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本編
822 おかん様
しおりを挟む「へー、なら急な商会の方向転換って、マイヤーのお母さんが決めたことなんだ?」
「そうなんよ」
ロイ様に見捨てられ、少し絶望を感じている間に、マイヤーとイグニールの話は進む。
どうやら、ギリスで立ち上げたマイヤーの商会経由で様々な魔導機器が流れてきて、それを元に衣食住の全てを賄う商会に鞍替えしようという大胆な方向転換とのこと。
サルトは国境沿いで人の流れも多いから、1店舗目の槍玉に上がったとかなんとか。
「一つの町に、アルバート商会が一つあればええねん……が、うちのおかんの言い分やね」
「へえー、随分とアグレッシブなお母さんみたいね?」
「そうなんよ。うちのおとんも尻に敷かれとる」
話を聞いている限り、マイヤーのお母さんはイケイケどんどんタイプ。
マイヤーの天真爛漫さは、母親譲りらしい。
ますます俺の立場がやばい気がしてきた。
いやしかし、逆に所帯持ちならば説得力はあるのではないだろうか。
嫁さんもいて、極めて健全な状況で同居しておりますという理由になる。
活路を見出せ。
いつだって、言い訳で人生を乗り切ってきただろうが!
「と、とりあえずマイヤーの安否も確認できたし、ギ、ギリスに戻ろうかな……?」
「なんやトウジ、せっかくやし新生アルバート商会見ていきーや」
「そうだし! まだおもちゃ全種類集めきってないんだし!」
「まあ、マイヤーがひと段落つくまで待たないとよね」
「アォン」
みんなにそう言われて、立つ瀬がない。
現在の生活圏はギリスなので、マイヤーを待つというイグニールの意見はもっとも。
だが、おもちゃのことで文句を言うジュノーは絶対に許さんぞ。
おもちゃ買ってあげないもんね!
「ってか、ほら? 俺ちょっと色々用事があるしね?」
スライムを上空にぶち上げたり、賢者を探してダンジョンに赴いたり。
ほら、ダンジョンとの争いだって色々あるし?
ぶっちゃけ色々とやらないきゃいけないことってたくさんあるんだよね?
「だから、一旦帰宅して、また改めて迎えに来ま──」
「──こらマイヤー、あんた何こんなところで何油売っとんねん!」
席を立とうとしたところで、マイヤーの後ろから声が響いてきた。
妙齢の美女が鋭い目つきで仁王立ちしている。
小麦色の肌に、後ろでまとめた綺麗な金髪。
マイヤーにそっくりだ。
「お、おかん!? こ、これはサボってんちゃうくて!!」
「御託はいいからはよ注文を届けんかい!」
「はひっ」
「ええか? 人生は時給や、息をしとる限り働かんかい!」
「いやそれでも休憩は必要やなって……」
「言い訳すな!」
「ひっ」
「あんたはアルバート商会のこれからを担う一人娘やろ? 他の人に示しつけるために誰よりも体動かさんかい!」
「は、はひ!」
詰め寄られたマイヤーは、泣きそうになりながら後ずさり。
俺たちもついつい息を飲んでしまうほどの覇気を感じた。
やべえ、どうする。
どうする、どうする、どうする……ッ!
息切れ、動悸、冷や汗、緩むお腹。
突如として悪くなる俺の体の具合。
ぐっと我慢して、とりあえずトイレに行くことにした。
「ちょっとトイレに」
「ト、トウジ~! 置いてかんといてぇ!」
バカ、名前出すなよ!
俺だってバレるだろうに。
この対応が非誠実だと言われても……。
先にトイレに行かせてください、お願いします。
「ちょっと今日、お腹ゆるくて」
「霧散の秘薬飲むし」
ジュノー!
隙あらば退路を断ってくるな、こいつ。
「なんや、あんたがトウジ・アキノなん?」
マイヤーのおかんの興味が俺に向いた。
じろりと、下から上まで隈なく目を向けられる。
「えっと、む、娘さんには……大変お世話になっております……」
「ええねんええねん! うちもあんたのおかげでぎょーさん儲けさせてもろとるからな!」
お?
意外と、俺に対しての印象はいい感じじゃないか?
「ギリスでごっつええ感じの商売しとるみたいやん! この調子で頼むでほんま!」
てっきりマイヤーとの生活について色々言われるかと思っていたのだが……。
そうか、商売人として、俺がアルバート商会にもたらした益をしっかり見てくれてるんだね!
「トウジはん、あんたがマイヤーと一緒にうちを継いでくれれば、もう最強やん?」
「ん?」
継ぐ、とはいったいどういうことだろうか?
マイヤーに目を向けると、顔を真っ赤にしてそっぽを向いていた。
……そ、そういうことか。
これは、かなり話がこじれてくる案件だぞ。
胃がキリキリと痛んできた。
霧散の秘薬を飲んだとしても、この痛みは消えない気がする。
「で、隣の赤髪の嬢ちゃんは? トウジはんの秘書なん?」
「嫁です」
イグニール!
失礼を承知のことだが、空気を読んでくれ!
イグニールが嫁ですと自己紹介した時。
マイヤーのおかんの額に、ピキッと青筋が浮かび上がった。
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