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本編
856 サミュエルの家、とある男との出会い
しおりを挟む俺はメイヤとともに、エルフの集落へとやって来た。
規模的に言えば、集落というより普通の町だ。
「うーん」
木の上に作られたツリーハウスとか、なんかすごい彫像があるとか。
そんな想像を勝手にしていたのだが……。
見渡す様は至って普通で、よくある木造家屋が建ち並んでいた。
「案外普通なんだな」
「アォン」
「二人とも、なにを想像していたわけ?」
そりゃ、エルフといえば神秘的なイメージ。
あちこちを妖精が舞っていたりとか。
不思議な生き物が往来していたりとか。
……と、そこまで考えて、この世界自体が不思議なことを忘れていた。
エルフに限らずとも、魔法もあれば魔物を連れた人もいる。
外の世界には、危険な魔物もたくさんいるっていう異世界だった。
「こっち……だったはず、まだ覚えてればだけど」
「オッケー」
人通りの少ない道を選びながら、くねくねと路地を進んでいく。
もう一つ勝手な想像として、エルフはみんな美人だと思っていた。
しかし、別にそうでもない。
いろんな人がいて、スレンダーから恰幅の良いエルフまで様々だ。
全員耳がとんがっている。
唯一この部分が、ここは人間のいる世界とはまた違う場所なんだ、と思い起こさせる。
「エルフの耳ってなんでとんがってんだろうな?」
「アォン?」
「逆に聞くけど、なんで人間の耳はとんがってないの?」
「……それもそうだな」
人間にも、それに近い耳の形を持った人はいる。
ただ単純に、遺伝で昔からそういう形だってだけなのだ。
そこに何故とか、あるわけないのである。
「貴方は物申すとは言っていたけど、サミュエルは優しい人」
「ん?」
「あまり言わないであげて欲しい。彼女はもうスピリットマスターを次代に譲り、隠居してるから」
「……わかった。でも、外に出る許可くらいはもらいにいくぞ?」
サミュエルって人が、メイヤの保護者な訳だから。
休暇とともに長期旅行には一応許可をもらっておかないといけない。
いきなり消えましたじゃ、要らない心配をさせてしまうからね。
「外……大丈夫かな……」
「心配ないって。たぶん驚くものばかりだと思うよ」
「それは楽しみ」
俺だって、最初に異世界に来た時はそんな感じだった。
色んな物が新鮮で、大変だったけど。
今では、それもまた良い思い出となっている。
生まれた世界が全く違う俺と彼女が、同じ目線で同じようなことを感じるとは思わない。
けど、きっと驚くだろう、目を輝かせるだろう、俺が探している女性によく似た表情で。
「……ついた、ここ」
しばらく歩くと、少し色あせた鉄格子の門があった。
板石を敷き詰めた坂道に目を送れば、垣根の向こう側に煉瓦造りの家屋が見える。
「ここがサミュエルの家……だったはず」
「覚えてないのか?」
「……小さい頃に行った記憶はある。けど、少し思い出せなかった」
ずっとあの泉のある森に縛られてたんだ、仕方がない。
とにかく中へを入り、さっさとサミュエルさんに会って事情を説明するべきだ。
今のスピリットマスターの許可が必要だ、みたいな展開になったらどうしよう。
精霊たちの様子を察するに、帰って来てるっぽいから……まあ、なんとかなるか。
「すいませーん」
俺の袖を掴んだまま、後ろで罰が悪そうにするメイヤを引き連れ、ドアを叩く。
ガチャ、という音がしてドアの隙間から男が顔をのぞかせた。
「……今日はもう来客の予定はなかったはずですが、いったいどちら様でしょうか?」
肌は褐色、目や鼻立ちの整った男は、ジロリと俺とメイヤに目を向ける。
その様子に、メイヤの俺の袖を掴む手に力がこもっていた。
顔はイケメンだが、なんだか少し迫力があるな……勇者とは違った風格だ。
「えっと……あれ、サミュエルさんって確か女性じゃ……」
「私も用事があってここを訪れている者ですよ。彼女は足が悪いので、代わりに行くようにと言いつけられまして」
「あ、そうなんですね。トウジ・アキノと言います」
すぐにメイヤがよく見えるように立ち位置を変えて続ける。
「こっちはメイヤ。メイヤ・アルベルト。サミュエルさんなら、多分彼女のことを知ってると思いますので」
もっとも先に用事があるのなら、それを待ってからまた伺おうかと思っていたのだが、
「そうですか。なら、こちらへどうぞ」
男はニコリと微笑むと、俺たちを中へと招き入れた。
昼間は灯りをつけない主義なのだろうか、部屋の中は薄暗い。
やけに長く感じる廊下を歩きながら、俺は尋ねた。
「あの……先約があるのなら、またあとで伺いますとだけ伝えていただければいいんですけども……」
依然として袖は固く握られたまま。
ここは一旦時間を置いてから出直すべきかと思った。
「いえいえ、古い友人にちょっとした報告をするだけでしたので、わざわざ外でお待ちにならなくても大丈夫ですよ」
「そうなんですね」
「ええ、そちらのメイヤ・アルベルトさんにも少し関係のあることですし」
「メイヤに……? 泉の管理のことで何か問題があったりとかですか?」
そう尋ねると、男はやや眉を上げ、苦笑いしながら言葉を返す。
「泉の管理? 違いますよ。この度結婚することになりましたので、そのご報告に上がったんです」
「なるほど、それはおめでとうございます」
「そちらのメイヤさんも、サミュエル氏の血縁者なら、ぜひ私の式に参加してもらえないかと……そういう話です」
招待状を送るのではなく、直接報告に来るだなんて律儀なもんだ。
それだけサミュエルさんが良い人だってことなのだろう。
目の前の男の耳をちらっと見る限り、エルフではなく人間。
街を歩く中、エルフ以外はまったく見なかったので、少しだけ安心する俺がいた。
この人も転移門を用いてここへ来たのだろうか?
俺も事情を話して、あわよくば一緒に首都へ連れて行ってもらえないかな?
「そうだ申し遅れました。私はソルーナ・イイユ・ダーナと申します」
「えっ、イイユ・ダーナって……」
思わぬワードに少し驚いていると、彼は俺の様子を見て頬をかきながら言った。
「ご存知ですか? タリアスでは多少名の知れた商会ですから」
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