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tera

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本編

872 魂の■束・スタンディング

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 溢れ出した魔力が、少しずつゆっくりと象られていく。
 抑えきれなくなったのか、それとも抑える必要を感じなくなったのか。
 死の精霊と名付けられた存在は、朧げだが女性の姿へと至る。

「……メイヤ」

 魂だけの存在ならば、どうしてこんな形を取るのだろうか。
 膨大な力の塊ならば、どうして人の、女性の姿を取るのだろうか。

「まだ、いるんだよな」

 確実に、残っている。
 俺は死の精霊の姿から、争う彼女の意思を汲み取った。

 記憶って、脳の一部に蓄積されるものか?
 必ずしも、そうではない。

 だったらどこか、魂か?
 そんな話でもないと思う。

 そもそも魂という位置付けが、あんな小さな球体で収まるわけがないんだ。
 触れたもの、感じたもの、考えたもの。
 記憶ってのは、全身を通して染み付いていくんじゃないのか。
 少なくとも、俺はそう思う。

「来るぞ! 主よ! 第一波だ!」

「ぐっ!」

 脈打つ魔力の余波だけでも、立っているだけで厳しいレベルだ。
 だが、俺はこの中を突き進んでいく。

「スタンス」

 スキルとともに、決意表明。
 絶対に引かない。
 俺は、絶対に引かないし、譲らない。

「ぐ……中に入るだけでも一苦労だな……!」

 異物を感じ、排除するためにどんどん魔力の圧が増していく。
 弾き飛ばされないだけ、まだ死なのだがダメージがすごい。
 HPが1になり、無敵時間と回復を交互に繰り返して耐えていた。
 気を抜けばすぐに命を失ってしまうだろう。

「主よ、手はあるのか?」

「あるさ」

 コアに直接幸せ攻撃をぶち込んでやること、それが一つ。
 しかし、憎しみではなく、純粋な悪意だった場合。
 もしかしたら、彼女は人を殺すことで快楽を得るのかもしれない。
 そこで、俺は考えた。

「キングさん、コアの近くまで行ったら──おわっ」

「プルァ! 周りをしっかり見ておけ!」

 作戦を話そうとしたら、キングさんに弾き飛ばされた。
 俺がいた場所に、ぐわっと黒い亡霊のようなものが集る。

「魔力で潰れないと分かれば、次は化身のようなものを生み出しているぞ!」

「……難易度上がってんな……」

 時間がない。
 時間をかけすぎると、俺にも手に負えなくなるだろう。
 俺たちが潰れれば、死の精霊の目は不特定多数へ向く。

「で、作戦は! 主よ!」

「コアの、彼女の魂まで、とにかく進む!」

 そう言うと、キングさんは俺を抱えて一気に跳躍した。
 亡者たちが方向を変えて迫って来る中、キングさんが叫ぶ。

「それから! 主の指示に合わせて我も動こう!」

「これを、叩き割って欲しい!」

 インベントリから出したものは、簡単ポーションファクトリー初号機。
 セットされたカバンには、全てあの時の泉の水が入っている。

「叩き割ればいいのだな!」

「そう! これは、悪意に染まる前のメイヤだから!」

 少ないけど、俺は今もまだ抵抗しているメイヤを信じている。
 必ず彼女は悪意に打ち勝てる、と。
 ハッピーナイフだって、一発逆転のためのものではない。
 彼女をほんの少し、後押しするためだけの代物だ。

「キングさん!」

「うむ!」

 移動はキングさん、そして俺は回復担当。
 吹き荒れる魔力の奔流、追いかける亡者たち。

 全てを置き去りにして。
 俺たちは、中央へとたどり着いた。

 魂は、どす黒い繭のようなもので固く覆われている。
 まるで、何人たりとも通さないといった様子だった。

「プルゥゥ、なんとう強烈な悪意」

 繭から滲み出た纏わり付く不快感に、キングさんは思わず顔をしかめる。
 台風の目は静かだと言うけど、そんな生易しいものではなかった。
 触れるだけで、飲み込まれてしまいそうなほどの黒は、ビシャスの目を彷彿とさせる。

「メイヤ……」

 しかし、この中が少しだけ悲しく感じるのはなんでだろうか。
 無邪気そうにしてても、本音はすごく寂しかったんじゃないか。

「主よ、早くしろ。亡者どもがすぐにここに集まって来るぞ」

「うん」

 インベントリからポーションファクトリーを取り出した。

「キングさん!」

「プルァ!」

 キングさんがぶっ壊し、カバンの中身を全てぶちまける。
 やれやれ、帰ったらオスローに謝っておかないとな……。
 でも中にある水全部、魔導機器の中にあるものも全て必要だと思った。

 黒ずんでいた空間が薄くなり、繭がほどけていく。
 繭の中央には球体が静かに浮かんでいて、脈動を続けていた。

「俺に諦めるなって言っておいて、勝手に諦めんじゃねーぞ」

 あの時、諦めかけていた俺に、彼女は呼びかけてくれた。
 希望をくれた。

「一人で戦うなよ、今は俺がいる」

 だから俺も、彼女に、メイヤに呼びかける。
 そこにいると信じて、呼びかけるんだ。

「そのためにここまで来たんだ、メイヤ──!」

 魂に近づき、ナイフを突き立てた。
 ドクン、と大きく脈動する魂。
 空間が歪んで、その衝撃が俺にもダイレクトで伝わる。

「うぐ」

「大丈夫か、主よ!」

 でも、俺は怯まない。
 決して退かないし、譲らない。

「大丈夫!」

 死の精霊の力は増す、中央の俺たちを排除しようと躍起になる。
 でも、大丈夫だ。
 俺の側には最強のキングさんがいて、全てを守ってくれる。
 今は、彼女に、メイヤに集中するんだ。

「メイヤァァアアアアア!!」

 ポンッ、と魂から黒い靄が抜け出る。
 ビシャスが植え込んだ悪意の種だろうか。
 元の姿を取り戻したメイヤの魂。
 それを腕に抱こうとした時である。

 “……トウ、ジ”

 声が聞こえた。

「メイヤ! いるのか! 戻ったのか!」

 “逃げ、て──”

「なんだって!? 今すぐ、安全な場所に連れてってやるからな!」

 ノイズの混ざっていた声は、徐々に鮮明さを取り戻した。

 “だめ、私だけ解放されても……残った力は止まらない”

「え?」







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