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27ーなし崩し的、竜神との契約ですの
しおりを挟む適当に話も食事も進んだところで、サンちゃんが言いました。
「と、そういう訳でカトレアよ」
「なんですの?」
「主はすごく上質かつ天性の魔力を持っておる」
「はあ……そうですの?」
しらばっくれはしますけど、確かにそう小さい頃に言われましわね。
人は魔術を扱う際に、得意属性不得意属性というものがあり、相反する属性は基本的には使用できないし、使用した際には体に大きな負荷がかかりますの。
ですが、私は生まれた時から特にそういうものに対してのペナルティというものが存在せず、だいたいどの属性も問題なく扱えます。
どうやら竜神にはそれが見ただけでわかるとのことです。
「じゃからのう……よかったらわしと契約を交わさぬか?」
「……契約?」
いきなり何を言い出すのでしょう、このおチビちゃん。
サンちゃんはパンをまぐまぐと頬張りながら続けます。
「魔力の相互契約みたいなもんじゃよ」
「と、言いますと一種の使役契約のようなものなんですの? 精霊と行うような」
「そうじゃのう」
なんともそれはすごいご提案ですね。
精霊を使役することができる人は、この世でも限られています。
その上で、竜種と契約を交わすことができた人。
そんな人がいましたら、国の英雄に祭り上げられてもいいくらいですの。
「でも遠慮しますの」
「なぬぅっ!? どうしてなのじゃー!」
ぐぬわー!と癇癪を起こすサンちゃんに言っておきましょう。
「私は別に英雄になりたいとか、特別な力を手にしたいとか。そういう欲求はあまりございませんの」
まあ……“現時点”では、という意味ですが。
そもそも、私が契約して広告塔となれば、この辺境領は大きく栄える可能性もあるでしょう。
でもそれは一過性のものというか、なんというか。
個人の力で成し遂げられるほど、領地経営は甘くないと考えてますの。
これをいってしまうと、嫌われかねないので言いませんけどね。
あくまで、一般人には荷が重すぎる、という形にしておきましょうか。
現状あまり目立ちたくはないのです。
「ぐむう……わしのう……実は多分魔力がこのまま順調に回復したら、まーたベヒーモスに追いかけられるかも知れんのじゃー!」
「サン、それってベヒーモスがこの辺境領に来るってことか?」
「そうじゃのう……その可能性は無きにしもあらずといったところじゃ!」
「なんだそれ? はっきりしないな」
「いずれにせよ、奴はわしと見つけ出すじゃろうと思うとる」
「根拠はないんですの?」
「ないけど、そんな気がするのじゃー!」
暴論ですわね……。
噂のベヒーモスが到来してしまったら辺境領は確かに破滅。
でも、
「その前にサン様が沖に帰ればいいのでは?」
私が言おうか迷っていたことを、トレイザがガツっと言ってました。
さすがですトレイザ。
話が早い女です。
私は、極東の食事情をもうちょっと詳しく聞いたり、できれば取り寄せるために伝手がないか聞きたかったので、海に帰れだなんて言えませんでした。
あと、なんだかいじめているみたいでかわいそうになってきますし。
「トレイザ……流石に今の一言はひどいって……」
「ふぐぅ、お兄ちゃああん!」
マルタはひしっと抱きついてきたサンちゃんを優しく撫でます。
なんでしょう、私も今心の中で沖に帰れと思ってしまいました。
なんででしょう、なんででしょう。
「なあ、俺とじゃダメなのか? そのなんたら契約っていうの」
「無理じゃ」
即答。
「お兄ちゃんにはまるで素質がない。ここまで魔力に対して素質がないのも初めてじゃと思うくらい素質がない」
「…………そ、そこまで言わなくても」
「竜の魔力は精霊よりもさらに純度も量も膨大。カトレアの存在は奇跡なのじゃよ!」
「あら、そこまで褒めなくても」
「褒めてはいないのじゃ。事実じゃ」
…………。
「マルタ。沖に返しましょう」
「そうだな。うち、もう猫飼ってるし」
「ッ!? 猫と竜を一緒にするななのじゃー!!!」
サンちゃんはまるで子供のように手足をばたつかせて駄々を捏ねます。
どうやら本当に海に帰りたくないようです。
それでも海の竜なのか、と言いたくなるのですが、美食リヴァイアサンと自称するくらいですからね。
人の世の方が性に合っているのでしょう。
「そうじゃ! 契約してくれたらお主のいうことを聞くぅ! 竜の侍女! メイドドラゴンじゃ!」
「いや……別にそういうのは……」
侍女なんてトレイザで事足りてますし。
と言いますか、今のあまりトレイザが私の世話を焼かない状況が楽しいのでそれは普通にお断りですわね。
「ぐ、ぐぐ……な、なら……この醤油を……差し出すのじゃ……後生じゃ……」
「……自分の身よりその醤油が入った小瓶の方が大事なのかよ……」
マルタのツッコミに私とトレイザも頷きます。
さすが美食、と言いたいのですがそれはちょっとどうなんですの?
でも、醤油をくれるという件で、私の心は少し揺れてました。
それは秘密です。
「カトレアは極東の食文化に興味があったんじゃろう?」
「ええ、まあ」
極東というか、普通に今まで食べたことないものを食べたい。
それはもう今までの鬱憤を晴らすかのごとく食べまくりたいです。
「わしと契約すればいいぞお? 向こうの美味しい食べ物を、食べ方を、たくさん熟知しとるからのう?」
「……ふむ」
それはすごくいいですわね。
魅力的です。
「おいトレイザ……カトレアが考え込んでるぞ……」
「……こうなることはなんとなく予想できてました。食べ物でつられています……」
そこの二人、うるさいですの。
私は食文化にこそ、その土地を盛り上げるものがあると思っているのです。
たった今、そういうことにしましたけど、きっとそうだと思っています。
「……醤油以外にも、魚と相性のいいものを……わしが持っとるとしたら?」
「ほうほう、それは一体?」
「契約したら教える! ぜーんぶ教える! だから契約しておくれー!」
「……はあ……どれだけ必死なんですか……」
「今日、あの時お主に釣られた瞬間に運命は決定したのじゃ。断言する、きっと悪くない決断じゃと思うぞ。頼むのじゃあ……もう一人で海には帰りたくないのじゃあ……」
一人で海に……ですか。
陸より広く、深い海。
極東という故郷を捨ててこの遠く離れた地にまでやってきたサンちゃんと私が重なりました。
あの時一人で馬車に揺られていたら、私の心はどうなっていたことでしょう。
復讐心に取り憑かれていたのかもしれません。
でも、隣に、側にトレイザがいたからその心も安らぎましたし、こうして毎日を過ごすことができています。
それを考えると、放っては置けないと思いました。
断じて食文化につられたとか、そういう話ではありません。
お母様から教わったのです。
人から受けた恩は、その人に返すこともそうだが、同じような目にあっている人に恩返ししなさい。とね。
そうして巡っていくものですよ、心とは。なんてね。
「わかりましたの。ならば契約しましょう。東海竜神リヴァイアサン様?」
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