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本編
937 夢幻楼街・剥がれ落ちる仮面
しおりを挟む「過去には勇者なんて呼ばれていたこともあった」
「勇者ッ!」
そういえば、賢者が残した書物に記載されてあったことを思い出す。
現代の勇者は、過去の勇者と繋がりがあったからこそ、この世界に呼ばれた。
そうやって認識していた。
どんな因果だろうか。
たまたま、現代勇者の召喚に巻き込まれて、出会った過去の勇者が……。
ネトゲで長い間苦楽を共にしてきた間柄だったとは……。
「驚いたか?」
「驚いたも何も、なんか最初から仕組まれてた気がするくらいだよ」
あの場に俺と現代勇者が揃ったから召喚が行われた。
そんなことを疑うレベルである。
「そうだぞ」
フードを外した龍崎が、酒を口に含みながらさらっと肯定した。
「……ん?」
「まどろっこしい腹の探り合いは好きじゃないから言っておくが」
と、ナッツをバリバリと頬張りながら竜崎は続ける。
「俺が召喚したかったのは、お前だ。秋野冬至」
「はあ……? 意味がわからん」
だったら何のために、って感じだ。
この世界に俺を呼びたい理由がわからない。
「お前の息子が召喚される理由は、辻褄が合うけどね」
デプリが勇者を求めた。
それに呼応するようにして、過去勇者の血縁である現代勇者が召喚された。
これならば、理屈が通る。
しかし、過去勇者が俺を召喚したがったという理由にはならない。
「異世界でオフ会が開きたいだけなら、現実世界に戻ってこいよ」
つっても、俺はオフ会に参加したことは一度もないけどね。
悲しい話だが、それは仕方がない。
この世界の今の状況と違って、過去の俺には財産と呼べるものはゲームの世界にしかなかった。
「お前のことだから、この世界を楽しんでいると思ったが……楽しくないか?」
「いや、楽しいよ。楽し過ぎて、この世界で一生暮らすことを決めたくらいさ」
「なら良かった。ちなみに、息子を使ったのはある種因果律の操作みたいなもんだ」
「因果律の操作……?」
「召喚者は、世界の異物は、爪弾きされる様にしていずれは巡り合う運命」
俺だけ召喚していたとしても、何の問題もなくこうして俺たちは出会っていたはずだった。
しかし、龍崎は息子と俺が同じ時間同じ場所に存在するというピンポイントを狙う。
何故か?
「答えは、与える力の匙加減ってのも考慮したからだ」
「よくわからん」
「その辺りは人を効率よく動かす際の鉄則というか、いや、単純な俺の美学の一つか」
「腹の探り合いは好きじゃないって言っときながら、俺にも分かる言葉を使えよな」
そっちの鉄則とか、美学とか、そんなものはどうでも良い。
分かるように言え。
「すまんすまん」
「憶測とか想像で会話が進んでも知らないぞ? そんなのこじれた関係にしかならないからな?」
俺としては、できることなら過去の勇者とは仲良くしておきたい。
長年同じゲームで、同じギルドで、苦楽を共にした間柄。
俺が苦しい時、相談に乗ってくれていた龍崎のことを今でも覚えている。
変にこじれて俺の黒歴史を暴露されたりするのは困るんだ。
「すまんすまん、一応冬至の憶測や想像とやらを教えてくれ」
「良いのか? 現状ぶん殴りたいレベルなんだけど」
「ほう」
こいつの今の言い分だと、俺を呼ぶために自らの息子を犠牲にした。
しかも、しかもだ。
俺の持つ勇者というイメージを悪くするために、裏で動いていた。
そんな印象もある。
「それに与える力の匙加減?」
まるで、俺に今ある全ては自分が授けたみたいな言い草。
それは侮辱だ。
ポチたちに対する、侮辱として受け取れる。
「肯定しよう。その憶測、いや推測で間違い無いぞ。大正解だ」
「なるほど」
だったら、と俺は目の前にあるテーブルを踏み壊した。
龍崎を囲っていた女性たちがビクッと体を硬らせる。
「一つ聞いておきたい。ギルマス……いや龍崎」
「なんだ」
「お前はビシャスの仲間って認識でいいのか?」
召喚に手を貸した。
それだけでビシャスと繋がりがあることは確かだ。
勇者としての役目を終え、ここでチャランポラン生活をしているわけではない。
断じて、ないだろう。
「説得に応じるなら、今すぐ手を切れと言っておくぞ」
あんな奴に絡んでも良いことにはならない。
ここの夢幻楼街のダンジョンコアと繋がりがあるのなら、一緒に手を引け。
ネトゲ内とは言え、旧知の間柄だからこそ言っておくのだ。
「あーもう、高かったのに。そのテーブル」
睨み合っていると、後ろから声が聞こえる。
ウェーブ掛かった長いピンク色の髪に、メリハリのついたボディラインがよく分かるドレスを身につけた女性がため息をつきながら現れた。
その隣には、先ほど俺がラストを呼んでこいと白金貨で殴りつけた女性がいる。
「遅かったじゃないか、ラスト」
龍崎の声。
何となくこいつがそうかと思っていたが、確信に変わる。
「どーもぉ、貴方が御所望のラストよ。そのテーブルは弁償してね?」
「チッ」
あとで色々と文句を言われても調子が狂うだけだから白金貨一枚投げておく。
これで足りないなんてことはないはずだ。
「あら、太っ腹ね。あたし太っ腹な男性好きよ?」
「妻帯者だから、遠慮しておく」
「真の愛にはそんなの関係ないわよ。むしろ燃える」
やばい女だ!
こいつ!
「じゃ、お目当ての存在も来たらしいから、俺はこの辺でお暇する」
そんな状況を見て、立ち上がった龍崎。
どうやら言うだけ言って逃げるつもりだった。
「おい、まだ話は終わってない」
「そうね。私からも話があるわよ」
龍崎の方を俺とラストが掴む。
なんだこれ、誰が味方で誰が敵なのかわからなくなるぞ。
微妙な空気の中、ラストが言った。
「高級接待4人分と全員の席料、サービス料、込み込みで白金貨30枚ね」
「……俺と冬至の分で2杯しか飲んでないぞ?」
「それはサービスしておくから、ちゃんと払ってから出て行きなさいね?」
やはりぼったくりだったか、この店。
女性4人侍らせて、酒を2杯で、白金貨30枚。
やばい店だ!
ここ!
「ぼったくりと思ってるみたいだけど、こいつのつけは100年くらい溜まってるのよ?」
「あっ、100年……だったら良心的かも」
いい店だ。
ここ。
「でしょ? 今色々ごたついてるし、そろそろ回収しておかないとね?」
「そうだぞ龍崎。受けたサービスの対価は払うべきだ」
「経費で落ちる前の世界ならいくらでも払うんだが、この世界の俺は一文無しだ」
「身体で払えばいいだろ」
ついでにここで働いて俺を接待するべきである。
色々と詳しい話を聞いておきたいからな。
忙しく働いておけば、こいつが戦争に参加する可能性は低くもなる。
「うーん……どっちも無理だ」
そう言いながら、龍崎の体が目の前から忽然と消えた。
そして店の入り口に出現する。
「俺のツケは、秋野冬至が全て払うように話がついてる!」
「はあ? わざわざお前が呼んだんだろ? 俺に払わせるなよ!」
「まあまあ、ちゃんと返すから、うん」
絶対返さない奴の口ぶりだった。
龍崎は、そのまま煙撒くつもりらしい。
「あたしは金を払ってもらえればそれでいいけど?」
「あいつには人選相談に乗ってやったって恩がある! だからその恩を今返すべき!」
「……意味がわからん」
「じゃ、俺は実際に会って話してみたかっただけだから、これで」
「チッ、清々しいまでにクズね。まあ、だからこそビシャスと馬があったのかしら……」
「俺は絶対にあいつの代わりに払わないからな? たとえ勇者でも、あんたの能力ならいくらでも金を出させられるんじゃないのか? 権限的にはダンジョンコアの方が上だろ」
むしろそうして欲しい。
男を誘惑することにかけては、これ以上にない力を持っているはずだ。
欲望のラスト。
「そうね。でも無理なのよ」
呆れた目を入り口に向けながら、ラストは続ける。
「あいつもダンジョンコアだから……」
「は?」
「何? 重要なことなのにあいつは教えてなかったってわけ?」
再び大きなため息をつきながら、ラストは言った。
「あいつはもと勇者であり、奈落墓標の現ダンジョンコア。虚飾のバニティよ」
=====
話が動くね。
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