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17ー希望と絶望

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「?」



 目を開けると、水の幕がみんなを炎から守っていた。

 抱きかかえていたはずのフィーナが、いつの間にか僕の腕から抜け出して、空中に浮かんで淡く輝いている。

 その輝きはなんだか逆に僕が抱きかかえられてるように暖かかった。



「……フィーナ? あ、あれ……傷……は?」



 淡く輝くフィーナから一切の傷が消えていた。

 焦げて折れていた手足も、焼けて短くなった髪も、時間を巻き戻したように元に戻っている。



「せ、精霊が助けてくれてたの!?」



「……精霊さまが、魔力貸してくれたの」



 そう言いながら、フィーナは片手を前に出す。

 そしてドラゴンに狙いを定めると、巨大な水の柱を生み出した。



 その威力はとんでもなく。

 水の膜を消し飛ばそうとするドラゴンの炎ごと押し返してぶっ飛ばした。



「い、今のうちに逃げろおおお!!!」



 建物に残っていた人が唖然としてその顛末を見守る中、誰かがそういった。

 逃げ遅れた人たちは一斉外へ飛び出して行く。



「フィーナ! 回復したんなら、僕たちも!」



 そういって僕はフィーナの手を取ろうとした。

 だけど、



「え」



 まるで実態がない様に、フィーナの手は透けていた。



「フィ、フィーナ……フィーナ!?」



「クレイ君……今のうちに逃げて……」



「い、いや! フィーナも一緒に!!」



「………………ううん」



 首を横に振りながら、視線を下に向けた。



「え……ええ……な、なんだよこれ……ど、どういうことだよ……」



 フィーナの視線を目で追うと、もう一人フィーナがいた。

 厳密に言えば、僕が抱きかかえていたひどい傷を負った彼女である。



 ふ、二人いる。

 いったいどういうことか理解できなかった。



「……もう、死んじゃったみたい」



「……………………え」



「……いや、正確に言えば……精霊様と同じ存在……かな?」



 状況が理解できない。

 呆然として傷ついたフィーナの顔を見下ろしていると、浮かんだフィーナが語りかけてきた。



「あ……もう時間がないみたい……ねえクレイ君……」



 淡く光る方のフィーナが、もう消えてしまいそうに薄くなった状態で僕の顔を覗き込んできた。



「……あのね、ずっと好きだったよ」



「え?」



 その言葉を聞いた瞬間、体が震えた。

 歯がカチカチなった。



「こんな形で言っちゃうのはずるいかもしれないけどね。あははっ」



 いつもの、いつもの調子であははと笑うフィーナ。

 それを見て、僕もなんだか心の中で全てを理解して。

 この状況がもうどうしようもないんだなって理解して。



 想いが溢れてしまった。



「僕だって、僕だってずっと好きだったよ……ッッ!!!」



 決壊したダムの水みたいに、言葉が溢れてくる。



「こ、こんなハンデを持ってる僕を、魔力がないってバカにされてた僕を、ぼ、僕を、すぐ側でいつも守ってくれた君を、好きにならない訳ないじゃないか!!」



 なんで、なんで今言うんだよ。

 杖を渡した僕に意地悪だっていってたけど。

 君の方が、フィーナの方がずるいじゃないか。



「……うん、なんとなく知ってた。でも、クレイ君なりに悩んでるのも、頑張ってるのも、全部知ってた。最後に見送りに来てくれないかもって思った時は、悲しくて泣きそうになったけど……でもクレイ君来てくれて、で、私また泣いちゃったね?」



「待ってよ!! 宮廷魔術師になるんでしょ!! 僕もそれ応援したいから、プレゼントした杖はどうなるの!! ダメだよ、君にあげたんだから!! だ、だからまだ行かないでよ!!」



 縋る男は情けない男なのかもしれない。

 だけど、嫌だった。



 結局、フィーナが都市部で行くと知って、自分の心の中で彼女と僕の人生は二度と交わらないと決めつけれたのは、彼女が僕を覚えていてくれている、またこの街に顔を出してくれると、その優しさに勝手に理想を押し付けて自分が辛くないように予防線を張っていただけだったのかもしれない。



 いや、そうだ。そうに決まってる。

 だって、本当に彼女が僕の目の前からいなくなってしまうことになって、心がそれを拒んでいる。

 なんとしてでも行かせないように、必死で踠き縋り付いているんだから。



 必死で叫んでいると、フィーナはクスッと笑っていた。



「クレイ君の泣き顔……初めて見たっ」



「え?」
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