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本編
854 ダンス・オブ・アニマ
しおりを挟む蜜を取りに行ってくるとメイヤが出かけてから、俺はずっと装備製作に打ち込んでいた。
少し心を乱してしまったが、やっぱり装備製作をしていると落ち着く自分がいる。
みんなからはもはや病気だなんだと言われるけど、この辺の準備を怠るわけにはいかない。
ガチンコ勝負でも負けない装備を作る。
この世界で、唯一俺にある取り柄なんだ。
「──で、いつの間にか夜になっちゃったけど……メイヤは?」
いつの間にか、地面にあぐらをかいて座る俺の膝を枕にしていたポチに尋ねる。
「アォン……?」
「あれから帰ってきてないって? もう結構な時間が経つんだけど?」
飯もすっかり冷めてしまった、と言いたいところだが安心してほしい。
ポチが作り終えた後に全部インベントリ内に入れておいた。
帰ってきたらさっそく振る舞おうと思ったのだが、いったいどこまで虫取りに行ったのやら。
「なんだか、すっごい幼いマイヤーって感じがするよな?」
「ォン」
俺のそんな呟きに頷くポチである。
少女時代のマイヤーも、あんな感じだったのだろうか?
きっとそうだろうな。
今でも珍しいものを集める趣味は変わりなかったのだし。
「……しかし、思ったより時間がかかったな」
「アォン?」
「目的の装備はできあがったのかって? もちろんだよ」
パブリックスキル・オプションのスタンスがついた装備はしっかりできあがった。
もともとは適当な鎧だったのだが、カナトコでいつも着ている肌着に見た目を写した。
絶対に弾き飛ばされない肌着である。
「アォン」
「中に重ねてきまくったら良いって? なんかごわつくの嫌いなんだよ」
ただでさえ、今は指輪で手元がごちゃついている。
上着の中に隠しているが、首元もネックレスでごちゃごちゃだ。
省スペースで最強、これが一番良いのである。
「まあ、最悪、着込むけどね」
でもステータスが上がれば上がるほど、なんだか周りの人が遠い存在になっていく。
レベルが上がってからはなんだかそんな感覚がたびたびしていた。
冒険者ギルドにあまり立ち寄らないのも、そんな虚しさがあって。
「平穏を取り戻したら、着飾らないありのままで異世界を過ごしたい」
「アォン」
それが良い、とポチも頷いてくれた。
この世界で骨を埋める覚悟をしたんだ。
もしかしたらイグニールとの間に子供ができるかもしれないんだ。
「飾りを取っ払ったら、弱いただの男しか残らないけど……」
でも、それがこの世界に来た俺の本当の姿なのである。
初めは、助かった、ラッキーだった。
この力があれば、俺は楽して異世界を生きていけるかもしれない。
そんなことを考えていたけど。
「一人は辛いよな?」
「ォン」
「みんなと一緒にいる、その選択肢を選ぶために、俺は着飾るのをやめるよ」
この世界の一人の人間として、立っていたい。
ずっと心に感じていた異物感を取っ払って、認めてもらいたいんだ。
「アォン」
「ずっとついていくって? はは、多分ずっと面倒見てもらうと思うよ」
多分、俺が死んだらポチたちも消えるだろう。
過ごした時間も死ぬときも、全部一緒。
頼もしいじゃん。
今あるこの時間を大切にしようって気持ちになる。
そう考えると、ユノの言った歪みというのも頷ける。
ダンジョンコアは、取り残された存在だ。
過ぎていく時間の価値は、とんでもないくらい希釈されているのだろう。
「だからこそ救ってやってほしい……ってのは、今なら少しだけわかる気もする」
──ゴウンゴウンゴウン。
「ん? ……って、いけね! ポンプ止めるの忘れてた!」
あれから何時間もかけて、大事な泉の水を汲み上げ続けている。
万単位の小瓶でストックできるから、それはとんでもない量だ。
もし小瓶以上の水があったとしても、ポンプが壊れかねない。
「急げ急げ! ん……? 誰かいる……メイヤ?」
ポチとともに、ランプを持って急いでポンプの元へ向かうと泉のほとりでメイヤが空を見上げていた。
ジッと立ったまま、微動だにしない。
マイヤーと同じ金色の瞳は、月明かりによって淡く光って神秘的。
昼間に無邪気な笑顔を見せたメイヤとは、まったく別人に見えた。
「こんなところにいたのか……で、お目当のものは獲れたのか?」
「アォン」
「思うように取れなくて悩んでても、別にがっかりはしないぞ?」
むしろ、少しだけホッとした俺がいる。
「ジャムやハチミツはいいのを揃えてある。全部他の大陸産だからメイヤも驚くと思うよ」
慰めようと思ってそんな言葉をかけると、彼女は俺を向いてこう言った。
「貴方は誰?」
「え? いや、暗くてよく見えないのか? ほら、トウジだよ、トウジ」
ランプの灯りを顔に近づけて笑うと、彼女は短く「そう……だった」と納得してくれた。
そして視線を夜空に浮かぶ月に戻し、見上げたまま彼女はぽつりと呟く。
「……精霊たちが……騒いでる」
「……精霊?」
ポチと一緒に彼女の視線に目を向けると、ぼんやりだが何かが浮かび上がってきた。
魂のような丸くて淡い光が、ふわふわと漂い、次第に数を増していく。
「おお、すげぇ……なんだこれ……」
「アォン……」
「──これはダンス・オブ・アニマ」
「だんす・おぶ・あにま?」
「小さな精霊たちが主人の帰還を喜んでいるみたい」
それで、たくさん集まってふわふわ浮いてるのか。
「主人って? この泉の持ち主ってこと?」
「それは違うけど、この精霊たちの主人。スピリットマスター」
「スピリットマスター……」
なんかそれっぽいな、それっぽい。
精霊たちの主人って感じがする。
「一応、もう一回聞くけど、この泉とは関係ないんだよね?」
「彼らは、ここが居心地がいいから集まっているだけに過ぎない」
「そっか、ならいいや」
水位は見えないけど、多分一割くらい減ってる気がする。
さすがはハイパワーポンプ。
ダンジョン内にあるプールでポーションを一気に作る俺専用にしただけある。
「……聞こえる」
「聞こえるって、精霊の声ってこと?」
「そう……今日はなんだか少し聞き取り辛いけど、主人のことを話してる……」
「へえ、やったー嬉しいとか、ハッピーとか?」
「太陽を手に入れた、月と太陽、出会うはずのない双子が邂逅する」
「た、太陽……? 双子……?」
精霊たちは、俺が想像しているよりもずっと普通の会話をしているようだった。
でも抽象的過ぎて意味がわからないのだが、とにかく月と太陽とか精霊っぽい。
ワードがなんだか精霊っぽいね。
小さな精霊たちの明確な意思なんて、滅多に聞けない。
他にも何か聞けないのかな、と言おうとした時だった。
ボシュ、と隣で音がした。
「ん?」
なんと、ポチがマジックハンドガンで精霊を撃っていたのである。
「こ、こら! なんてことをしてるんだ!」
「アォン……」
「え? 自分は空中に浮かんでいる獲物でも余裕だって? 何を対抗してるんだよ……」
そして、今かよ。
急にマジックハンドガンを撃ち出したから、本当にびっくりした。
ちなみに、ポチの撃ったマジックハンドは命中。
精霊なんだが、なんと捕まえることに成功した。
「い、良いのかこれ……精霊さんたち、今集会中じゃなかったのか……?」
「…………ポチ」
メイヤの金色の瞳が、ポチに向く。
やばい、これはさすがに怒られるか。
「……それは私に勝負を仕掛けている? 受けて立つ」
「あ、あれ?」
どこを、何を見ているのかわからないほど朧げだったメイヤの瞳にしっかりとした光が戻る。
再びお昼のような無邪気な笑顔を見せたメイヤは、俺が貸した方のマジックハンドガンで精霊を撃ち始めた。
おいおい。
射的大会になっちゃったよ……。
「ま、まあ……ここの原住民が良いってんなら、良いんだろうな……うん」
神々しい雰囲気が、一転してなんとも言えない茶番劇になった。
でもまあ──
「精霊一つにつき、1ポイント!」
「アォーン!」
「何ポイントとったら勝ちなのか明確にしとけよー、あと満足したら飯な」
──二人とも楽しそうだし、いっか。
◇
──マスターが、ご主人様が帰ってきた
──太陽を手に入れた
──ねえ、なんか水が減ってる
──出会うはずのない双子が邂逅する
──どうなる
──月と太陽、相反する二つの力が混ざり合う
──そして
──やっぱりこれ、減ってるよね、減ってるよ
──黙れ、今大事な話中、で、どうなる
──そして、スピリットマスターは完成す、捕まった、なんか捕まった助けて
──待ってこっちにも何か撃ってきた、捕まる、これ捕まるよ不思議だよ
──逃げて、飛んで逃げてポイントになっちゃう
──すごい当ててくる、あのコボルトすごい
──やっぱ減ってるよね水かさ
──さっきから何お前、もうめちゃくちゃだよめちゃくちゃ
──あ、もう飽きてどっか行っちゃったみたい
──精霊になんてことするんだろうね、あのコボルト
──一緒になって僕たちを撃った月も月だよ
──聞こえるか精霊ども、ついに待ちわびた日が来るぞ!
──あ、マスターだ
──おかえりなさい、マスター
──おかえりご主人様
──ねえ水
──それはもういいよ、今はマスターの帰りを喜ばないと
──それもそっか、マスターおかえり
──おう。相変わらず騒がしい奴らだな。それで……・月の様子はどうなっている?
──まだ“存在”している
──うん“存在”確認
──そうか、ならば良い。絶対にあの場所から動かすな。
──大丈夫、月は夜に“存在”を縛られてるから
──よし。太陽は、直に私とともに到着する。そのまま帰りを待て。以上だ。
──そうだマスター、知らない男が空から降ってきたよ、あの場所に
──知らない男? 詳しく教えろ。
──生きてた、死水の中でも生き残った、彼には繋がりがある
──なるほど。名前はわかるか? 人相でも良い。
──トウジ……アキノ、トウジ……
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