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10ー今日から、私はただのカトレアですの

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 あれから、私はトレイザに泳ぎを教わりながら海中遊泳を楽しみました。
 浜辺から沖に向かう潮の流れはなかなかに危険でしたが、水魔術を用いて水流を少しいじってしまえばなんてことはありませんでした。

 メイド服を脱いだトレイザの視線が、私の胸に突き刺さってはいましたけれど、これを機に食事に乳製品などを多く出されてしまうと私が太ってしまうことが懸念されましたので、しっかりフォローはしておきます。

 ……逆効果だったみたいですけどね。
 でもスレンダーで運動神経のいいトレイザの体には憧れますの。



「……本当に、街に住むんですか?」

 そして、今。
 私は邸宅の玄関にて、トレイザと共に外に出かける用意をしています。

「ええ。今ここに住むのはデメリットが大きいと思いますし」

 衣類やら諸々の日用品は……あらかたトランクに詰め終わりましたわね。
 おっと、日差しがなかなか強い日なので、帽子は忘れないようしませんと。

「それはわかっているのですが……私はあくまでメイド、従者です……」

「まあまあトレイザさん。最初は旅行気分だと言っていたじゃないですか」

「ですが……」

 水着の時と同様、トレイザは普通の服を身につけるのも断固拒否の姿勢です。
 ならば、最終手段を取らざるを得ませんね。

「なら一人で暮らしますの」

「えっ」

「心配なさらずとも、歩いて行き来できる距離ですから……実家に帰る気分でたまには寄らせていただきますよ」

「……」

「でも、あまり頻繁にここいらを歩くと他人の視線などがありますから……しばらくは旅行に来た街娘でいますわ」

「か、覚悟を決めます!」

 そう告げるとトレイザはメイド服を脱ぎました。
 流石に玄関でいきなり服を脱ぎ捨てるのはどうかと思うんですが……なんと、下に普通の服を身につけているようでした。
 それでよく着膨れしないですね……羨ましいですの。

 さてと、私はかなりラフなワンピース。
 トレイザはパンツスタイルの私服。
 二人でトランクを持って、ようやく街へ繰り出すことになりました。

「気分はさながら、流れの者って感じですねえ」

 もっとも公爵家を追い出されたようなものなので、流れなんですけど。
 辺境領を任されたといっても、エルトン様に話を窺うと、実質的な領主の仕事は彼が行うらしく、私は上に立ってぼーっとしている役目なのですわ。
 それを流れと言わずしてなんと呼ぶ、ってことになりますわね。

 あえて、体裁込めて侮蔑するなら、ひどい天下りってことになるんでしょうか。
 まあ、それはお母様クソ親父様を納得させるための方便なのでしょう。

 下手に上に挿げて力をつけられたらたまらないって思ってそうですし、あのクソ親父様。
 だから、色々としこりのある辺境領ならば、大いに納得するのでしょうね。

 お母様の思惑は完全には読めませんが、とにかくこうした場をいただけたことには感謝いたしませんと。
 割と社交界でも私に無理をふっかけて反応を見て遊ぶ、みたいなこともありましたし、油断なりません。

 それでも。
 その経験があったおかげで。
 厳しく育ててくれたおかげで。

 私の心は砕けずに、こうして前に進むことができるのですから。
 それが貴族の矜持と関係があるものとは思いませんが、人としての粘り強さを培ってくれたこと。
 クソ親父様にも感謝しませんとね。
 もっとも、それとこれとは話が別なのですから、きっちり報復のほどはさせていただきます。

「それにしても、お母様にも見せてあげたいですわね……あの景色」

「そうですね。もっとも、奥様はかなり経験豊富なお方ですので、知っているかもしれません」

「確かに……だとしたら……」

 この景色、見せたかったのでしょうか?
 だから、辺境領へと私を送ったのでしょうか?

 ふふ、だとしたら素敵な贈り物ですこと。
 綺麗にしておきたいので思惑抜きにして、そう思うことにしておきます。

「お嬢様、くれぐれも私の側から離れないでくださいね」

 領主代行の邸宅からそのまま街へ向かうと、色々と怪しまれることがあるかもしれません。
 それの可能性を低くするべく、おしゃべりしながら遠回りして街へと向かったんですが、街に入る前にトレイザが私の目を見て注意を促してきました。

「まったく、身分を隠しているので身代金を狙った誘拐なんてあり得ませんよ。それに王都に比べれば危険はかなり少ない方ですよ?」

 危険はないとも言い切れませんが、殺気を出しっぱなしで歩かれると浮いてしまいます。

「いえ、お嬢様の美しさに惹かれて変な男がよってくる可能性なんかも」

「まあ、嬉しいことを言いますのね」

 私からすれば、トレイザの方がもっと美しくも思えます。
 危険から私を守りたい気持ちは素直に嬉しいのですが……。

「お気持ちは嬉しいのですが、街に入ればお嬢様は無しです」

「え……」

 至極残念そうな顔をするトレイザ。

「私からお嬢様を取ったらお嬢様のお嬢様から何が残るっていうんですかお嬢様」

「ええと……」

 一つのセリフに四回もお嬢様が入りましたわね……。
 なかなか珍しいセリフですわよ……。

「ふふ、冗談です。ただの過保護な姉って役回りで、私は通しますよ?」

「そ、そうですか」

「ここから一歩進めばカトレアさん、とお呼びすることになるんですから……言い溜めしておきませんとね」

「は、はあ……そうですの?」

 水着の時や、玄関で揶揄った際の仕返しですわね。
 まったく、トレイザもよくやります。
 でも、悪い気はしないんですの。

「では、行きましょうか!」

「はいですの」

 トレイザと一緒に、私はしばらくこの街で暮らしてみることにします。
 一から、ゼロから物事を知ることは大切ですの。

 昨日の海の絶景のように。
 中に入って見ないと物事の本質はわかりません。

「先に昼食ですね! 海付近の料理屋さんでしたら、昨日食べ損ねた魚料理があるかもしれませんの!」

「はいはい」

「あっ、トレイザさん、急に姉らしくしてますの!」

「ふふふ、姉ですからね?」


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