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本編
726 落とし前・後
しおりを挟む「泡沫の浄水……? それだけの為じゃねえだろ……?」
「はい、そうです」
勝手に何やら想像しているようなので、特に否定はしないでおいた。
その想像で、だいたいあっているしな。
「一つお尋ねしておきますが、全部嘘だったんですよね?」
「……」
黙ったままのハウザー。
この状況で俺が生きている、その理由を理解しているのだ。
聖人とぶつかること。
そして教団と戦っていたこと。
依頼を受けて多少の状況を見て来たハウザーならわかるはず。
仮にも名のあるクランを率いるマスターなのだ。
「俺がここに来た意味が、わからない訳じゃないですよね?」
そう告げると、
「……お前らはもうどっか行ってろ、金は先払いだったろ?」
ハウザーは両サイドに侍らせていた女を脇にどけた。
「そうだけど、これからもあるでしょ~?」
「ねえ、あたしショッピング行きた~い!」
「良いから帰れ」
「は? 何よそれ、信じらんない」
「は~あ、シラけちゃった」
鋭い視線を向けられた女どもは、そんなことを口走りながらさっさと帰ってった。
この状況見てまだそんなこと言えるとか、すごく図々しい奴らだな……。
さすが娼婦と言ったところである。
「で、落とし前をつけに来たってわけか、テメェは」
「ええ、そうです」
ここで駆け引きしても仕方がないので頷いておく。
落とし前、そりゃそうだ。
こちとら家族が被害にあってんだから、相応の仕返しはしておく。
泣き寝入り?
んなこと、するわけがない。
やられたらやり返す。
どんな粘着質な相手にも、俺は粘着して引退に追い込んで来た。
実績がある!
ネットゲームの中で!
「逃げても地の果てまで追いかけますので、大人しくしといた方が良いですよ」
最悪グループ機能にこいつぶち込んどけば、マップに表示されるからな。
事実上俺から逃げることは不可能で、海でも山でも長距離でも関係ない。
「チッ、空飛ぶ船持ってんだもんな? あれ、いくらしたんだ?」
俺も報酬で女買う前にあれ買っておけばよかったぜと笑うハウザー。
適当に話を引き延ばして色々とこの場を逃れる策を考えているのだろう。
「御託はいらんから覚悟決めとけ」
当然ながら、そんな暇は与えない。
俺は会話を無理やりぶった切って、ゆっくりとハウザーに近寄っていく。
「おいおい、服を着る時間くらい……」
「覚悟決めろけって言ったぞ」
「チッ! うぜーな、テメェこそ返り討ちになる覚悟決めとけや!」
そう言って、ハウザーは自分の横にあった椅子を持ち上げて投げた。
やられるくらいならやる、先制攻撃……ではない。
「バーカ! 覚悟なんかするわけねぇだろ! おら、お前ら解散だ!」
逃走するための目くらましとして、適当に俺に投げただけだった。
パンツ一丁で踵を返して、壊れた調度品の瓦礫を投げながら逃げるハウザー。
「〈百頭蛇〉は一旦解散! どっかでまた集まってクランやろうぜ!」
まったく、どうしようもないな。
なんとなくだが、こういうことをするタイプだとは思っていた。
窮地の状況でベラベラ語る。
そんなタイプは真っ向勝負なんて柄じゃない。
「はあ……逃がす訳ないだろ」
「うわっ──!?」
ハウザーを指定して引力を使う。
仮に逃げおおせたとしても、外にはキングさんがいるのだ。
何をどう足掻こうと、逃れられることはできないのである。
「くっ! な、何しやがった!」
「とりあえず表に出よっか」
パンツ一丁男の首根っこを捕まえて、俺はクランハウスの外に出た。
外には逃げ出そうとしたクランメンバーがキングさんによってボコられて山になっている。
俺が何か言わなくても仕事してくれるキングさんは、素敵ング。
「なんだなんだ? ありゃ〈百頭蛇〉のクランだろ?」
「どうしたんだ? クラン抗争とかやってんのか?」
「つーか、コボルトとスライムとオーガにやられてんの?」
「だいぶ大御所のクランなのに、弱えなおい」
タブーの街中に存在するクランハウス。
故に、往来の人々からの視線も多々ある。
野次馬が集まってくるのだが、冒険者同士の争いはこの街では普通っぽい反応だった。
迷宮が近場にあって数も多いからな、何かと喧嘩も多いのだろう。
「ハウザー、目の前見てみ」
「く、何だよ! テメェ、マジでぶっころすぞ!」
ぶっ殺す、か。
だいぶ余裕がなくなってる証拠だな、そのセリフ。
「まあとりあえず見てみ? 今からお前のクランハウスが壊滅するから……キングさん」
「プルァッ!」
ボンッと膨張したキングさんが、跳躍してそのままクランハウスにのしかかった。
なんどもぴょんぴょん飛び跳ねるだけで、クランハウスはたちまち倒壊する。
「お、俺のクランが……」
「もう解散したんだから良いじゃん。むしろ解体費用欲しいんだけど?」
「テ、テメェ!」
さて、あとは適当にどこぞの山奥に連れてって痛めつけて始末するだけ。
なのだが、ポチが俺のズボンを引っ張った。
「ォン」
「どうした? そんな奴を殺したらバチが当たるって?」
「アォン」
頷くポチ。
でもポチを嬲った奴らなんだけど……。
まあやめておけっていうなら、従うか。
だが、それと制裁は別の問題である。
殺しはしないが、社会的には、人間的にはしっかり仕返しする。
そんなわけで。
「ちょ──」
俺はハウザーを適当な柱に縛り付けてパンツを下ろした。
全身に入れ墨のある男の全裸に、野次馬から悲鳴が上がる。
「んな子供みたいな真似しやがって、テメェ覚えてろよ……」
「今後、俺に関わらないと約束しろ」
「は?」
「良いから約束しろ」
「んなもんするわけねーだろ! テメェいつか絶対仕返ししてやるからな!」
「そっか、じゃあまあそれで良いよ」
適当にそう言いながら、俺は別のパンツをハウザーに履かせる。
「なんだあいつ? パンツ脱がせて履かせやがったぞ?」
「どういうことだ? ちっともわからん」
周りからそんな声が聞こえてくるのだが、実はこのパンツ……脱げないのだ。
教団が持ってな呪い装備に近い代物だと言って良い。
一度装備したらインベントリを持っていないと外せない装備。
オスローが教団につけられていた腕輪と同じ効果を持つパンツである。
厳密にいうと。
魔王の精神世界や教団関係者でパクった腕輪にカナトコした。
その名も、主従のパンツ。
「これ、もう二度と脱げないから、そこんところよろしく」
「は、はあ?」
俺の言葉がイマイチ理解できないハウザー。
まあ良いでしょう、後で身をもって理解するだろうし。
パンツのデザイン的に、チンチャックみたいなのもない。
故にトイレは不可、垂れ流しにするしかない。
さらに、女の子とイチャイチャしてその後も不可。
女を両脇に侍らせるハウザーには、ぴったりだな!
「関わらないって約束すれば、10年後くらいに外してやる予定だったけど」
「テ、テメェまさか……」
「約束してもらえなかったから、一生そのパンツ履いてろよ」
「クソが! 関わるなって約束だったら最初からそんな気なかっただろ!」
「……ニヤリ」
はい、そうです。
もしかしたらどこかに何とかできる人がいるかも知れないけど。
頑張って探したらいいと思うよ、うん。
「す、すげぇ悪い笑顔だ……ヤベェなあいつ……」
「やべぇ、やべぇよおい……何者だよ……」
そんな言葉を受けながら。
後ろでひどい罵倒を叫び続けるハウザーを放置してこの場を後にした。
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