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本編
932 縄張り争い・別
しおりを挟む深い深い海の底にそびえる一本の巨大な柱。
否。
巨大と言い表すには言葉が小さ過ぎる。
それほど大きな、超大な、一本の柱。
伝承にしか出てこない。
本当に存在するのかもわからない。
暗い暗い海の底で、密かにそびえる八大迷宮の一つ。
人は皆、そこをこう呼ぶ――天海深塔、と。
………………
…………
……
「こんなジメジメした場所を訪れるなんて、頭が苔むしても知らないけど?」
目元を深く覆うボサボサの濃い青色の前髪。
言葉通り本当に苔むしているのを見て、相変わらずだ、と愛想笑いを返す。
「クフフ、まあ、そう言わないでくださいよ」
「何の用?」
短い言葉で本題を迫られ察する。
どうやら私は歓迎されていないようだ。
「少し世間話をしに来ただけですよ、外はごたついてるようですから」
「発端は貴方、無責任過ぎる。そんな状態でこられても、警戒するのは当たり前」
「いやはや、手厳しい」
「気を使ってると言って欲しい、はあ憂鬱」
頭を抱えながらも、彼女は光も通らない海の底から塔の中へと私を招き入れてくれた。
「クフ、ありがとうございます。相変わらずですね」
「誰のせいだと思ってるわけ」
憂鬱のメランコリー、それが彼女の名。
私の古い古い友人の一人である。
「で、上の状況はどういうこと?」
席につき、優雅にお茶を嗜んでいるとメランコリーがそう言った。
「とは?」
「ラストも出張ってきて、他人を巻き込んで、あなたは何をやってるわけ?」
「見ての通り、戦いですよ」
「それは無益」
「損得感情抜きにして、男には戦わなければいけない時があるんですよ、クフフ」
「無価値」
「手厳しい」
前髪の隙間から深い青色の瞳をチラリと覗かせて、彼女は告げる。
「前回もそうだった。あなたが起こした騒動のせいで、世界に少し亀裂が入った」
「前回……と言うには、相当な時間が過ぎましたねぇ」
「亀裂は、今も尚この世界に影響を与えている」
これから発展を迎えるべき種がたくさん死んだ。
新たに生まれるべきだった種がたくさん潰えた。
禍根のみが残り、世界の発展は大きく遅れた——
「——そして一番の問題」
「三つ異物が残ったことですか?」
「そう」
「クフフ、そんなに影響があるものでしょうか? たかが3人ですよ」
厳密に言えば4人。
しかし内一人は聡く、強く、賢く、呪われた輪廻の中から逸脱した。
今思えば、それが大正解だったのでしょうか。
細かいことは考えない、そんな割り切りの良い性格でしたからね。
「たかが3人? 一人でも、世界に与える影響は大きいのに?」
「……そうですね」
彼女の言葉を聞いて頭に浮かんできたのは、二人の男性だった。
一人は、時代の流れから消え。
もう一人は、今、この時代を生きる。
共に黒髪。
そして、よくわからない単語を用いていた。
“——この装備はゴミだなゴミ。作った奴は基本も知らん初心者か?”
「クフッ」
思わず笑いがこみ上げる。
遥か過去に作られ、今の今まで迷宮内で力を蓄えて来た装備が一蹴された時のことだ。
「一人でほくそ笑むところ、最強に不愉快。鳥肌が立つ」
「ああ、申し訳ない。少しだけ、過去を思い出していました」
「……忠告しておくけど、過去に目を向けるのはもうやめろ」
「すなわち?」
「未来に目を向けて生きていくべきだ、と言うこと」
「はあ、引きこもりの私たちが目を向けるべき未来とは、一体何なんでしょうね?」
「世界の均衡と安定」
前髪の隙間から、私に対してまっすぐと向けられた瞳。
メランコリーは、どうやら本気でそう言っているようだった。
私も多少はその土俵に乗って話を返すことにしましょう。
「……神にでもなったつもりですか?」
「そういう意味ではない」
「もともとただの人だった私たちが、大きく出世したもんですね?」
「だから、そういう意味で言ったわけではない」
「この世界の神ですら、均衡と安定を保つことができていないというのに……?」
そう告げると、おし黙るメランコリー。
「まあ、責めてるつもりはございません。あなたはあなたらしく、ですよ」
変わらず、優しく。
露頭に迷った賢者を救った時のように。
「それに過去の清算無くして、人は前には進めない生き物なんです」
「まだ引きずっ——」
「——ええ、まだ、ですけど」
一度、鎖で繋がれてしまったものは、断ち切る以外に選択肢はない。
その選択肢がない以上、永遠に死ぬまで引きずり続ける。
そして死ぬことが無い以上、呪いのように私の側に付き纏う。
「さて、本題でしたね。メランコリーさん、此度の戦いは助力をしないでください」
「……するとは一言も言ってないし、私はここから出ない」
「あなたと暮らす賢者さんが、何かいらないお節介を焼く可能性があるんですよ」
「……」
「もっとも忠告ですけどね。多少見てたなら、わかるはずです」
思いの外釣り合いの取れているこの状況。
均衡が乱れた瞬間、誰が私の味方につくか。
「私はあくまで個人戦をやってるだけに過ぎないことを一つ、お教えしておきます」
「白々しい、その域を超えてるけど?」
「勝手に巻き込まれてるのは私以外の人たちで、その中心にいるのは……以前と同じで異物ですよ」
種の保存と称して、外海との繋がりをほとんど捨てたこの深海に迷宮を構えるメランコリー。
均衡と安定を重んじる彼女のことだ、釘を刺しておけば問題はない。
ただ、人の感情と言うものは時として理解を超えた行動に出ようとする。
今の私のように。
クフフ。
抑え役になってくれれば、御の字というところでしょうか。
「何があなたを……そこまで」
「基本は一緒ですよ。私だって、未来に目を向けて前に進みたいだけなんです」
いや、前に進むと言うよりも、追いつきたい。
追いつかなければならない、と行ったところでしょうか。
「では、この辺で失礼します。お茶美味しかったですご馳走様でした」
それだけ告げて、私は立ち上がって踵を返した。
ここに来ることは……恐らくもう無いでしょう。
来ても、彼女に余計な不安を抱かせてしまうだけですからね。
「……ャス——!!」
後ろから声が聞こえる。
「——ビシャス!」
振り返ると、前髪をたくし上げたメランコリーが顔を真っ赤にして叫んでいた。
「この死にたがり! 馬鹿阿呆間抜け! お前はいつだってそうだ! どうせ英雄にも勇者にも魔王にもなれないよ! ただの虚言癖野郎なんだからな! お前は!」
「クフフ、手厳しい」
=====
展開のアプローチを変えてみた。
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