装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます

tera

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8巻

8-3

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「お、おおっ」

 浮く、浮くぞ!
 水面が少しだけ体重で沈むが、それでもしっかり俺の体を受け止めていた。
 アメンボってこんな気持ちなのかね。
 そのまま水面に立って、板に釘を打ち付けてみる。
 ぶっちゃけて言えば、うねりによって体や船が上下に動くからやりづらかった。
 さらに水しぶきがひっきりなしにかかって、すごく鬱陶うっとうしい。

「……うん、普通に修理しよう」

 俺には潮流の靴を使いこなせそうもないので、欲しがりそうな物好きがいたら売り渡すのが良いだろう。
 実用性は皆無だが、装備の効果はかなり面白いから、人一倍収集癖しゅうしゅうへきの強い貴族に高値で売っ払うのが一番だな。

「お次は吸着の長靴だな」

 MPを消費するが、吸着する箇所を選ばない装備である。
 船の側面で作業する際、体の安全性や安定性を高めるのに効果的なはずだ。
 さっさと履き替えて、側面にキュッと張り付いてみる。

「ほお」

 キュッポンキュッポン。
 側面で足踏みをする度に、チープな子供用のスリッパのような音を発する。

「いいね、これ。気に入ったかもしれない」

 予想通り、抜群の安定性。
 波で船が多少揺れたところで、金槌の打ちミスをすることがなくなった。
 作業スピードが格段にアップし、すこぶるはかどる。
 使い勝手が良いっていうのは、全てに勝る要素だった。
 キュッポンキュッポン。
 それになんだか、この音も楽しくなってきた。
 キュッポンキュッポン……うははっ!

「……お、おい……なんか船の側面で足踏みして遊んでるぞ、あの男……」
「馬鹿、聞こえるだろ。ロック鳥とか海地獄を従魔にしてるレベルの冒険者だぞ」
「さっきからキュッポンキュッポン音がしてるけど、なんなんだ?」
「知らねぇけど、たぶんそういう従魔なんじゃね? 知らねぇけど」

 ……童心に帰って遊ぶのは拠点に戻ってからが良いか。
 遊ぶ姿を見られて、恥ずかしくなって我に返った。
 でもこんな面白装備をつけていると、ついつい魔が差してしまう。
 命綱を使わずに、吸着機能を駆使して側面を歩けるんじゃないかな、とか。
 映画に出てくる蜘蛛くものヒーローよろしく、格好良い動きができるのでは?
 試しに命綱を緩めて、船側面に立ってみると――

「――ほげっ!?」

 その瞬間、後頭部に激しい衝撃を感じた。
 足は側面にくっ付いたまま、重力に負けて膝が曲がり、頭をぶつけてしまった。

「そ、そりゃそうなるわな……」

 浅はかな考えだった。二十九歳フリーターのダメ人間がヒーローになれるはずもない。

「はあ……お?」

 逆さまになった水平線を見ながら溜息をついていると、遠くにワルプと水島の姿が見えた。
 ワルプの頭上には、船から落ちた人たちが乗せられている。
 人数を数えてみると、船長から聞いていた人数と同じで、全員助けられたみたいだった。

「よかったよかった」

 ほっとした気持ちになり頷いていると、次は横から声が聞こえる。

「ママー! なんか面白いおじさんがいるー!」

 客席の窓から顔を出して、逆さまになった俺を見る子供の姿があった。

「しっ、見ちゃダメ!」

 すぐに母親が子供を連れ戻して、窓を閉め固く鍵をかける音が響く。

「……黙って作業を進めよう……」

 安定性抜群だから、これ。
 面白いとかそういうのじゃなくて、作業効率上がるから装備してるだけだから、これ。
 今回の戦い、奇跡的に死者は一人も出なかった。
 数十人の負傷者と、心に傷をおったおっさん一人のみである。


 さて、落ちた人員の救助と負傷者の治療、船の補修も粗方あらかた終わり、あとはクラーケンにボロボロにされてしまった帆を、船員総出でい上げるだけとなった。
 しかし完成までには結構な時間がかかるそうだ。
 この世界の船には、水流を操作して前進できる推進器が備えてあるのだけど、これもクラーケンによって壊されており真っ直ぐ進むのが困難だった。
 そこで俺は、ワルプに海流を生み出してもらい、航海の手助けをすることにした。
 海流に乗れば、風を掴めなくとも十分な推進力を得られるのである。
 そしてワルプがいれば、たとえ魔物が襲いかかってきたとしても、船に近づく前に無力化できるので、ビリーが片っ端から殲滅せんめつしていけば良い。
 もっとも、魔物ヒエラルキーの中でも上位に君臨する海地獄と、龍のような魔物サンダーソール相手に喧嘩けんかを売るようなバカは、いないみたいだけどね。

「まさか、海地獄が船を動かす姿を見られるとは……」

 ワルプを船長室の窓から見て、言葉を失う船長。
 小さな船であれば、従魔に牽引けんいんさせることも多いらしい。
 しかし、こんな貿易船クラスのでかい船を引かせるには、相応のパワーを持った従魔が必要となる。
 そんな従魔は貴重な戦力であり、船の動力とするよりも、以前戦った海賊団のように、護衛として自由にしておくことが普通だ。
 ちなみにうちのワルプは、海賊が従えていた海地獄よりもっと大きいぞ!

「さらに、サンダーソールまで護衛についているとは……陸より海での暮らしが長い私ですら、この二つの魔物が連れ添って泳いでいるところなんて、見たことがない……」

 ワルプと仲良さげに泳ぐビリーを見ながら、船長は気難しい表情を作った。
 野生なら、縄張り争いで殺し合うだろうしな、この二種類。
 本気で殺し合ったら、近海は大荒れしそうである。

「あいつらがいれば、船の安全は確保できますよ」
「あ、ああ……」

 ボスクラスの魔物が出たとしても問題なし。
 現に今、めちゃくちゃ平和だ。

「ぜひ、今後とも貿易船の護衛として依頼を引き受けて欲しいものだが、きっとまたしても無理なのだろうな……」
「また?」

 詳しく聞くと、冒険者ギルドに以前、俺の専属依頼を出したのは船長だったらしい。
 俺はそれを一度断っているから、今回も無理だろうとガックリしているようだった。

「やることがありますからね、申し訳ないです」
「いや、良いんだ。各地を渡り歩く冒険者にとって、ずっと船の上で大海原を往復する生活なんて、面白くはないだろう」
「そんなことはないと思いますけど……」

 俺もこの世界に来た当初は、一攫いっかく千金を夢見るのが冒険者だ、なんて幻想を抱いていた。
 だが意外なことに、そういう手合いはダンジョン周りに多いだけだった。
 大抵の冒険者は、街の安全を兵士と一緒に守ったり、兵士の手が足りない場所の下調べや魔物の間引きを行ったりする自由業である。
 ソロから、パーティーへ。パーティーからクランへ。
 規模が大きくなればなるほどに、メンバーの仕事内容はより専門化していく印象がする。
 大所帯の食い扶持ぶちを稼ぐには、こういった船の護衛などの依頼を継続して受け続けるのが、手っ取り早いかもしれないな。

「トウジ殿」

 船長は窓から俺に視線を移すと、改めて頭を下げた。

「この恩をどうやって返せば良いのか、果たして私が生きている内に返し切れるのかわからないが、報酬が足りなかったら言ってくれ。長い期間、船で共に暮らす乗組員たちは、私にとっては家族と同じような存在。家族を救ってくれた恩は、絶対に忘れない」

 なんなら貯金を全て出しても良いと、そんな覚悟を見せる船長だった。

「いや、そこまで言われるのは……ちょっと……」

 クラーケン討伐、落ちた人の救助、負傷者の治療、船の補修。
 全てひっくるめての依頼だ、と俺は思っている。
 そこまで恩義に感じてもらわなくても、依頼主と冒険者として、平等に付き合っていきたいのだが……なんとも線引きが難しいものだ。

「船長、俺も出します!」
「俺も!」
「俺もだ!」
「船長おおおお!」

 周りにいた船員たちも、船長に合わせてこぞって頭を下げ始めた。これは珍事。
 ……かゆい、痒すぎる!
 悪い気はしないけど、相変わらず過剰に感謝されるのには慣れないなあ。

「船長! 大変です!」

 苦笑いしながら頬をいていると、女性船員が慌てたように駆け込んでくる。

「……って、え? な、何ですかこの状況?」

 そして、船長以下、船員一同が俺に向かって頭を下げる光景を前に顔を引き攣らせていた。
 珍事と称した俺の感性は間違っていなかったようである。
 誰がどう見ても、この光景はおかしいよ。

「どうした?」

 船長は頭を下げたまま女性船員に聞き返した。

「ええと……は、話しても良いんですか……?」
「良いから報告しろ」

 意地でも頭を下げ続ける気か、船長。

「じ、実はクラーケンの攻撃によって、荷物を積んだ倉庫が破壊されていたんですが」
「それは把握している。預かった荷物ではなく、あくまで船員用の倉庫だ。私たちが我慢をすれば何の問題もないだろう」
「確かに預かった積荷は問題ないのですが、不味いことに、食料の一部をダメにされてしまったことが発覚しまして……」
「何だと、詳しい量は把握できているのか?」
「えっと、大凡おおよそなのですが、約二日分の食料が失われました」
「航海速度はそれなりを保ててはいるが……ふむ、それでも二日分か」
「そうです」
「船員たちの分をゼロとすると、どうなる?」
「そういった部分を考慮しても、二日分足りない、という計算になります」
「……なるほど」

 クラーケンと正面きって戦っていた船以外は、あまり損害を受けていないと思っていたのだが、運の悪いことに、食料に深刻なダメージを受けていたらしい。

「船長、俺たちはギリギリまで我慢できますぜ!」
「そうです! みんな無事で生きてたんですから!」
「二日の飯抜きくらい、どうってことないさ!」

 船員たちが口々に言った。

「だが、船の作業は重労働だ。一日一食ならば耐えられるかもしれないが、一切食べないというのは危険が大きいだろう。船を動かすのは誰だ? 私ではなく君たちだ。旅客の不満も出ると思うが、今回は全員で少ない食料を分け合うべきだ」

 船長が結論を出した。
 さすがに、もう顔は上げていた。

「クラーケンの襲撃によって、食料庫に深刻な被害があったこと、それにより三食から二食に減らし、質もやや落とすことを全体に通達する。子供と怪我人、病人にはしっかり栄養のあるものをとらせること」
「船長、それでも足りないのですが……」

 どうするのかと聞く女性船員に、船長は告げる。

「夜の航海に備え休息している船員以外は、いた時間に漁を行おう」

 存分に釣りをしてくれ、と言った瞬間、船員たちから歓声が上がった。

「おっしゃー! 久々に漁だぜ!」
「旅客を乗せるようになってから、見栄えが悪いからって禁止されたんだよな!」
「昔はよくやってたってのによ!」
「俺らの食い扶持は俺らでまかなって、逆に豪華な夕食にしてやろうぜ!」
「うっひょおおおおおおおおおおお!」

 なんだこれ、すごい盛り上がりである。
 テンションの急上昇っぷりに付いていけない俺が唖然あぜんとしていると、船長が教えてくれた。

「見栄えも悪く、真似する旅客が出て海に落ち、船を止めることが度々あったから、漁は禁止にしていたのだ。安全な航海をする上で基本的に漁は禁止だが、今は致し方あるまい。それに、君が従魔を護衛として出してくれているから解禁できる」
「えと、どういうことですか?」

 俺を引き合いに出されても、よくわからない。

「魚をとると、強い魔物に襲撃される確率が格段に上昇するのだ」
「海を荒らすなーって寄ってくるんですか?」
「言い方は可愛いもんだが、間違ってはいない。海の魔物にも縄張りがある。そこを荒らすと襲ってくるのは至極当たり前の話だろう」

 昔の貿易船は、食料を現地調達しながら進んでいたこともあった。
 漁を行うことによって航海日数も長くなってしまい、魔物に襲われてしまう危険性が今と比べてかなり高かったそうだ。
 食料をケチって襲われるより、少しでも安全に航海できる方が良いのは当然だろう。

「沖合の縄張りは、時期や海流によってコロコロと変わる。できるだけ刺激しないように航海するのが、船長としての腕の見せ所だ」

 だからと言って、全ての海が危険ってわけではない。
 沖合が厄介なだけで、近海では漁がさかんに行われている。
 どこもそうだが、魔物ってもんは何で示し合わせたように、人里離れた奥地にいるのだろうか。
 長年の謎である。

「アォン」

 そんな話をしていると、ポチが俺の服を引っ張った。

「どうした?」
「ォン」

 そして、メモ帳に文字を書いて見せてきた。


《クラーケンを食べたら良いのでは?》
《かなりの量があるよ》


「……」

 おっと、俺があえて触れていなかった部分に踏み込んできやがったぞ。
 確かにクラーケンはでかい。
 食料問題を一気に解決することができるが……あいつは魔物だ。
 巨大なタコだと言えば聞こえは良いのだが、いかんせん大きすぎる。
 鉤爪みたいなのがびっしりついた気持ち悪い吸盤を見たら、とてもじゃないが食べ物だとは思えないぞ。

「……一応聞くけど、クラーケンって食べられるの?」
「アォン」

 コクリと頷くポチであるが、それを肯定と受け取るか受け取らないかは俺次第。
 コボルト語なんて、わからんのでな。

「そうか、無理か」
「グルルルッ!」
「あっはい、すいません」

 すごい剣幕でうなられたので、好きにさせることにした。
 ポチはどうしても、この食料危機に立ち向かいたいらしい。
 どうせクラーケン料理も、パインのおっさんに習ってるんだろう。
 こと料理に関しては、こいつは指示に従わんから厄介だなあ……。

「船長さん、今日仕留めたクラーケンを食料にするのはどうですか?」
「……クラーケンを食料に?」

 俺の発言に、船長は目をパチクリとさせていた。
 ほら見ろ、俺の感性は間違っていない。
 クラーケンなんて、食べられたもんじゃ――

「港町の市場におろすと思っていたのだが、良いのだろうか?」
「――へ?」

 俺の想定していた反応と違っていた。
 クラーケンなんて食べられるか、という反応を期待していたのに。
 これじゃまるで、食べたことあるみたいな、そんな反応じゃないか。

「逆に聞きますけど、クラーケンって食べられるんですか?」
「食べられるぞ。昔海軍にいた時に、たまたま小さいのを仕留めて食べたことがある」
「へ、へぇー……」

 詳しく聞いてみると、タコ料理は十数年前から、ギリスやトガルなど海に面した国で食べられるようになったらしい。
 クラーケンの分厚い皮の下には、上質で柔らかい身が眠っており、高級食材なんだそうだ。

「ふーむ、クラーケンか……あの頃を思い出すようだ」

 船長は何やら、懐かしむような表情で遠くを見つめた。

「当時は私も、あんなグネグネした生物を食べるなんて想像もできなかった」

 頬が少し緩んでいるので、クラーケンは相当美味しかったみたいである。

「巡回中に嵐に遭遇し、食料庫が浸水して食べるものがなくなってな……」
「まさに今日と同じような状況だったわけですね」

 いや、もっとひどい状況だったのかもしれない。
 船長が、過去を順番に思い返すように話す。

「たまたま船に乗っていた食事当番の冒険者が、嵐の最中に倒したクラーケンを調理して食べればいいじゃないか、と言い出したんだ。最初はみんな、あんな化け物を食べられるわけがないと反発していたのだが、彼はみんなの反対を押し切った」
「な、なるほど」

 たまたま船に乗っていた食事当番の冒険者。
 なんとなく、なんとなくだが、あの人の匂いがした。
 俺の記憶の中に、クラーケンを食べそうな男は一人しかいない。

「煮て良し、焼いて良し、揚げて良し、酢漬けにしても良し。食事当番のフーズが振る舞ってくれたクラーケン料理は、あの場にいた全員の腹を満足させ、タコが食べられるということを教えてくれた……ああ、懐かしい」
「フーズって……」

 もしかしなくても、パイン・フーズのことである。
 やはり、おっさんだったようだ。
 口ぶりから察するに、クラーケンというよりタコ食を広めたようである。
 デリカシ辺境伯領での一件もそうだが、あのおっさんは伝説を残し過ぎだろう。

「伝説の食事当番、パイン・フーズ」

 おっさんの名前を噛み締めるようにつぶやきながら、船長は続ける。

「彼は、海の幸が食べられれば報酬はいらないと船に乗り込んだ、おかしな冒険者だった。クラーケンや、網にかかった奇妙な魚か何かもわからん生き物を食べて満足したのか、二度と私たちの航海に現れることはなかった。全員がまた、食事当番として船に乗ってくれるのを望んでいたのだがな」

 たぶん、本当に海の幸目的で乗り込んだんだろう。
 あのおっさんならやりかねない。

「彼は今頃、いったいどこで何をしているのだろうか。そもそも生きているかどうかもわからないが、彼の料理は私の心の中で永遠に輝いている」
「は、はあ……」

 非常に言いづらいのだが、その伝説の食事当番は船着場からすぐの場所で牛丼屋を営んでおり、牛丼屋チェーンを作ろうとしているぞ。
 まったく世間は狭いというか、なんというか。
 さすがは放浪料理人と自称していただけある。
 恐らく他の国とか地域でも、こんな感じの伝説を残しているのだろうな……。
 召喚された俺でも満足して食べられる異世界の料理事情は、パインのおっさんのおかげといっても過言ではないのかもしれない。


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