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7巻
7-1
しおりを挟む第一章 新パーティーでの初依頼!
再会した冒険者、イグニールとパーティーを組むことが決まってから、三日ほどの時が流れた。
その間、冒険者ギルドから出された、国境都市サルトでの待機命令は続いている。
この空いた時間を利用して、俺――秋野冬至は、同じく冒険者のガレーとノードに、パーティーを結成する旨を伝え、サルトのギルドでもパーティー申請を出しておいた。
野郎二人と受付のレスリーから、「やっとか」とか「ようやくですか」とか、呆れた様子で言われたのだが、何でだ。
まるで長年、付き合うか付き合わないかの微妙な距離感でいた男女が、ようやく結ばれましためでたしめでたし、みたいな反応。
単にパーティーを組むか組まないかの話だって言うのにな!
もう一度言うぞ?
これはパーティーを組むか組まないか、の話である!
まあ、一般的なパーティーは、何となく気が合う者同士でフランクに組むもんだとは俺も自覚している。ここまで話がゴネゴネと縺れ込んでしまったのは、偏に俺個人の問題が深く絡んでいるので、グッと受け止めようと思う。
そうだ、互いにCランク以上の冒険者がパーティーを組むと、昇級試験なんて必要なしに、即Cランク以上のパーティーと認められる。
故に、申請時の下限に合わせて、俺たちはBランクのパーティーという形に収まった。
サルトで限定的にソロSランクだったイグニールは、ランクダウンしてしまう形となり、申し訳ないと思ったのだが、彼女からしてみればランクにこだわりはないらしい。
自分のけじめとして、俺と組むためにAランクを目指していたからとのこと。
非常にありがたいお気持ちである。
ちなみに、パーティー名はまだ決まっていない。
特に希望はなかったし、パーティー名をつけるかどうかは任意なので見送ることにした。
「……よし、やるかあ」
俺はペットのポチとソファーに座り、綺麗に畳まれてテーブルの上に置かれたイグニールの装備を前に、腕まくりしながら気合を入れていた。
パーティーに関する事務的な作業も全て終えたので、この待機命令という名の休暇を利用して、俺はイグニールの装備を全て整えることにしたのである。
俺の作った装備をそのまま身につけるのも良いが、普段から着慣れている装備の方が良いと思ったので、今日はイグニールの装備一式をカナトコ用に借り受けた。
「……やっぱ赤なんだな」
何がとは言わないが、もちろん下着もきっちり高性能装備に切り替えていく。
お洒落は足元から~みたいな感じで、装備は下着からってことだ。
重ね着しても着心地に問題がない部位は、念を入れて強化していくことこそ生きる道。
以前、シママネキに股間を挟まれた時のことを思い出す。
パンツをガッチリ強化していたからこそ、俺は男としての尊厳を保つことができた。
だから一応言っておくが、イグニールの下着を見たところで何とも思ってないぞ。
邪念を全て払って、俺はこの巨匠のカナトコの儀に入ったわけなんだぞ。
「……スンスン」
「アォン……」
「なんだよ、掃除してろよ! 絶対にイグニールには言うなよ?」
呆れた視線を俺に向けてくるが、ポチよ。
断じて男の本能が働いて魔が差したとか、そんなんじゃないからな?
「よくよく考えてみろ? 俺みたいなヘタレがそんなことできるか?」
興味本位でなんとなく匂いを嗅いでみたりとか、そんなことしたら信用丸潰れだ。
せっかくパーティーを組めたのに、こんなことで即解散だなんてまずすぎる。
「アォン……」
「くだらないこと言ってないでさっさとやれって? わ、わかったよ」
でも絶対イグニールには言うなよ。それだけは約束だ。
今回は、装備を強くするという名目でイグニールに全てを借り受けた。
俺みたいなキモいアラサーに、本当は嫌だっただろう。
しかし、全権を委ねてくれたということで、俺も筋を通すべきなのだ。
「さて、まずは数が多い下着から取り掛かるか」
まるで警察による押収物の陳列のごとく、下着をテーブルに綺麗に並べていく。
冒険者だから基本的に枚数は少ないかと思っていたのだが、カラーバリエーションは赤を主体としてそこそこの数があった。
「アォン」
「え、何で並べる必要があるかだって?」
「ォン」
「いやいや、これにはしっかりとした理由がある。だからそんな目で俺を見るな」
イグニールは女性だから、下着には全て良い潜在がついた装備をカナトコする。
そうすることによって、潜在能力がついた下着ばかり身につけさせてしまう、といった状況を回避するのだ。
俺は中長期の依頼中、毎日同じ下着をつけていようが何とも思わないのだが、やはり女性にとっては死活問題かもしれない。
そういったストレスを解消するために、どれをつけても性能面では変わらないので、好きなものを好きな時に身につけられるように徹底しておくのだ。
「……アォン」
「理屈は理解した、でも並べる必要性についての回答じゃない……だって?」
いやいや、そこは俺の几帳面なところっていうか、何ていうか。
別にいいじゃん、そんなところを気にするなよ。
ポチに嫌味をチクチク言われつつ、俺はイグニールの下着をどんどん処理していった。
職人の遊び心として、赤には火属性耐性、青には水属性耐性など、色によってどんな効果があるのかわかりやすいようにもしていく。
そうだ、上下セット同色や同じデザインのものをつけると、さらにステータスがアップするような形にしていこう。
女性だから、バラバラで身につけるよりも、上下揃えて身につける確率の方が高いはずだ。
装備製作系チートの腕の見せ所である。
「むっ、クマ発見!」
俺の想像していたイグニールの下着像から少し離れたデザイン。
見たところ、これだけセットってわけじゃなさそうだし……。
「うーん……クマかぁ……あ、そうだ、アレがあった」
全ステータスや攻撃力・魔力が上昇するパブリックスキルオプションを持ったユニーク装備があったから、クマの加護的な感じでそれを使おう。
クマの刺繍が施されたパンツを身につけて「ブレス」と唱えれば、たちまち身体に力が湧いてくる最高の一品だ。
「なんかテンション上がってきたぞ、おい」
「アォン……」
ポチのため息を余所に、俺はどんどん装備を作っていった。
下着に気合を入れ過ぎて、その他の部分がおざなりになり本末転倒してしまった感も否めないのだが、どうせイグニールのレベルが上がったら換装するし、良しとしておく。
「ただいまだしー!」
「……!」
「こらジュノー、あんまり大きな声出さないの」
作った装備をテーブルやソファーに並べ立て満足した表情を浮かべていると、ダンジョンコアのジュノーとサモンモンスターのゴレオを連れて、外に遊びに出ていたイグニールが戻ってきた。
「トウジ、ただいま」
そして、俺の様子を見て固まる。
「……これは、何をしてるわけ?」
「ん? 装備の換装が全て終わったから見てた。かなりすごい装備できたよ!」
我ながら、今の俺の装備よりも高性能なのではないか、と思えるほどである。
「……そ、そう……あ、ありがとう」
あれ? なんだかイグニールの顔、少し引きつってるんだけど?
めちゃくちゃ良い出来だと思うんだが、なんでだ?
逆に褒めてほしいくらい、俺の全力を注ぎ込んだのに、思ってたのと違う。
「色々と勘違いしてるかもしれないから先に言っておくけど!」
「ふぅん……?」
「装備の効果を聞いたら絶対に驚くと思うから!」
「ふぅん……?」
これは、少しまずいかもしれない。墓穴を掘った。
起死回生の一品として、やはりこの装備の説明から始めるべきだ。
「このクマの刺繍の下着なんか、パブリックスキルオプション持ちのユニーク装備だよ! パブリック・ブレス付き! これって、全ステータスと攻撃力と魔力を上昇させ――」
「――ッッ!!」
「痛ぁっ!?」
下着を奪われて、頬にバチーンと衝撃。
床に倒れ込んで目をぱちくりとさせる俺を見ながら、イグニールは言う。
「私のことを思ってやってくれたことだろうから他の下着は別にいいけど、ただ一つこれを見たことだけは忘れなさい!」
この時は、何故頬を打たれたのか理解できなかったのだが、顔を真っ赤にして部屋から出ていくイグニールを見てからハッと気がついた。
慌てて謝罪に向かい、三時間ほどかけて土下座をして許してもらえた。
本人もまさか、クマさんが混ざっているとは思っていなかったそうな。
◇ ◇ ◇
土下座事件から四日ほどたった時のことである。
宿の受付を通してギルドから呼び出しがかかったので、ようやく出番が来たのかと気を引き締めてギルドへ向かった。
「支部長、お連れしました」
「ご苦労さん」
レスリーに案内されるがまま、ジュノーを肩に乗せ、ポチを隣に連れたまま、イグニールと一緒に支部長室へと入る。
「今日は何やら大所帯だな」
「もともと従魔は常に連れておくタイプですので」
「コボルトなのにか?」
「コボルトだからですよ」
そんな魔物を連れていたら舐められるだろう、と支部長は言っているのだろう。
しかし、俺は強い弱いで登用するタイプではない。
ポチも初見で侮られるのにはもう慣れたのか、支部長の言葉にもどこ吹く風だった。
「まあいい、とりあえず掛けてくれ」
「はい」
用意されていた椅子に座り、ポチを膝の上に。
もふもふを堪能しながら、支部長の話を聞こうじゃないか。
「あれ? 支部長、ガレーとノードは……?」
そこで気付くのだが、椅子は俺とイグニールの分二つだけだった。
「ああ、彼らは今回呼んでない」
「呼んでない?」
「うむ、アンデッド災害とは別件で、君たちに一つ依頼を受けてもらおうと思ってな」
詳しく話を聞いてみると、限定だがSランクというギルドの一大戦力であるイグニールが、俺とパーティーを組んだことによってBランクに降格してしまうというのは、色々と面倒な状況になりかねないそうだ。
そこで、ひとまず適当な依頼をこなしてもらい、その成果をもってAランクのパーティーという位置付けにしたいらしい。
ちなみに俺個人の評価もAランクとなる。完全にイグニールのお零れだった。
「……おうふ」
変な声が小さく漏れた。
どこまで行っても格好がつかないというか、もはや宿命なのだろうか。
「支部長、トウジははっきり言って私よりも優秀ですよ?」
俺の心情を隣で察したイグニールがフォローを入れてくれる。
ありがたい、だがさらに「おうふ」と息が漏れた。
「そう落ち込むなトウジ・アキノ。君の今までの履歴をギリスから取り寄せて確認した」
支部長ゴードは書類の束をめくりながら言う。
「サルトでもギリス首都でも、失敗は一度もなく納期も全て厳守し、さらには辺境伯のあの無理難題の依頼も達成し、かつサンダーソールを従魔と共に単騎討伐したという報告……文句なしのAランク、いやもしくはそれ以上であることは確かだな」
「おお……!」
辺境伯は、ちゃっかりサンダーソールの件を報告してくれていたらしい。
正式な依頼じゃなかったので、俺はあの一件を報告していなかった。
辺境伯という信頼ある立場の人から伝わるとなると、信憑性も増すので本当にありがたい。
「さて、前置きはこのくらいにして依頼の説明をする」
「はい」
「現状、アンデッド災害への対応については、まだ待機という形でいてくれ。この件に勇者を出す出さないの話で、デプリとトガルがかなり面倒な状況になっているからな……」
ゴードの話を聞くに、状況はかなり複雑化しているようだった。
デプリは、勇者を大迷宮攻略に向かわせたいのでトガルの冒険者に協力を要請したい。
対するトガルは、デプリは勇者保有国なのだから、自国の問題くらい自国で解決してもらいたい、と言っているようだ。
当然だな。前にオークションで小耳に挟んだ貴族たちの会話から察するけど、デプリで勝手に行われた勇者召喚に対して、近隣諸国はあまり良い印象を抱いていない。
さらに、とゴードは付け加えて言う。
「ごちゃごちゃのまま平行線を辿る話し合いが、勇者たちのせいでさらに混乱している」
「ええ……」
「世間知らずのクソガキたちは、目の前の災害を放置して、世界の危機を救うためにギリスへ向かいたいそうだ」
険しい顔でため息を吐くゴード。
勇者たちはギリスの断崖凍土へ向かうと言って聞かないらしい。
「世界の危機?」
「トガルからデプリに出向している上層部の者が、そう叫んでいる勇者を確認している。現状騒がしいことなんて、デプリ国内でしか起こってないのにな? 勇者たちには俺たち一般人にはわからない何かが見えているって、皮肉を言っていたぞ」
「……な、なるほど」
断崖凍土、世界の危機……はい、心当たりがあります。
邪竜の一件だ。
ちくしょう、まさかあれも勇者関係の出来事だったのか!
とばっちりだったのか、まったく!
「ま、まあ戯言っすよ」
「しかしなあ、過去の勇者もなんらかの手段で世界の危機に対応していたと語り継がれているし、召喚された勇者の言葉を戯言の一つで片付けるわけにもいかないから、各国がギリスに説明を求めてるって状況だ」
まだ子供だったとしても、勇者は勇者か。
確かに邪竜は封印から目覚めかけていたので、一概にはた迷惑とも断言できない。
しかし現状、キングさんが邪竜を倒してしまったので、世界の危機なんてどこにも存在しない。
存在しない危機の説明のために奔走しなければならないギリスは、ご愁傷様って感じ。
「俺の愚痴もこのくらいにして、依頼内容を説明するぞ。前置きが長過ぎると、君の従魔がうるさいからな」
「まだ何も言ってないし!」
「今回の依頼は、竜の爪痕最深部の調査だ」
さらっとジュノーの反論を無視したゴードの依頼は、デプリからトガルに渡る際に通った山脈の裂け目、通称竜の爪痕の崖下調査だった。
俺がゴーレムマニアという異名を背負うきっかけとなった、忌々しき場所である。
「ゴーレム通りに関しては、他の冒険者や監視員でチェックしているが、人手が足りずに崖下深くの詳しい状況がわからない。アンデッドドラゴンの目撃情報が一切ない現状、もしかすれば底も見えない崖下に潜伏しているという可能性もある」
故に、俺とイグニールを起用したそうだ。
もし遭遇したら、アンデッドドラゴンとネクロマンサーと化した小賢を討伐しろとのこと。
「崖下には何がいるかわからない。別の強大な魔物が潜んでいる可能性だってある。入念に準備を整えて向かってくれ。ただし、期間は行き帰りを含めて五日を厳守だ」
「了解です」
「わかりました」
俺とイグニールは、ゴードの言葉に頷いてこの場を後にした。
竜の爪痕は、ゴーレム系の魔物がたくさん出没することでも有名である。
ここは、ゴレオの等級アップも視野に入れて、気合を入れて行こうか。
「……トウジ」
「ん?」
部屋に戻る途中で、イグニールがポツリと呟いた。
「知らないうちに、世界救っちゃってたわけ?」
「……んなわけないない」
俺は勇者でもなんでもないし、一般人に生きていく上で便利な力が備わったくらいだ。
仮に、倒したことが世界を救ったと言えるのならば、無理やりこじ付けるなら、救ったのは俺ではなくラブとサモンモンスターたちである。
栄えある勇者の称号を、あのイケメン高校生から誰かに渡しても良いと言われたら、満場一致でキングさんだ。
もっとも、キングさんはそんな称号の枠にも収まらないだろうと思っているけどね。
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