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本編
857 あの、ちょっと聞いてまザンッ
しおりを挟む「ご存知ですか? タリアスでは多少名の知れた商会ですから」
イイユ・ダーナ。
マイヤーとの縁談話が上がっていた、タリアスの大商会。
……まさか、目の前のイケメンが。このイケメンが。
マイヤーの旦那さんになるかもしれない人ってわけか。
「だ、大商会ですから、知らない人がいないですよ」
焦りそうになるのを隠して、なんとか会話をつなぐ。
身辺調査とかで、俺の名前が知られていたら少し気まずい。
つーか……。
この人、結婚の報告って言ってたよな?
即ち、マイヤーが生きているって状況が確定した。
それは最高に嬉しいことなのだが、同時に。
結婚の話がもう行き着くところまで行っている、という事実。
わざわざ報告に来るともなれば、ほぼ100%の確率で結婚だ。
生存確定、とともに、結婚も確定。
ここからどうやってひっくり返したらいいのか。
わからなくなった。
ジロリと見られた時はすごい風格だと、素直に感じた。
才色兼備なのか、持つべき人間の雰囲気なのか。
それはわからないが、どことなく、何かしらの凄みのようなもの。
しかしこうして実際に話してみれば物腰柔らかな良き人。
マイヤー母の話にも上がっていた通り、イケメンである。
顔、身長、ともに俺なんか蟻んこみたいなもんだ。
社会的地位はどうだ?
……そこに活路を見出す時点で、なんか負けている気がする。
そもそも張り合おうとしている時点で、お察しだ。
「今日は婚約者の方とこちらにいらしてるんですか?」
無関係を装って、しれっとそんなことを聞いてみる。
マイヤーがいたら、少し話せないかな、なんて思っていた。
トガルでの知り合いだってことにして、ばったり偶然。
募る話もあるから時間をもらえないかな、なんてね!
ひっくり返せるひっくり返せない。
自信がある自信がない。
勝った負けた。
うだうだと頭の中で思考したものの、結論は決まっている。
そんなこと関係なしに、俺はマイヤーを連れて帰るんだ。
こんなところまで報告に来たソルーナさんには申し訳ないが、確定路線。
婚約破棄の慰謝料とか、そんな感じになったらなんぼでも払う。
それが俺の覚悟だ。
「この地には来ておりますが、ここには来てないです」
「そうなんですね」
「彼女は少々長旅でしたから、今は宿でゆっくり寛いでいますよ」
「大変ですね」
宿で寛いでいる、という新情報。
この辺の宿屋に来ていると言うのなら、ついにコレクトの出番だ。
いいや、虱潰しに探してもすぐに見つかるはず。
人の往来が少ないこの土地で、泊まる宿なんで限られているからだ。
「ここは緑に囲まれてますし、リフレッシュできると思いますよ」
「ええ、無理に来ていただいたので、良き休息が取れるよう尽くします……と、少しお待ちいただけますか?」
そんな話をしていると、一番奥の部屋の前へとたどり着いた。
「サミュエル氏にあなた方のことを伝えてきますので、少しお待ちください」
「わかりました」
そう言って部屋の中へと入って行くソルーナ。
閉められた扉の前で黙って待っていると、メイヤが俺の袖をちょいちょいと引っ張った。
「トウジ」
「ん、何?」
「……あの男、少し怖い」
「ソルーナさんが?」
うん、と頷くメイヤ。
「ジロリと見られた時は少しびっくりしたけど、話したらそんなことない人だったよ」
男慣れしていないとしても、あまり怖がる必要はないと思うのだけど。
彼女は俺の言葉に首を横に振りながら言い返す。
「そこじゃない。身にまとう雰囲気というか、それが少し恐ろしく感じた」
「なるほど」
まあ……良い人であっても、実は裏ですごいことをやっている。
なんてドラマなんかではよくある話である。
「大丈夫だよ」
しかし、ドラマの話だ。
もし予感が本当だったとしても、白昼堂々と危害を加えるはずがない。
そういう奴は自分が目立つのを嫌って、裏でこそこそ動くタイプだからな。
「アォン」
「警戒しておいた方がいいって?」
「アォン」
「それでアローガンスにぶっ飛ばされたろって? まあ、ポチがそう言うなら……スタンス」
ポチが俺の能天気さをとがめたので、新しくつけた装備のスキルを使う。
これで昏倒するほどの一撃をもらったとしても倒れない。
即死級の一撃も絶対耐えるし、指輪とキングさんの無敵時間があれば俺はほぼ不死身だ。
「……どうぞ」
扉が少し空いて、ソルーナの声がした。
さすがに今の話は聞かれてないよな?
向こうの話も聞こえてこなかったし、防音設備はしっかりしていると思いたい。
「失礼しまーす」
ポチとメイヤを連れて中へと入る。
薄暗い部屋の中で、光の漏れる窓際に腰掛け、外を見たままのフードを深く被った人がいた。
顔は見えないが、あれがサミュエルさんだろう。
「どうぞ。メイヤさんを交えていくつかお話ししたいこともありますので、ここにいても良いですか?」
「もちろん構いませんよ」
ドアの前に陣取ったソルーナにそう言い返すと、俺は近づいて話しかけた。
「えっと、初めまして」
「……」
「泉の管理を任されるメイヤに、しばらく休暇を取らせたらどうかと思って伺ったんですけど」
「……」
「あの……」
な、なんで反応してくれないんだ。
無駄にシーンとした雰囲気が辛く感じるだけなんだけど……。
「サミュエルさん、メイヤを連れてきたんですけど。ちょっと聞いてま──」
──ザンッ!
=====
漫画版ついに牛丼だよ~。
斬。
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