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9巻
9-2
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「カラフルバルンは体内に気体を持っていてふわふわ浮かんでいるけど、上位のギミックバルンになると急に膨らみ爆発する性質を持つようになる。これは何らかの手段で体内に気体を生み出していると考えられるね。その仮説のヒントが、トウジ君がファントムバルンを倒して持ってきてくれたこの液化タイプの魔力ガスに隠されていると見た」
「ふむ……体内で圧縮して液化していたものを瞬時に気体にすることで、体積を膨張させて爆発しているということか……」
「そう、その通り」
「我々が気体だと思っていたことが間違いで、そもそも魔力ガスは最初から液体であり、カラフルバルンはそれを気化させて膨らみ空に浮かんでいる、といったところか」
「大正解。さすが僕の娘」
オスローの導き出した答えを聞いて、オカロは満足げな笑みを俺に向ける。
どうだ、僕の娘は天才だろうって感じの表情だ。
なんかウザいからもう一度ボディーブローを食らえば良いと思う。
ちなみにガスの仕組みが本当のところはどうなのか、俺にはわからないし興味もない。
ドロップで液化したものが出てくるなら、きっとそうなのだろう。
彼ら二人は天才だから、勝手に答えに辿り着くはずだ。
「……何故だろう、今すぐギミックバルンの連鎖爆発の渦中に放り込んでやりたい気分だよ。頭の回転が遅くなった中年に、こうして思考力のマウントを取られるのは屈辱だ」
オカロに先手を取られたオスローが悔しそうに呟く。
「あはは、そこは経験の差だね。カラフルバルンの持つ魔力気体を、鉱物ではない新しい魔力供給源として使えないか、かなり力を入れて研究していたからね」
「まあ良い、とりあえず……パ、パパ、の、その辺の経験は飛行船計画で重要になるだろうと私は思っているから存分にこき使ってやろう」
髪を弄りながら恥ずかしそうにパパと呟くオスローに、オカロは涙ぐむ。
「パパ、頑張るよ……よーし、ならこのサンプルのガスを弄ってみよう!」
「待て、どのくらいの高密度なのかもわからない状態で行動するのは危険だ。強烈な魔力がアマルガムと反応したら面倒なことになるのはわかっているだろう?」
「おっと、そうだったね」
「まったく、後先考えずにすぐ手を出すのは技術屋の悪い癖だぞ」
「ごめんごめん」
この二人、なんだかんだ言いながら良い関係に戻れそうだな、と思った。
親子関係に根深い確執があったらどうしようかと思っていたのだけど、今は二人揃って飛行船という新たな目標に力を合わせてくれそうだ。
「じゃ、あとは任せて俺はこの辺でお暇しようかな?」
オスローから事前に渡されていた素材リストには、まだ揃っていないものがあった。
俺の役目は必要なものを全て揃えることなのだから、さっさとやってしまおう。
「トウジ、待ちたまえ」
ポチたちを連れて研究所から立ち去ろうとすると、オスローが呼び止めた。
「ん?」
「素材リストに一つ、重要なものを入れ忘れていた。それを先に手に入れないと、いつまでたっても飛行船の完成は遅れてしまう」
「なに?」
「飛行船本体に使用する頑丈な木材さ。そこいらの木材では、十分な耐久性を確保できない可能性がある。故に、絶対に譲れない素材なんだ」
「鉄製は考えてないの?」
「そんなものより、さらに軽くて良いものがある。もしなければ鉄でも構わないが、それでは燃費や速度を犠牲にすることになるだろう」
「なるほど」
燃費と速度はかなり重要な部分だ。
ワシタカくんを使わず、快適に移動するために頑張っているのに、結局遅くて遠くまで飛ぶことができないとなれば意味がない。
その木材とやらを是が非でも取りに行きましょう。
「何を用意すれば良いの?」
「竜樹ユグドラの素材さ」
「竜樹……」
またなんとも物騒な名前だ。
「オスロー……それ、本気で言ってるの……?」
隣にいたオカロが、娘の言葉にやや困惑した表情をした。
そんなにヤバい代物なのだろうか?
「私は嘘をつかない、本気だ」
オスローは俺を真っ直ぐに見つめながら話す。
「私の夢である飛行船による初めての飛行。人類の空への第一歩。一番良い素材で最高のものを作りたいし、トウジなら……必ず持って来てくれるはずだ」
「いや、さすがに買い被り過ぎだと思うけど……」
存在するかもわからない伝説の素材とかだったら無理。
「ふっ、だったらその辺にある木材を使って墜落してお陀仏になるしかないな。私は初飛行で死んでも本望だ。しかし、さすがに君を事故死させるのは心が痛いので、やはり確保するしかない」
「えー……」
オスローは一転不貞腐れる。
っていうか暴論だろ、それ。
ワシタカくんを出していれば落下ダメージは半減するので、その辺は大丈夫だと思いたい。
「あっ、ちなみに僕が心配してるのは、入手難度もだけど、購入する際の値段もなんだよね」
「いくらですか?」
「貿易船クラスの竜骨に使用する大きさで、市場価格5億ケテルはくだらなかったと思うよ」
「5億……」
俺のインベントリに表示されている残高よりもさらに上だった。
半端ないな、その素材。
「耐久性もそうだけど、竜の加護がつくから滅多に魔物が寄ってこないようになるよ」
言葉を失っていると、オカロが説明してくれる。
「海軍を持つ国の重要な船舶には、必ずと言っていい程使われる素材だね。もっとも、今の船舶は大昔の船舶に使われていたものを再利用しているから、未加工の竜樹なんてもうずっと見てないよ」
なるほど、魔物が寄ってこなくなる能力があるならば、そのくらいの価値にもなるか。
さらには今ある素材以外、市場に流れていない始末である。
「オスロー、まさか5億出して、それを買うって言うのかい? そもそも資金繰りに困った国が仕方なく出したりする代物で、下手すれば5億以上の価値で各国が白金貨を投げ合うのに」
「いや、私は取って来て欲しいと言っている」
「それこそダメだよ危険だよ! 深淵樹海の奥にあるって噂は有名だけど、本当にあるかわからないし、そもそもあそこは魔族領との国境地帯に存在する大迷宮だから、敵は魔物だけじゃないかもしれない!」
「ふむぅ……だが、使いたいのだ……ユグドラを使って最高の飛行船作りたいもん……」
「可愛く言ってもダメダメ! 技術屋として言わせてもらうけど、設計は可能な範囲でやるべきだよ。莫大なコストをかけて最高のものを作るより、コストと実用性のバランスを上手く取りながら、誰でも作れて誰でも使えるものにするのが一番さ。そんなとんでもない素材で作っちゃったらメンテナンス費用だって洒落にならないよ!」
「……ふむぅ……ぐむぅ」
長年現場に携わってきたオカロの正論に、オスローは圧されていた。
口達者なオスローだから何か言い返すかなと思っていたが、彼女は口を歪めてオカロを睨んでいるだけである。
もっともな意見に、一応同意しているってことなんだろうね。
「トウジ君」
「はい」
オカロは近寄って来て俺の肩を掴むと、さらに顔を近づけて言う。
「深淵樹海は、その名の通りとんでもなく深い樹海だよ。まるで全てを呑み込むように毎日毎日常に森が広がり、周りを侵食する大迷宮さ」
「と、とんでもないですね。でも、良い感じに伐採すれば無限に木が手に入りそうな気がしないでもないですけど……」
「確かにそうだけど、それは深淵樹海のほんの一部だよ! 竜樹は広大な樹海の最深部にあるらしいから、呑気にそんなことを言ってられないんだって!」
「そ、そうですね」
肩を激しく揺さぶられながら同意する。
オカロの言う通り、大迷宮は本来かなり危険な場所、いや地帯である。
ダメだな、ダンジョンに対してなんら警戒を抱かないマインドになってしまっている。
それもこれも甘いもの同盟のせいだ。
ポンコツダンジョンコアとポンポン痛いガーディアンのせいである。
「と、とりあえず取って来られるかどうか判断してから決めますね」
「だから、やめといた方が良いって言ってるんだよ」
「最初に作る飛行船は俺専用ですし、最高のものを作りたいですから」
もし民間用に量産するとしたら、それはまた別に考えれば良い。
最初にすごいものを作って、必要に応じて安価な他の素材に切り替えていけば良いのだ。
強化と合成の作業でもそうだったが、はじめに作るならやっぱり最高傑作が一番である。
「とにかく、詳しく調べてから考えます。なんなら他国から買ってくる案でも良いですし」
「それもかなりハードル高いと思うけど……お金足りるの……?」
「あと2億くらいですしね」
マイヤーに頼み込んでちょっと多めに競売に装備を流したって良い。
この世界で俺が稼ぐ手段はたくさんあるのだ。
「3億持ってますよって意味だけど……やっぱり良いところのお坊ちゃんだった……?」
「まあ、その辺はどうでもいいじゃないですか、あはは」
坊ちゃんっていう歳じゃないし。
「トウジ君がそう言うなら従うしかないけど……完成前に持ち主がいないなんてあっちゃいけないことだからね……?」
「わかってますよ。安全対策は十分に取るタイプですから」
それだけ言って、俺はこの場をあとにした。
まずは情報収集である。ダンジョンの情報なら、もちろんダンジョンの伝手を頼る方が良い。
第二章 氷城迷宮、ラブちゃんのダンジョン教室
さて、それから俺たちは新たなとんでも素材の情報を求め、ワシタカ便に搭乗し断崖凍土へ向かうことにした。
約二ヶ月ぶりとなる極寒の大地である。
「やっとついたしー!」
ジュノーはスポンッとイグニールの胸元から飛び出して、白銀の世界を飛び回る。
「大迷宮なんて初めて来たんだけど、ここ全部そうなの?」
イグニールも興味深そうにキョロキョロと辺りを見渡している。
「そうだよ」
二つの国をつなぐ架け橋のようにしてできた超巨大な氷の大地、それが断崖凍土。
「へえ……それにしても、こんな極寒の中にいるのに寒くないって、このイヤリングは本当にすごいわね……」
「まあね。少し風情がないかもしれないけど」
「風情なんて気にしてたら死ぬわよ」
みんなしっかり寒さ無効のイヤリングを装備している。
イグニールの言う通り、普通の防寒装備では死にかねない。
「この防寒着も着心地良いし、さすが」
「う、うん」
イグニールによいしょされると、頬が弛む。
イヤリングのおかげで別に着こまなくても良いが、防寒着くらいは身につけて氷の世界を楽しもう。
「よし、ラブのところに行くか」
今からダンジョンの最深部にいるラブの元を訪ねるのだが、初来訪のイグニールにも説明は全て済ませてある。
ちなみに話した時、「まあダンジョン攻略なんて人が勝手に決めてるようなものだし、ダンジョンコアやそこに棲んでいる魔物の立場で考えたら迷惑だとは思うから、ダンジョンを守っているガーディアンも特に恐ろしいなんて思わないわね」と、彼女は言ってのけた。
さすがイグニール、聖母である。
ジュノーやペットのポチを見ていたら、魔物に対する価値観は変わるだろうな。
会話ができないからわからないだけで、意思疎通ができれば魔物も人間と同じようなものである。
だったら何故俺は魔物を狩るんだ、って話にもなるけれど、それでおまんまを食べている冒険者だから、としか答えようがない。友達になったから仲良くする程度の問題なのである。
「トウジー! こっちにドアが出現したしー!」
コレクションピークのコレクトと雪原を飛び回っていたジュノーが遠くで俺を呼んだ。
向かうと、雪の中にドンと扉が立っていた。
「久しぶりじゃなー、トウジ」
扉が少し開いて、その中から青い髪を両サイドで結んだ少女が顔を覗かせる。
「久しぶり、ラブ」
断崖凍土を管理するガーディアン、ラブだ。
「ほれ、とりあえず入らんか。今日は来客が多く立て込んどるからのう、はようせい」
ちょいちょいと手招きされるので、さっさと中へ入ることに。
「彼女がガーディアン? なんだか可愛らしい少女ね」
「うん、アイスを食べてお腹を壊す系ガーディアンだよ」
「……そういうこと、女の子の前であんまり言っちゃダメよ?」
「あっ、すいません」
得意げにラブを弄りながら紹介したら、そう窘められてしまった。
自分が優位な状況でつい調子に乗ってしまうコミュ障っぷりである。
これは恥ずかしいので素直に反省しよう……。
「して、今日は何用で来たんじゃ? お土産は? 甘いものがないと許さんぞ?」
「ジュノーが会いたがってたからな。もちろん甘いものもあるよ」
最深部へ繋がる通路を歩きながら、たまたまインベントリにあったクッキーの残りを取り出して、適当にお土産と言いながら渡す。
「ふおおおおおお! クッキーじゃ、クッキーじゃ!」
「ねえ、トウジ? あたしにはないし?」
「ラブへのお土産だからねーよ」
ここに来る前に散々パンケーキを食い散らかした癖に、何言ってんだ。
今日のジュノーのおやつは、いつもと趣向を変えてフォークで突いたらプルンプルンと揺れる巨大なスフレパンケーキ。
そんな魅惑のスイーツを前にして、ジュノーはテンションがマックスを振り切って、スフレパンケーキ内部に飛び込み、中身をぶち撒けながら食い散らかして、ポチにかなりの勢いで怒られていた。
「ォン」
「ほら、ポチが食い物を粗末にしたからしばらくお預けだってよ」
「いやあああああ! パンケーキパンケーキ! スフレスフレスフレー!」
空中でくるくるばたばた駄々をこねる。
いつもならフォローに回るイグニールも、スフレの惨状を見ているので、何も言わなかった。
「落ち着けジュノーっちよ。甘いもの同盟として、わしのを一つやろう」
「良いのラブっち? っていうか同盟だったらそれ半分あたしのじゃない?」
「ダメじゃ! これはわしへのお土産なんじゃからに!」
「えー……ケチ」
「そういうこと言うなら、一つもくれてやらんぞー?」
「ごごごごめんなさいごめんなさい! ください欲しい食べたい!」
「ふっふーん! わかれば良いのじゃ!」
速攻で従うほど、ジュノーは甘味を欲しているようだった。
ラブは慌てる様子を見て、したり顔をする。
うむ、仲が良いようで何よりです。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
ほっこりとしながら二人の様子を見ていると、突然辺りが大きく揺れ始めた。
「アォン⁉」
「うおおおお⁉ な、なんだ⁉」
「何かしら、もしかして例の邪竜?」
「いや、それは確実に倒したから大丈夫なはず!」
「あっ、そうじゃった」
慌てる俺たちを尻目に、ラブがクッキーをサクサクと齧りながら声を上げる。
「甘味に夢中で忘れとったんじゃが、今日は立て込んどるからあまり長居はできんぞ。重要な用件ならば日を改めい」
「どういうこと?」
「久しぶりに強い冒険者の集団がこの断崖凍土を侵攻しとる。わしはその対応でしばし忙しくなるんじゃよー」
「なるほど、相変わらずノリが軽いな」
腹が緩いタイプだとしても、ダンジョンコアと同じ権限を持つガーディアン。
邪竜に比べれば、強い冒険者なんて少し忙しくなる程度のようだ。
「ぬはは、このクッキーは何気に魔力がかなり回復するようじゃから、栄養補給もできたし今のわしは無敵じゃぞー? がおー」
「ジュノー専用のクッキーみたいなもんだからね」
材料にMP回復の秘薬を使った特殊なクッキーは、魔力を常に消耗するダンジョンコアにとっては最上の栄養源だろう。
クッキー用の付け合わせのジャムも、フェアリーベリーから作った特製品だ。
「あたし専用ならあたしのだし! 寄越せラブっちー!」
「わしがもらったクッキーじゃもんねー! ぬははは!」
「ぐぬぬぬぬぬーっ! んしーっ!」
憤慨するジュノーと同時に、通路が再びゴゴゴゴゴと激しく揺れ動く。
「本当に大丈夫なのか……?」
「そうじゃのー、トウジみたいに倒したガーディアンを片っ端から回収して、根こそぎダンジョンのリソースを奪うような輩ならば、少し厳しいかもしれんが、今は邪竜の心配もないから余裕じゃ。わしがどれだけ長きにわたって人の侵攻を撥ね除けて来たか。キャリアはそこそこじゃぞ!」
「それならラブっち、今後の勉強として冒険者撃退の見学してみたいかもだし」
「んむ? ならば一緒に冒険者を阻んでみるかの?」
「うん! 阻むし!」
「ならばダンジョンの大先輩として、とくとわしのすごさを見せてやろう!」
何だか勝手に話が進んでいるのだが、気になるので便乗しよう。
長きにわたって大迷宮を営んできた守護者が、いったいどのようにして冒険者を退けてきたのか、いち冒険者の俺も勉強になるはずだ。
予め知っておけば、万が一にも他のダンジョンコアと敵対した場合に、リソースを奪う以外の対処法を思いつくかもしれない。
「ラブっち、敵は誰だし!」
「今見せるぞー、氷鏡の大守護者よー」
ラブがそう言うと、大きな鏡を持った氷のガーディアンが壁から出て来た。
「……それが大守護者なら、ラブっちはなんだし?」
「超守護者。ほれ、とりあえず映し出すから見よ」
ガーディアンの持つ大きな鏡に、侵入者の姿が鮮明に映し出される。
「四人組と、そして金魚の糞のように後ろに連なる神官の群れ……なんとも大所帯じゃのう?」
俺は、それを見て固まった。
「……トウジ?」
心配そうに見つめながらイグニールが俺の腕を引く。
「ふむ……体内で圧縮して液化していたものを瞬時に気体にすることで、体積を膨張させて爆発しているということか……」
「そう、その通り」
「我々が気体だと思っていたことが間違いで、そもそも魔力ガスは最初から液体であり、カラフルバルンはそれを気化させて膨らみ空に浮かんでいる、といったところか」
「大正解。さすが僕の娘」
オスローの導き出した答えを聞いて、オカロは満足げな笑みを俺に向ける。
どうだ、僕の娘は天才だろうって感じの表情だ。
なんかウザいからもう一度ボディーブローを食らえば良いと思う。
ちなみにガスの仕組みが本当のところはどうなのか、俺にはわからないし興味もない。
ドロップで液化したものが出てくるなら、きっとそうなのだろう。
彼ら二人は天才だから、勝手に答えに辿り着くはずだ。
「……何故だろう、今すぐギミックバルンの連鎖爆発の渦中に放り込んでやりたい気分だよ。頭の回転が遅くなった中年に、こうして思考力のマウントを取られるのは屈辱だ」
オカロに先手を取られたオスローが悔しそうに呟く。
「あはは、そこは経験の差だね。カラフルバルンの持つ魔力気体を、鉱物ではない新しい魔力供給源として使えないか、かなり力を入れて研究していたからね」
「まあ良い、とりあえず……パ、パパ、の、その辺の経験は飛行船計画で重要になるだろうと私は思っているから存分にこき使ってやろう」
髪を弄りながら恥ずかしそうにパパと呟くオスローに、オカロは涙ぐむ。
「パパ、頑張るよ……よーし、ならこのサンプルのガスを弄ってみよう!」
「待て、どのくらいの高密度なのかもわからない状態で行動するのは危険だ。強烈な魔力がアマルガムと反応したら面倒なことになるのはわかっているだろう?」
「おっと、そうだったね」
「まったく、後先考えずにすぐ手を出すのは技術屋の悪い癖だぞ」
「ごめんごめん」
この二人、なんだかんだ言いながら良い関係に戻れそうだな、と思った。
親子関係に根深い確執があったらどうしようかと思っていたのだけど、今は二人揃って飛行船という新たな目標に力を合わせてくれそうだ。
「じゃ、あとは任せて俺はこの辺でお暇しようかな?」
オスローから事前に渡されていた素材リストには、まだ揃っていないものがあった。
俺の役目は必要なものを全て揃えることなのだから、さっさとやってしまおう。
「トウジ、待ちたまえ」
ポチたちを連れて研究所から立ち去ろうとすると、オスローが呼び止めた。
「ん?」
「素材リストに一つ、重要なものを入れ忘れていた。それを先に手に入れないと、いつまでたっても飛行船の完成は遅れてしまう」
「なに?」
「飛行船本体に使用する頑丈な木材さ。そこいらの木材では、十分な耐久性を確保できない可能性がある。故に、絶対に譲れない素材なんだ」
「鉄製は考えてないの?」
「そんなものより、さらに軽くて良いものがある。もしなければ鉄でも構わないが、それでは燃費や速度を犠牲にすることになるだろう」
「なるほど」
燃費と速度はかなり重要な部分だ。
ワシタカくんを使わず、快適に移動するために頑張っているのに、結局遅くて遠くまで飛ぶことができないとなれば意味がない。
その木材とやらを是が非でも取りに行きましょう。
「何を用意すれば良いの?」
「竜樹ユグドラの素材さ」
「竜樹……」
またなんとも物騒な名前だ。
「オスロー……それ、本気で言ってるの……?」
隣にいたオカロが、娘の言葉にやや困惑した表情をした。
そんなにヤバい代物なのだろうか?
「私は嘘をつかない、本気だ」
オスローは俺を真っ直ぐに見つめながら話す。
「私の夢である飛行船による初めての飛行。人類の空への第一歩。一番良い素材で最高のものを作りたいし、トウジなら……必ず持って来てくれるはずだ」
「いや、さすがに買い被り過ぎだと思うけど……」
存在するかもわからない伝説の素材とかだったら無理。
「ふっ、だったらその辺にある木材を使って墜落してお陀仏になるしかないな。私は初飛行で死んでも本望だ。しかし、さすがに君を事故死させるのは心が痛いので、やはり確保するしかない」
「えー……」
オスローは一転不貞腐れる。
っていうか暴論だろ、それ。
ワシタカくんを出していれば落下ダメージは半減するので、その辺は大丈夫だと思いたい。
「あっ、ちなみに僕が心配してるのは、入手難度もだけど、購入する際の値段もなんだよね」
「いくらですか?」
「貿易船クラスの竜骨に使用する大きさで、市場価格5億ケテルはくだらなかったと思うよ」
「5億……」
俺のインベントリに表示されている残高よりもさらに上だった。
半端ないな、その素材。
「耐久性もそうだけど、竜の加護がつくから滅多に魔物が寄ってこないようになるよ」
言葉を失っていると、オカロが説明してくれる。
「海軍を持つ国の重要な船舶には、必ずと言っていい程使われる素材だね。もっとも、今の船舶は大昔の船舶に使われていたものを再利用しているから、未加工の竜樹なんてもうずっと見てないよ」
なるほど、魔物が寄ってこなくなる能力があるならば、そのくらいの価値にもなるか。
さらには今ある素材以外、市場に流れていない始末である。
「オスロー、まさか5億出して、それを買うって言うのかい? そもそも資金繰りに困った国が仕方なく出したりする代物で、下手すれば5億以上の価値で各国が白金貨を投げ合うのに」
「いや、私は取って来て欲しいと言っている」
「それこそダメだよ危険だよ! 深淵樹海の奥にあるって噂は有名だけど、本当にあるかわからないし、そもそもあそこは魔族領との国境地帯に存在する大迷宮だから、敵は魔物だけじゃないかもしれない!」
「ふむぅ……だが、使いたいのだ……ユグドラを使って最高の飛行船作りたいもん……」
「可愛く言ってもダメダメ! 技術屋として言わせてもらうけど、設計は可能な範囲でやるべきだよ。莫大なコストをかけて最高のものを作るより、コストと実用性のバランスを上手く取りながら、誰でも作れて誰でも使えるものにするのが一番さ。そんなとんでもない素材で作っちゃったらメンテナンス費用だって洒落にならないよ!」
「……ふむぅ……ぐむぅ」
長年現場に携わってきたオカロの正論に、オスローは圧されていた。
口達者なオスローだから何か言い返すかなと思っていたが、彼女は口を歪めてオカロを睨んでいるだけである。
もっともな意見に、一応同意しているってことなんだろうね。
「トウジ君」
「はい」
オカロは近寄って来て俺の肩を掴むと、さらに顔を近づけて言う。
「深淵樹海は、その名の通りとんでもなく深い樹海だよ。まるで全てを呑み込むように毎日毎日常に森が広がり、周りを侵食する大迷宮さ」
「と、とんでもないですね。でも、良い感じに伐採すれば無限に木が手に入りそうな気がしないでもないですけど……」
「確かにそうだけど、それは深淵樹海のほんの一部だよ! 竜樹は広大な樹海の最深部にあるらしいから、呑気にそんなことを言ってられないんだって!」
「そ、そうですね」
肩を激しく揺さぶられながら同意する。
オカロの言う通り、大迷宮は本来かなり危険な場所、いや地帯である。
ダメだな、ダンジョンに対してなんら警戒を抱かないマインドになってしまっている。
それもこれも甘いもの同盟のせいだ。
ポンコツダンジョンコアとポンポン痛いガーディアンのせいである。
「と、とりあえず取って来られるかどうか判断してから決めますね」
「だから、やめといた方が良いって言ってるんだよ」
「最初に作る飛行船は俺専用ですし、最高のものを作りたいですから」
もし民間用に量産するとしたら、それはまた別に考えれば良い。
最初にすごいものを作って、必要に応じて安価な他の素材に切り替えていけば良いのだ。
強化と合成の作業でもそうだったが、はじめに作るならやっぱり最高傑作が一番である。
「とにかく、詳しく調べてから考えます。なんなら他国から買ってくる案でも良いですし」
「それもかなりハードル高いと思うけど……お金足りるの……?」
「あと2億くらいですしね」
マイヤーに頼み込んでちょっと多めに競売に装備を流したって良い。
この世界で俺が稼ぐ手段はたくさんあるのだ。
「3億持ってますよって意味だけど……やっぱり良いところのお坊ちゃんだった……?」
「まあ、その辺はどうでもいいじゃないですか、あはは」
坊ちゃんっていう歳じゃないし。
「トウジ君がそう言うなら従うしかないけど……完成前に持ち主がいないなんてあっちゃいけないことだからね……?」
「わかってますよ。安全対策は十分に取るタイプですから」
それだけ言って、俺はこの場をあとにした。
まずは情報収集である。ダンジョンの情報なら、もちろんダンジョンの伝手を頼る方が良い。
第二章 氷城迷宮、ラブちゃんのダンジョン教室
さて、それから俺たちは新たなとんでも素材の情報を求め、ワシタカ便に搭乗し断崖凍土へ向かうことにした。
約二ヶ月ぶりとなる極寒の大地である。
「やっとついたしー!」
ジュノーはスポンッとイグニールの胸元から飛び出して、白銀の世界を飛び回る。
「大迷宮なんて初めて来たんだけど、ここ全部そうなの?」
イグニールも興味深そうにキョロキョロと辺りを見渡している。
「そうだよ」
二つの国をつなぐ架け橋のようにしてできた超巨大な氷の大地、それが断崖凍土。
「へえ……それにしても、こんな極寒の中にいるのに寒くないって、このイヤリングは本当にすごいわね……」
「まあね。少し風情がないかもしれないけど」
「風情なんて気にしてたら死ぬわよ」
みんなしっかり寒さ無効のイヤリングを装備している。
イグニールの言う通り、普通の防寒装備では死にかねない。
「この防寒着も着心地良いし、さすが」
「う、うん」
イグニールによいしょされると、頬が弛む。
イヤリングのおかげで別に着こまなくても良いが、防寒着くらいは身につけて氷の世界を楽しもう。
「よし、ラブのところに行くか」
今からダンジョンの最深部にいるラブの元を訪ねるのだが、初来訪のイグニールにも説明は全て済ませてある。
ちなみに話した時、「まあダンジョン攻略なんて人が勝手に決めてるようなものだし、ダンジョンコアやそこに棲んでいる魔物の立場で考えたら迷惑だとは思うから、ダンジョンを守っているガーディアンも特に恐ろしいなんて思わないわね」と、彼女は言ってのけた。
さすがイグニール、聖母である。
ジュノーやペットのポチを見ていたら、魔物に対する価値観は変わるだろうな。
会話ができないからわからないだけで、意思疎通ができれば魔物も人間と同じようなものである。
だったら何故俺は魔物を狩るんだ、って話にもなるけれど、それでおまんまを食べている冒険者だから、としか答えようがない。友達になったから仲良くする程度の問題なのである。
「トウジー! こっちにドアが出現したしー!」
コレクションピークのコレクトと雪原を飛び回っていたジュノーが遠くで俺を呼んだ。
向かうと、雪の中にドンと扉が立っていた。
「久しぶりじゃなー、トウジ」
扉が少し開いて、その中から青い髪を両サイドで結んだ少女が顔を覗かせる。
「久しぶり、ラブ」
断崖凍土を管理するガーディアン、ラブだ。
「ほれ、とりあえず入らんか。今日は来客が多く立て込んどるからのう、はようせい」
ちょいちょいと手招きされるので、さっさと中へ入ることに。
「彼女がガーディアン? なんだか可愛らしい少女ね」
「うん、アイスを食べてお腹を壊す系ガーディアンだよ」
「……そういうこと、女の子の前であんまり言っちゃダメよ?」
「あっ、すいません」
得意げにラブを弄りながら紹介したら、そう窘められてしまった。
自分が優位な状況でつい調子に乗ってしまうコミュ障っぷりである。
これは恥ずかしいので素直に反省しよう……。
「して、今日は何用で来たんじゃ? お土産は? 甘いものがないと許さんぞ?」
「ジュノーが会いたがってたからな。もちろん甘いものもあるよ」
最深部へ繋がる通路を歩きながら、たまたまインベントリにあったクッキーの残りを取り出して、適当にお土産と言いながら渡す。
「ふおおおおおお! クッキーじゃ、クッキーじゃ!」
「ねえ、トウジ? あたしにはないし?」
「ラブへのお土産だからねーよ」
ここに来る前に散々パンケーキを食い散らかした癖に、何言ってんだ。
今日のジュノーのおやつは、いつもと趣向を変えてフォークで突いたらプルンプルンと揺れる巨大なスフレパンケーキ。
そんな魅惑のスイーツを前にして、ジュノーはテンションがマックスを振り切って、スフレパンケーキ内部に飛び込み、中身をぶち撒けながら食い散らかして、ポチにかなりの勢いで怒られていた。
「ォン」
「ほら、ポチが食い物を粗末にしたからしばらくお預けだってよ」
「いやあああああ! パンケーキパンケーキ! スフレスフレスフレー!」
空中でくるくるばたばた駄々をこねる。
いつもならフォローに回るイグニールも、スフレの惨状を見ているので、何も言わなかった。
「落ち着けジュノーっちよ。甘いもの同盟として、わしのを一つやろう」
「良いのラブっち? っていうか同盟だったらそれ半分あたしのじゃない?」
「ダメじゃ! これはわしへのお土産なんじゃからに!」
「えー……ケチ」
「そういうこと言うなら、一つもくれてやらんぞー?」
「ごごごごめんなさいごめんなさい! ください欲しい食べたい!」
「ふっふーん! わかれば良いのじゃ!」
速攻で従うほど、ジュノーは甘味を欲しているようだった。
ラブは慌てる様子を見て、したり顔をする。
うむ、仲が良いようで何よりです。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
ほっこりとしながら二人の様子を見ていると、突然辺りが大きく揺れ始めた。
「アォン⁉」
「うおおおお⁉ な、なんだ⁉」
「何かしら、もしかして例の邪竜?」
「いや、それは確実に倒したから大丈夫なはず!」
「あっ、そうじゃった」
慌てる俺たちを尻目に、ラブがクッキーをサクサクと齧りながら声を上げる。
「甘味に夢中で忘れとったんじゃが、今日は立て込んどるからあまり長居はできんぞ。重要な用件ならば日を改めい」
「どういうこと?」
「久しぶりに強い冒険者の集団がこの断崖凍土を侵攻しとる。わしはその対応でしばし忙しくなるんじゃよー」
「なるほど、相変わらずノリが軽いな」
腹が緩いタイプだとしても、ダンジョンコアと同じ権限を持つガーディアン。
邪竜に比べれば、強い冒険者なんて少し忙しくなる程度のようだ。
「ぬはは、このクッキーは何気に魔力がかなり回復するようじゃから、栄養補給もできたし今のわしは無敵じゃぞー? がおー」
「ジュノー専用のクッキーみたいなもんだからね」
材料にMP回復の秘薬を使った特殊なクッキーは、魔力を常に消耗するダンジョンコアにとっては最上の栄養源だろう。
クッキー用の付け合わせのジャムも、フェアリーベリーから作った特製品だ。
「あたし専用ならあたしのだし! 寄越せラブっちー!」
「わしがもらったクッキーじゃもんねー! ぬははは!」
「ぐぬぬぬぬぬーっ! んしーっ!」
憤慨するジュノーと同時に、通路が再びゴゴゴゴゴと激しく揺れ動く。
「本当に大丈夫なのか……?」
「そうじゃのー、トウジみたいに倒したガーディアンを片っ端から回収して、根こそぎダンジョンのリソースを奪うような輩ならば、少し厳しいかもしれんが、今は邪竜の心配もないから余裕じゃ。わしがどれだけ長きにわたって人の侵攻を撥ね除けて来たか。キャリアはそこそこじゃぞ!」
「それならラブっち、今後の勉強として冒険者撃退の見学してみたいかもだし」
「んむ? ならば一緒に冒険者を阻んでみるかの?」
「うん! 阻むし!」
「ならばダンジョンの大先輩として、とくとわしのすごさを見せてやろう!」
何だか勝手に話が進んでいるのだが、気になるので便乗しよう。
長きにわたって大迷宮を営んできた守護者が、いったいどのようにして冒険者を退けてきたのか、いち冒険者の俺も勉強になるはずだ。
予め知っておけば、万が一にも他のダンジョンコアと敵対した場合に、リソースを奪う以外の対処法を思いつくかもしれない。
「ラブっち、敵は誰だし!」
「今見せるぞー、氷鏡の大守護者よー」
ラブがそう言うと、大きな鏡を持った氷のガーディアンが壁から出て来た。
「……それが大守護者なら、ラブっちはなんだし?」
「超守護者。ほれ、とりあえず映し出すから見よ」
ガーディアンの持つ大きな鏡に、侵入者の姿が鮮明に映し出される。
「四人組と、そして金魚の糞のように後ろに連なる神官の群れ……なんとも大所帯じゃのう?」
俺は、それを見て固まった。
「……トウジ?」
心配そうに見つめながらイグニールが俺の腕を引く。
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