時——。 あなたは、この夜を無事に終えることができるだろうか?

逢魔ヶ刻の迷い子

naomikoryo
ホラー
夏休みの夜、肝試しのために寺の墓地へ足を踏み入れた中学生6人。そこはただの墓地のはずだった。しかし、耳元に囁く不可解な声、いつの間にか繰り返される道、そして闇の中から現れた「もう一人の自分」。 気づいた時、彼らはこの世ならざる世界へ迷い込んでいた——。 赤く歪んだ月が照らす異形の寺、どこまでも続く石畳、そして開かれた黒い門。 逃げることも、抗うことも許されず、彼らに突きつけられたのは「供物」の選択。 犠牲を捧げるのか、それとも——? “恐怖”と“選択”が絡み合う、異界脱出ホラー。 果たして彼らは元の世界へ戻ることができるのか。 それとも、この夜の闇に囚われたまま、影へと溶けていくのか——。

オカルティック・アンダーワールド

アキラカ
ホラー
とある出版社で編集者として働く冴えないアラサー男子・三枝は、ある日突然学術雑誌の編集部から社内地下に存在するオカルト雑誌アガルタ編集部への異動辞令が出る。そこで三枝はライター兼見習い編集者として雇われている一人の高校生アルバイト・史(ふひと)と出会う。三枝はオカルトへの造詣が皆無な為、異動したその日に名目上史の教育係として史が担当する記事の取材へと駆り出されるのだった。しかしそこで待ち受けていたのは数々の心霊現象と怪奇な事件で有名な幽霊団地。そしてそこに住む奇妙な住人と不気味な出来事、徐々に襲われる恐怖体験に次から次へと巻き込まれてゆくのだった。

田舎のお婆ちゃんから聞いた言い伝え

菊池まりな
ホラー
田舎のお婆ちゃんから古い言い伝えを聞いたことがあるだろうか?その中から厳選してお届けしたい。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

【実話】お祓いで除霊しに行ったら死にそうになった話

あけぼし
ホラー
今まで頼まれた除霊の中で、危険度が高く怖かったものについて綴ります。

処理中です...