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本編
714 やべぇやつは教団の天使様
しおりを挟むトゥワイス・ブルーム、教皇の息子。
それなりに明るい色の茶髪は、ちょっとしっとりしている。
でっぷりと肥えたパンパンの腹に、二重アゴ。
顔は脂汗でギトギトしてて、なんというか……うん、やばい。
「イグニールちゅわぁーん! 今日はこれから僕ちんとデート行こっか!」
そんなのが、流し目したり、投げキッスしたり。
ウィンクしたりと、なんかとんでもないアピールをしてくるのだ。
ブレイズがいなかったら、私はイグニスを焼き殺している。
「……うざ」
ふつふつと湧き上がる魔力に、イグニスが慌てていた。
「息子の体に触るから、収めて欲しい。ただでさえ私も立っているのがやっとだったのだ」
「そう?」
その割には、ブレイズは気丈にも私の前に立ちはだかった。
加護なしとか言われてるみたいだけど、少し違う気がする。
そしてそれは目の前にいるデブもそうだった。
「んほぉ、ビシビシ伝わってくるねえ! これが精霊の魔力って奴ぅ?」
「何のことよ」
「僕ちんを目の前にすると、なぜか女性は魔力を解放しちまうのさっ!」
……焼きたい。
激しく焼きたい。
でも焼いたらとんでもない匂いが充満しそう。
それに魔力を解放するって、それ殺気でしょ。
視界に入れるだけで殺意が湧くから、みんなそうなる。
なんとも、お見合いとやらをさせられた女性たち。
御愁傷様って感じだった。
「ん~、今まで感じていた魔力よりもさらにとんでもないねえっ! 良いよ!」
「何も良くないわよ」
「イグニールちゃんと僕が結婚すれば、もうそれは聖なる炎になっちゃう? なっちゃう?」
「ならないけど」
「あ、ちなみにどういう意味かって言うと、子供ね? 子作りして、スーパーベビー作ろ?」
「お断りします」
全身に虫酸が走って、なんかサブイボみたいなものができた。
トウジがよく関わりたくない相手に敬語を使うけど。
私もごくごく自然に出てしまった、敬語。
「あなた、それより大聖堂がすごいことになってるのに、こんなところに居ていいのかしら?」
「え? 大聖堂? すっごい魔力を感じたよね?」
「ええ、だからこんなところで油を売ってる場合じゃないんじゃない?」
つまり、帰れってことなのだけど。
「今日という良き日を神様が祝ってくれたのさあ! やっと君と巡り会えたんだから! えへ!」
なんかテンションに任せて都合のいいことを言い続ける始末。
なおさらやばい。
「それよりイグニス~、挙式の段取りはしっかり組んであるんだろうな~?」
「そ、それがトゥワイス様……その……」
やや口ごもるイグニスに、トゥワイスの目つきが変わる。
「はあ? 使えねーな! その辺の段取りは組んどけって言ってあったろ!」
「いやその」
「僕ちんが苦労するお前の家をどれだけ援助してやったと思ってるんだ!」
「そ、その話は……」
「どれだけ僕ちんがお前の家の後ろ盾となって商談を持ち込んでやったと思ってるんだ!」
黙って話を聞いていたわけだけど。
結構前からいろんな人に頼り続けてた臭いわね、あの叔父。
最初はめちゃくちゃ強がってたみたいだけど。
なんかもう、ただのダメ人間に見えて来そう。
「まあいい、とにかく今日からこの家は僕が跡取りだから、みんな心配しなくていいよん?」
トゥワイスはイグニスの陰に隠れたブレイズに視線を向けた。
「そこの君の傷も、なぜか治らないみたいだけど、僕ちんの家が責任持って治すからね?」
「……べ、別に治してもらわなくても結構です……」
「何言ってるのさ! 今日から君と僕ちんは血縁者なわけだよ! 治す治す! 好きなものも買ってあげる!」
一頻り喋ったトゥワイスは、再び私に目を視線を戻すと言う。
「ねえ、イグニールちゃんの杖、そして妖精とスケルトンとハイオークはどこなの?」
「……それは、私との婚姻に関係あるのかしら?」
「大ありさあ! 前から飼ってみたかったんだよね? 魔物とか!」
「……」
「ついでに連れて来てるって話は聞いてるから、とりあえず会わせてよ! うちはパパがそう言うのは絶対に許さないってうるさいからさあ~! あ、そうだ! オークって美味しいもの食べさせたらその分美味しくなるんだよね? うへへへ、あと妖精ってすっごく可愛い存在なんだよね? 火の大精霊イフリータと妖精ちゃんとイグニールちゃんをベッドで侍らせてハイオーク飼ってスケルトンは適当に鎧着せて飾りとか、あっ、屋敷のドッキリとかにつかって~!」
げへげへと鼻息を荒くしながら笑うトゥワイス。
目の前にいるこのデブの方が、私からすれば人のツラを被ったオークに見えた。
「まともじゃないわね……付き合う人は選びなさいよ……」
「こ、これでも今までそこそこ助けてもらっていたんだ……」
常日頃からこう言うことを叫び続けている奴らしい。
頭おかしいのでは、と思うのだけど。
割と金銭的な嗅覚とか、やり口は上手いらしく、周りとは一線を画す存在としてこう言われている。
教団の天使様、と。
「あなた、言動がすごく子供じみてるけど、いったいいくつよ?」
「今年で30歳だよん」
「さ……」
言葉を失ってしまった。
これで、30歳。
なんというか、いつまでたっても子供部屋にいそう……。
「今までお見合いしてみた女の子って、みーんなつまんない子ばっかりだったからさあ~!」
トゥワイスは言う。
「いろいろ持ってるイグニールちゃんって、すっごく楽しませてくれそうだよね! うへ!」
「まあ、その話なんだけど……とりあえず婚姻は結ばないし、援助も打ち切っていいわよ」
「……なに~?」
目つきが変わった。
頭の悪いただのぼんぼんデブかと思っていたら、一転してどう猛な雰囲気を醸し出す。
「両家同士で結んだ婚約を一方的に破棄する、それがどういうことかわかっているのか?」
「ええ、だから援助は打ち切ってもらって結構。私は結婚しないから、そういうことで」
こういう手合いには忽然とした対応が重要だ。
話はなかったことにすると、そうしっかりと告げる。
「おい、イグニス! どうなってるんだ? 僕ちんはすでにきっちり準備してここに来た!」
「それがその……今までの援助に恩義を感じておりますが……本人が嫌となると……」
「チッ、娘っ子一人説得できないとは、やっぱりお前は使えないなイグニス」
「……」
「お前も公爵家なら僕ちんとの結婚の意味をよく理解しているんじゃないか? なあ?」
「そ、それは……」
「王家の血を持ち、そして教皇家との関係性が強くなることで公爵家はより一層磐石となる。お前の代でそれを成したということは、もうお前を雑魚だと呼ぶものはいなくなるのだぞ! 名ばかり公爵とも言われなくなり、遥か永劫お前の家の未来は神の御意志によって明るくなることが確約される瞬間を、棒に降るというのか? ああ!」
そう言われて、イグニスは何も言い返せなくなっていた。
「父さん……」
ブレイズが、不安そうな目でイグニスを見上げながら手を握る。
それを見たイグニスの目が一転して変わり、ようやく声になった。
「わ、私も王と教皇の関係性には疑問を持っていた」
勇者召喚、ある意味危険なことでもある。
何をそそのかされたのかわからないが、無駄な争いが起こるなら勇気を持ってあの時止めておくべきだった。
ここで教団との婚姻によって、さらに結びつきが強くなってしまうと、誰も何も口出しできなくなる。
自分の意思を伝えて、改めてイグニスはまっすぐと目を向けて言った。
「それを危ぶんだ結果、申し訳ないがこの話はお断りさせていただくつもりだ!」
別にそこまで言えとは、言ってないのだけど。
男を見せたってことでよしとする。
「ふーん、僕ちんに盾突く気なの?」
「盾突くつもりではない。しかし、やはりこの国の未来をお互いに思うならば……と考えたのだ」
「るせぇ黙れ」
「ぐはっ!?」
──ッ!?
唐突に、とんでもない速さで動いたデブの一撃によってイグニスがぶっ飛ばされた。
屋敷の壁に叩きつけられて、気を失う。
「父さん!」
「あんた! いきなり何を!」
「いうこと聞かない奴は、全部こうするって決めてるの。何か文句ある? 今までいろいろ手助けしてやったけど、僕ちんの出した甘い甘い条件にのらないなら、これどころじゃ済まないよ? もっとも、拒否しても無理やり婚姻は結ぶし、その後のイグナイト家は僕ちんのおもちゃにするけどね?」
これは天罰だよ、とトゥワイスはニヤリと汚い顔で微笑んだ。
「ほら、今ならイグニールちゃんが結婚してくれるだけで、全部僕ちんが神に変わって赦してあげるけど?」
「今の言葉を聞いて、素直にそうと受け取れると思う?」
「素直に受け取らなくても結構だよ? でもイグニスみたいに全てを棒に振るような答えはしないことだね?」
「……脅しかしら? だったら力づくでも連れて行ってみなさいよ、このデブ」
言い返すと、額にやや青筋を浮かべるトゥワイスだった。
「へ、へえ……面白いね、今の見てなかったの?」
「見てたわよ。でも私、自分より強い人じゃないと認めないから、負けたら大人しく尻尾巻いて帰りなさい」
じゃなきゃ、燃やす。
一発は一発だということで、イグニスの時に出し損ねた全力を今だそう。
どっちに転んでも面倒ならば、今ここでその根本を立っておくべきだ。
「僕ちんは、聖人と同格、いやそれ以上だよ? それに……デブじゃなくてぽっちゃりだ!」
来る──
「いや、お前はただのデブだボケ」
=====
──来た
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