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本編
878 温泉昔話
しおりを挟む取り急ぎ、レベル30まで上げた後はさっさと帰宅することにした。
ラブが何やら今日は早く帰れと急かすからである。
「今日はポチが腕によりをかけて飯を作るんじゃ~!」
「アォン!」
ポチも何やら知ってる様子で気合を入れているようだし、いったいなんなんだ。
気になるのだが、聞いたところで教えてはくれない。
「なら、とりあえず俺、温泉にでも入ってこようかな……?」
「それがいいのじゃ!」
「では私も行こう。アローガンス、お前も臭いから入ったほうがいい」
「野郎で連れ立って温泉に入ったところで何が楽しいであーる」
この件に関しては、俺もアローガンス派なのだが……。
まあ、いいでしょう。
みんなでさっさと入っちまえば、手間が少ないからな。
そんなわけで、おっさん3人で連れ立っての風呂。
「うぉぉぁぁぁ~」
なかなかに酷い絵なのではないかと思ったが、すぐにどうでもよくなった。
肩まで浸かった温泉に、全身の力抜けて行くような心地よさを感じる。
元々タリアスは有名な温泉地。
その最高峰とも言われるのが、天界神塔の上層に存在する、この神の湯。
「神とはまた大げさな、と思ったけど……やっぱ良いもんだなぁ……」
「選ばれた者のみに用意された至福の温泉なのであーる!」
この温泉につかった者は、未だまだ数える程度でしかないらしい。
「誰が入れたんだ?」
「饕餮、龍拳、勇者……くらいであーる」
「勇者以外は知らん名前だなあ」
「ずーっと昔の話なのだから、今を生きる貴様は知らなくてもおかしくないである」
勇者が現れる前にも、時代に沿った実力者というものは存在するようだ。
「お互いに一発ずつ殴り合う勝負は中々に燃える勝負だったであーる!」
「その様子では、龍拳は負けたのか」
スッキリしたアローガンスの顔を見れば、どっちが勝ったかは自ずとわかる。
際限なしに上がって行くステータスだ。
一発ずつの殴り合いに負けるだなんて、リソースが尽きなければありえない。
「私と同じで、かなり稀有な存在ではあったと思うのだが」
龍族といっても、龍そのものではない。
あくまで、血を受け継いだ少し強い人間のような感覚。
その中でも、ヒューリーと同じように“持つ”側の存在。
ヒューリーが怒りを力に変えるスーパー龍族だとしたら。
龍拳は、気合を力に変えるスーパー龍族なんだそうな。
「でも限界があるであーる」
負けた龍拳は、銭湯の疲れを温泉で癒しながら次は勝つと言っていたそうだ。
そしてアローガンスは再戦を待つも、龍拳は依然として現れないとのこと。
「寿命を持つ生き物という者は、至極つまらないであーる」
そんなことを話しながら、アローガンスは髭をいじりながらため息を吐いた。
「本心か?」
「ぬはは、どうだか」
ヒューリーにそう言われて、アローガンスは笑いながら答える。
「つまらないと感じているのは我自身であることは確かであーる」
中々に深い問答だ。
目の前にいるダンジョンコアたちは、いったい何年の時を過ごしている。
彼らは勇者が来るずっと前から世界にいた。
永遠の時を生きるといっても限度はある。
その時折で楽しみを見つけて、生きがいを見つけて。
最初はそれでなんとかなるかもしれないが……。
普通に考えて途中で全部真っ白になるだろうな。
俺だったら早く死にたくて死にたくてたまらないかもしれない。
「では饕餮はどうだった? 楽しめたのか?」
神の湯に浸かった実力者のうちの一人。
怪力自慢の魔人だったとのこと。
「最初の一撃は中々。塔が叩き潰されるかと思ったであーる」
「ほう」
「へー」
塔を叩き潰すって、相当やばいやつなんじゃないだろうか。
キングさんをあらゆる秘薬、特殊能力で強化しても行けるかわからない。
昔は今よりも塔が低かったのかもしれないけどね。
「だが、それ以降はてーんでカスっぱのデブだったであーる!」
アローガンスは髭をブラッシングしながらむしゃくしゃした顔を作る。
「STRの神だとか言うもんだから、期待した我が馬鹿だったであーる!」
「性質上、お前のSTRに勝てる存在なんていないだろうからな」
ヒューリーの言う通り、STRの神様がこの世にいるとするならば。
目の前にいるこのちょび髭野郎だ。
「でも、一応認めたってことでしょ?」
イライラしちゃいるが、神の湯に浸かることができた人物だ。
そう思ったから尋ねたのだが、アローガンスは鼻で笑いながら言う。
「腹パン一発かましたら終わった相手。認めるつもりはないである」
だが、とアローガンスは続けた。
「その性質は際限なし。我は気長に待つことを決めたのであーる」
「腹パン一発で倒せたのに?」
「攻撃する箇所を間違えたな、アローガンス」
「確かにそれは否めないであーる」
「え、なんで?」
アローガンスとヒューリーの話においていかれそうになる。
昔話をするなら、わからない人にもわかるように話してほしい。
なんのために一緒に風呂に入ってると思ってんだ。
「トウジ。饕餮は、魔物を食って力を増して行く力を持つものだ」
「あのデブは腹の中に力を蓄える」
腹パンで持ってた力を全部吐き出させてしまったそうだ。
当然戦いはそこで終了。
デブからガリにシェイプアップした饕餮は、神の湯で少し回復させられ、塔の外に叩き出された。
「それ、浸かったとは言わないんじゃ……」
「浸かったであーる」
「そっか……」
そう思うんなら、それでいいんじゃないかな。
で、肝心の饕餮も、待ち続けているがまだ来ない。
「勇者も顔を出さんし、結局みんな来ないなら……我、待つのやめちゃおっかな、であーる」
それで外に出るなんて、ジュノーみたいなタイプだな。
真剣な時以外は子供みたいなやつだし、まんまそれだ。
「あと、過去の勇者との戦いはどうだったんだ?」
「勇者であーるか?」
未だ断片的な情報しかない。
ビシャスとの繋がりがあるかもしれない今、昔話でも聞いておく必要はあった。
風呂について来たのだって、ぶっちゃけそれを二人に聞こうと思ったわけだ。
「当たり前のことを当たり前のように使い、当たり前のように強かったである」
「……?」
どう言う意味だ、と聞こうとしたところで。
「のー、まーだ風呂に入っとるんかのー?」
温泉入口から、ラブがそろーっと顔を覗かせた。
一応手で目を隠しているようだが、全然隠せてない。
つーか今、指の隙間から覗く瞳と目があったぞ。
「なんだラブ。もう一緒に風呂は入らない約束だっただろう」
「ぬわっ! 違うのじゃー! 誤解を招くようなことを!」
さらっとヒューリーの口から告げられた今まで一緒にお風呂はいってた宣言。
この幼女も、パパっ子だなぁ。
歳は俺よりはるかに上だが、見た目幼女だから別になんの問題もない。
そもそも神の湯には男湯とか女湯とかの区別はなく、完全混浴なのだ。
問題ないのだ。
「娘っ子がなんのようであーる」
「その前にかくさんか!」
基本的な出で立ちが仁王立ちスタイルのアローガンス。
うーん、モロ。
「面倒である。早く要件を言うであーる」
「ご飯ができたから呼びに来たのじゃー! 他のみんなは場所を知らんからのー!」
「なるほど。では、そろそろ上がるとするか」
「そうだね」
みんなが待ってるのならば、少し残念ではあるが話はここまでだ。
俺とヒューリーは湯船から立ち上がり、脱衣所へを向かう。
「だ、か、ら! なんで平然と歩いてくるのかのう! かくさんかー!」
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