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本編
737 真の敵
しおりを挟む「──クイック!」
鋭い牙が、セブンスに喰らいつく瞬間のことだった。
咄嗟に体が動いた。
左腕一本、前に出してなんとか庇うことに成功する。
「ぐっ」
激痛が走った。
こいつの食らいつきは、俺の防御を貫通する。
うなじの毛まで逆立つ異様な感覚。
「うわぁっ! おっさん!?」
「ポチッ! 連れて逃げろ!」
すぐさま、セブンスの襟首をひっつかんで後ろに投げた。
「アォン!」
ポチはセブンスの袖を噛み、引きずる様に全力疾走する。
四足歩行、本気の走り。
目の前に存在する異様な奴に、ポチも感づいた様だった。
こいつは、ヤバイと。
「あーれま、話に聞いてた通り早いスキル持ってんじゃあん」
「お前……」
インベントリからすぐにポーションを取り出して“使用”。
HPは、これまた例によって回復しない。
「チッ、阻害か」
RPGは物語が進むに連れて、敵が強くなって行く。
より、過酷になって行くのだが、なんで適応されてんだ。
毎回、毎回、ダメージを受ける時は回復阻害付きである。
「お前の話は聞いてるぞお」
俺の舌打ちする様子を見ながら、男は言った。
「だから油断はしない」
情報が出てるならば、それだけ準備をしてくるのもわかる。
しかし。
「誰から聞いた」
「ビシャス」
ビシャス……あいつか。
「……ってことは、お前」
「察しの通り、俺はビシャス側の勢力だぜえ。もっとも」
さらに男は続ける。
「厳密に言えば、奈落じゃなくて魂枯の方だけどなあ!」
魂枯……魂枯砂漠。
こいつは、グリードの送り出した刺客だってことか。
まったく、人間の刺客の次はダンジョン。
「休む暇がないな……」
「まあ、お前を見つけたのはこっちに来てるとある女を追いかけてだけどなあ!」
「女……」
「どうだ? 会ったか? 助けを求められたか? ラストのとこの売女によお!」
こいつはジェラスを追ってサルトまでやって来た様だ。
そして、たまたま俺を見つけて攻撃を仕掛けたってわけである。
面倒極まりない相手だ。
「助けを求められたって言うか、いきなり喧嘩売られたから関係ないよ」
「そりゃお前が試されてたんじゃねーのお?」
「いや普通に殺しに来たから、あいつも敵みたいなもんだし、無関係ね」
「はあ……? なに屁理屈言ってんだあ?」
「屁理屈でもなんでもない真っ当な理屈だぞ、これは」
相手にすると余計な引き金を引いてしまいかねない。
そんな気がしたので、可能な限りは煙に巻く方向性。
向こうから来る場合は、全力で逃げる。
防御を貫通できるほどの手合いは、キングさん案件。
ガチバトルに発展したら、街がやばいことになる。
この街には大事な人たちがいるのだ、巻き込めない。
「だから、試すとか試さない以前にな? 頼み方ってあるだろ?」
「ああん?」
「殺す気で来られて、対応して、実力を認めるから力を貸せ……」
そんないきなりド級の超展開で来られて。
「貸すと思うか? 貸さねーよアホか。常識的に考えろよもっと」
頼み方にも筋がある。
そして俺の返答は保留中だ。
いやむしろ煙たがってる部類に入る。
「どうぞ、追ってる奴がいるなら勝手に追えば良い。道、開けとくんで」
物語のセオリーみたいなものに従う通りはない。
努力ものの漫画に、理不尽、届かない壁、挫折。
この三つの言葉は付きものかもしれないが……。
そんなの知らない、関係ない。
お前にも事情があるかもしれないが、俺にもある。
「だからさよならだ」
言うだけ言って、踵を返す。
敵は、情報を集めて準備しているっぽい。
くれてやらんぞ、情報。
現代社会を生きていた俺は、ネットリテラシー持ってるからね?
個人情報の大切さ、ちゃんと身につけてるからね?
「ま、いつかダンジョン攻略しに行ってやるからその時な」
手を振ってバイバイして、そのままダッシュでウィンストと作戦会議。
そうしようと思ったのに。
「──待てよお、事情があるとか無いとか、俺にも関係ねぇんだよ」
男は俺をまっすぐ見据えてそう言った。
ですよねー。
適当に話をまとめてさっさと切り上げてみたけど。
そういう感じの雰囲気通用しない畑のやつだった。
「お前の意見も一理ある」
「ええ、あるのか……」
話が通じるタイプなのかな?
「でもなあ、俺、とりあえず人生充実そうな顔してる奴からはその一切合切を奪っておきたいんだわぁ」
首が90度曲がってケタケタと牙をむき出しにしながら笑っていた。
よだれを垂らした狂気の瞳は、話が通じない畑。
「お前がいてもいなくても、ムカつく奴は勝手に食うんだよなあ? 殺すんだよなあ?」
「ムカつくの食っても、お腹壊すし胸焼けすると思うからやめとけば……?」
「アハァ……さっきお前が守ったガキ、未来奪ったらどんな顔するのかなあ……?」
こいつ、やばい。
「一応聞くけど、未来奪うって何するつもり?」
「そのままの意味だよ。命奪うでも良いし、一生傷物にするのでも良い、なんでも楽しめる」
「前言撤回。やっぱ相手してやる」
精神無敵タイプの野郎だ。
こいつを野放しにするのは、非常に不味いぞ。
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