装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます

tera

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本編

858 悪意ある交渉

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「ちょっと聞いてま──」

 声をかけても黙ったままのサミュエルに一歩近づいた時である。
 ザンッ、って音がして目の前の壁に大きな斬撃の痕が刻まれた。

 窓も、カーテンも、調度品も。
 全てを両断する刃は、明らかに俺を狙って放たれた一撃である。

 老体であるサミュエル・アルベルトは、俺の陰になって難を逃れた。
 しかし、崩壊した壁の衝撃でどさりと体が椅子から崩れ落ちる。

「ッ」

 はっと息を呑むようなメイヤの反応。
 どうやら俺が話しかけた時には、既に事切れていたらしい。

「…………」

 インベントリからポーションを取り出し、無言で“使用”する。
 それから俺は振り返らずに、ただ一言。

「どういうつもりだ」

 そう尋ねた。
 誰がどう考えても、どう見ても、犯人としか思えないソルーナへ。

「貴方がアキノ・トウジだからですが、何か」

 さらっと言い返されたので、振り返って引力を用いて彼を引き寄せた。
 右手に剣を持ったソルーナの襟元を掴み上げて、さらに聞く。

「俺がアキノ・トウジだから、何の関係もないサミュエルさんを殺したのか?」

「いいえ、彼女を殺したのは私の個人的な都合により……ですね」

 飄々とした様子で受け答えをしながらソルーナは続ける。

「しかし、まとめて薙ぎ払う予定でしたのに、話に聞いていたよりも硬いですね」

「話に? ……誰だ」

「教えるとでも?」

「教えないなら、さっきの一発を十倍にして返すだけだぞ」

 整った面を思いっきり殴りつける。
 すると、パリンというガラスが割れたような音が響いた。

「?」

 本気を出す前のアローガンスにもダメージは通った俺の拳。
 だが目の前の男は「今何かしました?」という表情で言う。

「ああ、これで彼女の魂は消し飛んでしまいましたね」

「はあ?」

「……トウジ、それはスピリットマスターが使うスキル」

 言葉の意味がわからない俺に、メイヤが説明してくれる。

「予め保有しておいた魂でダメージを肩代わりする」

「正解です。さすが先代が育てた娘。ですがこれで、彼女は完全に死にましたね?」

 それは貴方のせいですよ、と言っている風に聞こえた。
 王族が用いるような復活術式も、こうなっては使えない、と。
 いちいち癪に触る言い方をするやつだ。

「トウジ、聞いちゃダメ。魂を拘束された時点で、もうどうしようもないから」

「そっか。ちなみにその肩代わりスキルに回数制限とかあるのか?」

「ありませんよ」

「黙ってろ。俺は今メイヤと話してるんだから」

 敵の無いって言葉を信用すると思ってるのか。

「……ない」

 無いらしい。
 強すぎるスキルって、その分制限もある程度厳しいと思ったのだけど。

 ああ、そうか。
 死者の魂を用いる敵な部分で、誰かを必ず殺す必要がある。
 悪党以外には厳しい制限かもしれん。

「まあ、別になくても構わないけど。回数が尽きるまで殴るだけだから」

「それが正攻法ですけど、私がそれを素直にさせるとでも?」

「なっ」

 手元に引き寄せていたソルーナの体が薄くなっていく。
 まるで今までつかんでいた奴が幻だったかのように。
 するりと手元から離れて消えてしまった。

「これもスキルか?」

『ええ、私の魂は何物にも束縛されない』

 俺の正面に、泉の精霊のようなぼやっとした球体が出現。
 そこからソルーナの声が聞こえる。

「ソウルシフト……トウジ、もうここにあいつはいない」

「この目の前にある魂みたいなのは?」

「今まで身体を象っていたもの。物理攻撃は完全に無効になったはず」

『ご名答。ついでに魔法攻撃だったとしても、他の魂がダメージを肩代わりしますよ』

「ちっ」

 逃げのスキルも持っているなんて、結構面倒臭い相手だ。
 さっきから引力を試しているが、全く反応がない。
 物理攻撃とバインドを無効化できる強スキルってポジションだ。
 その代わり、自分自身も攻撃はできない。

『どういう事情で泉からその子を出せたのかはわかりませんが……』

 こう着状態となった中で、ソルーナは言う。

『返してもらいますよ。“それ”は今、私の所有物ですから』

「断る」

『どうするおつもりですか? そういえば休暇とかなんとか言ってましたけど』

「もう休暇じゃねえよ。転職。泉の管理人からうちの商会でずっと働くんだわ」

 福利厚生もしっかりしてて、お前らのところよりも待遇は遥かに良い。
 なにより、俺が近くにいるから絶対に手出しはさせない。

『ギリスの、あの、商会ですか。飛空船事業良いですね。うちでも一枚噛めないかと思案していたところです』

「それも断る」

 そもそもダーナは潰すぞ。
 全身全霊かけて2度と商売できないようにしてやる。
 こいつがこんなんだから、裏で真っ黒なことは確定。

 どうやって魂を補充する?
 人をたくさん殺してるんじゃないか。

『ならば、商人らしく取引をしませんか?』

「悪人とテロ相手には交渉はしないって決めてるから無理。断る」

『私の婚約者……アルバートのお嬢さんがどうなってもしりませんよ?』

「ッ」

 そう言われて、動揺し固まる俺がいた。
 交渉のカード。
 つまり脅し文句は、現状こいつが一枚上だ。

『交換条件を出しましょう。“それ”──メイヤ・アルベルトを泉に戻せば、マイヤーさんの無事は保証します』

「……くそ」

 そんな交換条件を受けれるはずもない。
 しかし、受けなければどちらかが……。
 黙って睨んでいると、メイヤが言った。

「マイヤー・アルバート……私に似た名前……それってトウジの言っていた、私に似た人のこと?」

『その通り。あなたと“そっくり”ですよ。彼の大切なご友人の一人です』

 俺への問いかけに、律儀に返答するソルーナ。
 その言葉を聞いたメイヤは、ぽつりと言った。

「……トウジ、私戻る。だから」

「ダメだ!」

 交換条件に応じてどうなる。

「でも、私は一人で泉にいても平気だから」

 せっかくここまで来たのに、諦めるのか。
 いいや、俺は諦めない。

「マイヤーに言われたんだよ。面倒見るならケツまでだって」

 それに、あんな閉じられた空間に一人でずっといる。
 そんな選択をさせるわけがない。
 独りが過酷だってのは、俺は誰よりも知ってるんだ。

「でも」

「でももだってもない! 断固拒否!」

『お話になりませんね』

「どっちも助けて、こいつをぶっ飛ばして終了だ」

『そうすれば、二人とも失う結果になりますが……』

 なんとか時間を稼いで救い出せる方法を考えないと。
 別働できる仲間がいれば話は変わってくるのだが、あいにく他のメンツはまだ天界神塔だ。
 どうすれば、どうすれば。

『男は決断が大事ですよ。今から60秒だけ時間をあげますので必死で考え──』

 その時、今まで黙っていたポチがおもむろにマジックハンドガンを撃った。

『──あれ?』

 無敵状態となっていたソルーナの魂をギュッと捉える。

『これは──いったい──なにが──』

 ノイズが走ったように、急にソルーナの言葉がおかしくなった。
 俺も何がなんだかわからない。

「アォン!」

 攻撃チャンスなのかと思っていると、ポチが俺とメイヤの手を引っ張って走り出した。

「ポ、ポチ!?」

 全力で家屋を走り抜け、薄暗い家の中から太陽のある外へ。
 かなりの衝撃だったのに、家の前には人だかりすらできていなかった。
 現状ソルーナの姿はないので、俺が家を壊した犯人だとされかねない。
 だからこの状況はありがたかった。

「ォン!」

 走りながらポチが言う。

「え、精霊みたいだから撃ってみたら効いた……って、そんなことあるのか?」

「でも、効いてるみたいだった。魔導機器、やっぱりすごい」

「うーん……」

 見るからに物理っぽいけど、魔導ってつくから魔法判定でも持っているのだろうか。
 謎だ。

「とにかく、今はさっさとメイヤを安全圏に連れて行こう! クイック!」

 マイヤーを探すのも大事だが、彼女を安全な場所へ隠すのも先決だ。
 転移門の側でジュニアでも出して、ダンジョン作ってこもらせる。
 それが一番手っ取り早くて、かつ安全な措置である。







「……ふう、ソウルシフトを解除すれば、なんとかこれから逃れることができましたね」

 誰もいなくなった部屋で、魂から姿を戻したソルーナ。
 バキッと魔導機器を握りつぶしながら呟く。

「まだ持っているなら危ないですが、もうソウルシフトになる必要性もないでしょう」

 フフフと笑いながら、彼はトウジたちが逃げ去った方角に目を向けた。

「“選択から逃げること”を選びましたか。あの方の言っていた通りです。無駄なんですけども」

 それから亡骸となったサミュエルを見て、少しだけ寂しそうな表情をする。

「昔お世話になったことですし、一応埋葬だけはしておきますか……そうだ、良いことを考えました」

 寂しそうな表情は、すぐに歪んだ表情へと変わった。
 無邪気とも、狡猾とも言えるような目つきで彼は呟く。

「彼女の亡骸には、一役買っていただきますか」
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