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16ー至高の味、カニミソですの!!!!!

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「一番美味しいところ……?」

 私とトレイザは二人揃って首をかしげます。
 カニの足、それは十分衝撃を受けるほど美味しかったので、それを超える一番とやらがまったく想像できないでいるのです。

 もしそれが本当でしたら、私はもうカニの嫁に行ってもいい。
 婚約してもいいくらい、このワタリガニとやらは実に美味でした。

「足は食べた、次はこっちだろ」

 そう言いながら、ワタリガニの甲羅をコツコツと指で弾くマルタ。

「堅そうですね……それをバリバリといくのですか? 干しタラの件でもありましたけど、こっちの人はみんな顎が驚くべきほど強いのですね」

「いや、それは違うってば……いや本当に町の人がすまんかった……」

「ふふ、冗談ですの」

 足にあれだけ身が詰まっていたのですから、その本体である甲羅の中身。
 さぞかし身が詰まっているのでしょう。
 一番美味しい、是非それを私に味合わせてくださいまし!

「まずふんどしを取って……っと」

 バキバキと器用に指でカニを解体して行くマルタ。
 その音が苦手なのか、それとも解体されて行く様子が苦手なのか。
 トレイザは少し顔をしかめています。

 でも、この辺境へ来る途中。
 このトレイザ。
 魔物を血祭りにあげていたわけなんですけど?
 なんだか矛盾してませんか?

「甲羅をひっぺがす」

 バキバキッ!
 いよいよ身がお出ましです!

 と見ていていたのですが、出てきたものはなんともグロテスクな中身でした。
 なんですかその筋張ったの茶色いもさもさしたやつ……。
 トレイザが「ひっ」と卒倒しかけていましてよ?

「想像と違いますわね……」

「大方身がたくさんあるって思ったんだろ? カニの中身で食べれるところは、このエラを剥がした……こんだけしかないぞ?」

 ああ、その茶色いもさもさっとした気持ち悪いのはエラなのですね。
 魚が海中で呼吸をするところでしたっけ?
 人で言えば、肺?

 フォークでちょいちょいと中に詰まっていたカニの身をこそぎ落として説明するマルタに聞きます。

「……逆にそれだけしかないので希少部位なんですの?」

「いや、味は変わらない。俺がカニで一番美味しいと思ってる部位は身じゃなくて、こっちの甲羅についてる方だよ」

 ペロンと甲羅を見せるマルタ。
 甲羅の内側には、なんだかよくわからない茶色と濃い緑色を足したような色のペースト状のものが引っ付いていました。
 ぱっと見、なにかわかりません。
 ぶっちゃけて言えば……その……食べ物にこんな例えをするのは失礼ですけど。

「な、な、なんですかその体調が悪い犬のフンみたいなそれは!!!」

 あ、トレイザが言っちゃいました。
 エラが気持ち悪いのにプラスして、なんか独特の匂いのするゲテモノ色のペーストを見せられれば、そりゃ文句の一つも言いたくなりますよね。

「はあー……流石に食べ物を犬のフンで例えるのは無しだぞ……」

 私もそう思いますの。
 でもトレイザの気持ちもわかりますの。

「ワタリガニの部位でもここが一番美味しいんだぞ?」

「本当ですの?」

「ああ、本当だ」

 ギンッと目力を込めて言われてしまえば、なんとなく信憑性が高まりますわね。
 それだけ力説するならば、是非味わって見ましょう。

「なら信じて食べて見ます」

「やっぱりカトレアいい根性してるよ。内陸の連中は、だいたいトレイザみたいな反応して、絶対食べないのに」

「魚は美味しくないという先入観がありますからね……普段の食事にも滅多に出ませんし」

「ああ、塩漬けは塩ケチるとバカみたいに臭くなるしな。そんなのこの町の人たちでも食べないぞ」

 うーんやっぱり流通的な問題でこの様に現地の味をそのまま、だなんて無理なのですね。
 肉と比べて魚はすぐ腐ってしまうと聞きますから。

「では……」

 マルタから渡された、スプーンに乗せられたカニミソを食べて見ます。
 まずは匂い……足の身よりすごい匂いがします!
 こ、これは厳しいですの……。

 でも、あんなに美味しいカニを食べさせてくれたマルタの好意を無下にもできません。
 口に入れば、匂いなんて!

「えい! ………………ッッッ!!!!!!」

 食感は……なんとも言えません。
 口の中がドロっとしています。

 でも、でもでもでもでも!
 激しく脳に突き刺さる様な、濃厚な味が広がりました。
 肉なんて、先ほどのカニなんて。
 淡白、としか言いようのないほど、不思議な感覚。

 例えるなら……。
 ええと、なんに例えたらいいのかわからないですが……。
 クリームチーズみたいなまろやかさ。
 ですが、その味は豪快な海の味。

 ……そこで思いつきます。

「こそぎ落としたカニの身をここに混ぜて食べると……さらに美味しさが倍増するのでは……?」

「……天才かよ、カトレア。俺もパンに塗ってみたり、身をつけてみたりしたんだけど、一番よかったのはカニの足の身をこれにつけて食べた時だな。でももう足は食べちまったしと思ってたんだよ」

 カニの足の身にこのカニミソとやらを塗って食べる!?
 それ、絶対美味しいですの!
 まったく、先に出していただかないと、カニ足もう食べちゃったでしょうが!

 意気投合した私とマルタは早速カニミソがのっかる甲羅の中に、先ほどこそぎ落とした身を打ち込みます。
 混ぜ合わせますという表現が上品かもしれませんが、マルタがどーんと打ち込んでました。
 なんで打ち込むという表現が一番いいでしょう。
 豪快で、イメージに合ってますし。

「よし、まずは発案者に一口目を」

 スプーンで混ぜ合わせた身を掬って私に差し出すマルタ。

「ええと……」

 これって、俗に言うあーんってやつなのでしょうか?
 変態王子にもよくあーんしてくれとか、熱いスープをふーふーしてくれとかめちゃくちゃなリクエストをされてきたことはあり、半笑いでこなしてきた過去がありますが、まさかこの私がナチュラルあーんをされてしまうとは……。

 でも、変態さは全くなく。
 お互いカニに集中してますから、特に気にすることもないでしょう。
 パクリといってしまえ、ですの。

「…………マルタ」

「なんだ? どうだ? あんまり合わないか? いや、そんなはずは……」

「いえ……絶品、という言葉を授けますの」

「うおお! 俺も食べよっと……うめえ!!!!!!」

 子供のようにほぐし身とカニミソを混ぜ合わせたものを食べて喜ぶマルタ。
 私と間接キスをしてしまってることには、まったく気づいていないようですの。
 なんと純粋な海の男なのでしょう。
 もしくは純粋な魚屋。
 ドギマギしてしまいそうになった私が逆に恥ずかしいですわね……。
 まあいいですの。

「それにしても、こんなに美味しいものと巡り会えるなんて……」

「そんなに美味しかった?」

「ええ、最高に美味しいものをありがとうございますの」

「ならよかったよ。ちなみに、この街に来て良かったって思えた?」

「当然ですの」

「ならよかったよ。俺が小さい時からここ10年で色々合って……なんだかこの街も活気がなくなって寂しくなったからさあ……色々大変な目にあったと思うけど、カニに免じて許してくれ」

 そうなんですのね。
 その辺も詳しく聞いてみたいところなのですが、どうやらマルタはそろそろ休憩時間も終わりのようです。

「もとより怒ってもいませんので」

「そっか、なら……もし旅行が終わって内陸に戻った時は、このカニのうまさとか広めてくれよな?」

「それはもちろんですの。でも……すぐにとはいきませんわね」

「なんだ? 不満だったのか?」

「いえ、私たちはまだしばらくこの街に滞在しておりますので……」

 しばらくではなく、ほぼずっとなのですけどね。
 まあ、観光客だと思われているので、そのままにしておきましょう。

「もっと海の幸を堪能したいと思っております。内地に持ち帰るご当地自慢は、多い方がいいですの」

 そう言うと、マルタは顔をほころばせていた。

「よしきた。じゃあ、次も俺の取って置きを用意しとく」

「ふふ、楽しみですの」

 マルタとまた会う約束をしてから、三人でこの家を出たのですが、トレイザもしっかりカニミソを食べました。
 反応は……だいたい私と同じだと思ってくれて結構ですの。

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