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本編
855 殻は自分で破ってこそである
しおりを挟むなんとも幻想的かつ騒がしい夜を体験した次の日の朝である。
俺とポチ、メイヤはエルフの集落を目指して森の中を歩いていた。
「夜に続いて、朝からこんなに美味しいものを食べたのは初めて」
朝靄で鬱蒼とした森の中で、ポチの作ったシリアルバーを笑顔で齧るメイヤ。
中身にドライ・スピリットフルーツを組み込んだ最新型。
MP回復もさることながら、MP増加量も少しだけ向上していた。
竜の実を用いれば、HPとMPの最大値が上昇するとんでもシリアルバーとなる。
価値で言えば、いくらくらいになるんだろうな……。
「もぐもぐもぐもぐ」
と、いう代物を飽きることなく食べ続ける様子には、ポチと二人で少し苦笑いだ。
「食べ過ぎは良くないぞ……朝食だって、大量に食べたのに……」
「アォン」
「確かに、青汁も飲み過ぎは良くない。お腹を壊しかねないからこのくらいにしておく」
あんなもんと比べるなよ……。
回数をこなすほど、ダメな効果に当たることも増えて来るんだ。
「で、この先に集落があるんだっけ?」
「そう。そして集落の先に転移門がある」
「了解」
夜のうちにワシタカくんと一緒に首都を目指しても良かったのだが、なんと近道があるらしい。
タリアスの首都とエルフの集落を繋ぐ転移門。
それを使えば、すぐ首都に到着するとのこと。
ならば朝を待ち、案内してもらった方がいいだろうと判断したわけである。
「しかし、便利なものがあるんだな」
「ずっと昔からある、天界神塔に続く道の一つらしい」
デリカシ辺境伯領にも存在していた謎の祠のようなもんか。
あまり使うことはなかったそうだが、天界神塔の下に国ができてから、交流のために利用することになったそうだ。
ちなみに、頻繁な人の往来を避けるべく、首都側の転移門はエルフの魔法によって隠されているとのこと。
「隠された転移門を許可なく通ってきた人間は、伝説の料理人くらい」
「へえ、どうやったんだろうな?」
「聞いた話によると、なんか美味しいものがある気がしたから……だそう」
「ふ、ふーん……」
パインのおっさんって、なんだかんだ謎が多い人物だよな。
最初はただの牛丼屋かと思ったのに、新天地に行くたびに名前を聞く。
落ち着いて昔話を聞ける時がくれば、是非とも聞いておきたいところだ。
「……じゃあ、私はここまで」
しばらく森を歩くと、途中で立ち止まったメイヤはそう言った。
「ここからしばらくまっすぐ歩けば、エルフの集落に着く」
「メイヤはどうするんだ?」
「私はいけない」
「メイヤがいれば、色々面倒な説明もせずに、転移門までスムーズだと思ったんだけど……」
人間である俺が、いきなり転移門はどこですかって聞くのもはばかられる。
頻繁な往来を避けるべく隠してあるものに、迂闊に近づいて良いとも思えなかった。
メイヤが一緒であること、それがスムーズに転移門を使うための要素なのである。
「ごめんなさい。外の世界に興味はあるけど、私はいけないから」
「管理人の業務が忙しいってこと?」
泉の管理人って、そんなに忙しいものなのだろうか。
そもそも何を管理するんだ、あんな場所で。
森の中で多少は危なっかしい魔物に遭遇したけど。
それは泉周辺から距離を取ってからのことだ。
「……不審者だって投獄されることは、さすがにないよね?」
「ない。と思うけどこっそり利用してほしい」
そこはかとなく不安だ。
こっそり利用するくらいなら、ワシタカくんの方がいいんだよなあ……。
「うーん」
「不安なら、サミュエルに呼ばれたと嘘をつけばいい」
「サミュエル?」
「サミュエル・アルベルト。私の育ての親で、先代のスピリットマスター。彼女は人との交流も昔からある。彼女に呼ばれた、と言えばその辺のエルフが彼女の家に案内してくれるはず。無事に家についたら私の名前を出せば通じる」
森を出たらサミュエルさんの家を訪ねて、メイヤのことを出せばいいのか。
先代スピリットマスターだってことは、あの泉の管理を任せた側の人間。
「……なら、一緒に行けばよくね?」
休暇申請しようぜ。
大事な泉なのかもしれないけど、ありゃ放置してたって平気だ。
触ったら死ぬ水で、小瓶に入れて見た結果も【死水】である。
管理しようがない。
盗もうと思っても、何かに使えるわけてもない。
俺はたまたま生きてたけど、普通の人だったら死んでるよ。
そもそも高所からの落下って時点で死んでる。
万が一にも、誰かが侵入することはないと言えた。
「たまには休暇も必要だよ。昨日の夜も、おかわり食べたいってがっついてたじゃん」
「恥ずかしいから昨日の夜のことを出すのはやめてほしい」
「ふかふかベッド初めてだって喜んで飛び跳ねてたじゃん」
「やめて恥ずかしい」
俺のコテージで一泊したのだが、客間のベッドに喜んでいた。
この子の生活環境を想像すると、俺も一言物申してやりたいくらいである。
なまじ雰囲気がマイヤーに似ている分、放っておけない俺がいた。
「世界にはもっと美味しいものだってあるよ」
「……」
「我慢するのは仕方ないけど、だからって諦める必要はどこにもないと思う」
「……でも」
「何か事情があるなら、俺も一発ガツンと言ってやるよ。だからさ」
と、俺は彼女に手を伸ばした。
一人でずっとこんな森の中にいるのは、寂しいだろう。
たまに誰かが来てくれたとしても、縛られるのは悲しいだけだ。
うちの商会だって、休暇や福利厚生はしっかりしてるもんね。
人間の原動力ってのはそういった生きがいが必要なもんだ。
自分の意思で、と言われればそこまでかもしれない。
でもそんな人が料理を前に目を輝かせて喜ぶだろうか。
また食べたい、おかわり、とはしゃぐだろうか。
外の世界に興味があるのなら、手を引っ張ってでも連れてくよ。
っていうか、秘薬のレシピ作れるっぽいから来て欲しいんだけどね。
ライデンと同じような側面を持つ人は、珍しい。
ポチの飯とうちの商会で働かないかってお金を提示してこっちに流す。
マイヤーに似ているから、是非とも二人を対面させて見たいとも思った。
「興味はあるんでしょ?」
「……ある、けど」
「最初の一歩は、その気持ちで十分だよ」
「アォン」
ポチもうんうんと頷いている。
「よし、行こうぜ。そんで転移門まで案内してよ。お礼に俺が美味しい店案内するから」
「あっ」
メイヤの手を引っ張って、歩き出す。
その瞬間、ふわっと何かが体にまとわりついて、すっと霧散した。
「……ん? なんだ今の?」
「アォン?」
「……でられた……なんで……」
周りを見渡しながら、不思議そうな表情をするメイヤ。
どうやら、彼女を拘束していた他の要因があったらしい。
だから“いけない”と言っていたのか。
「責任者にガツンと言ってやる理由が増えたな」
強制労働は良くない。
働く側にとっても、雇う側にとっても。
うちの商会の場合、なんでかみんなが休まずに働くからな……。
休暇を取らせるのに苦労してるんだわ……。
「とりあえず、行こうか」
「…………う、うん!」
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