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本編
688 地獄の釜の入り口
しおりを挟む「前人未踏──」
ステージの上に、背広を身につけた壮年の男が一人立つ。
グランドマスター。
ギルドの支部長、ギルドマスターを束ねる存在。
冒険者ギルドの頂点に立つ者。
「──かつて冒険者は、その言葉に酔いしれた」
かなりの歳だと、周りの冒険者は噂する。
だが、それを感じさせぬほどの気迫だった。
気迫と同じく張り詰め、まっすぐとした背筋。
鋭い視線にAランク以上の冒険者でも圧倒される。
レベルが高いと寿命も延びるからかな。
この世界の平均寿命はそれなりに長い。
人間50年?
いやいや。
不死身で長きを生きる存在だっているんだ。
さすが異世界。
「初めは単純な好奇心だった」
荘厳で低い声は、不思議と開会式を行う会場内に響き渡る。
「あの丘の向こうには何がある……」
その丘を超えた先の森には何がある。
さらに森の奥にそびえる山には、山脈には、何がある。
海が見える、何がある、島を見つけた、何がある。
「答えを追い求め、そして持ち帰ったのが……冒険者」
疑問感じ、答えを探し出す。
好奇心は、人に備わった一つの本能。
まるで魔物の様な本能に取り憑かれ。
国の支援も受けずに単身乗り出した。
それが冒険者。
「ここに集まった諸君は、果たしてどうか……それは自分自身のみが知ることだ」
地位名声、財宝。
何が為でも、外に一歩踏み出した瞬間からは冒険者。
「指定した物を取ってこいと言うのは、あくまで建前に過ぎん」
グランドマスターは言う。
「探してこい。見つけてこい。自分なりの答えをな」
『うおおおおおおおおおおお!』
ギラリと目が光、そう言い終えた瞬間。
周りの冒険者たちが歓声をあげた。
自分なりの答えだと言うが、生半可なものでは許されないだろう。
泡沫の名を関する浄水は、遥か昔に見つかって以降、誰も目にしていない。
指定難易度は未設定。
どこにあるかもわからない物だから、線引きができないのだ。
最近見つかった古き情報は、デプリと魔国と分かつ山脈にある。
それだけだ。
今から俺たち冒険者は、そのよくわからん水のために命をかける。
それが命をかけるに値するのかしないのか。
興味のないものは、馬鹿のやることだと言うだろう。
しかし、取り憑かれた俺たち狂信者は価値を見出す。
俺だって、最強装備を作る上で重要な素材。
価値?
無限大に決まってる。
「……なんだか、すごいわね」
「ああ」
例によって、俺とポチ、イグニールとジュノー以外は船待機。
例とは何か、目立つからだな。
大所帯でいて、変なのに声をかけられるのも面倒なのである。
「もう終わったし? あのおじさんの話、やけに長く感じたし」
「おう。今日も俺のフードで昼寝とは良いご身分だな」
目上の人の話が長く感じるのは異世界も同じだった。
「小さなマクラスがいるから、よく寝れるし」
「小さなマクラス……?」
「これ」
ジュノーが俺のフードの中からゴソゴソと取り出したのは枕だった。
もう、完全に別荘みたいな感じになってますね、俺のフード。
「ポチとゴレオにお裁縫を習って、作れる様になったんだし!」
「そ、そうなんだ……?」
ポチやゴレオが編み物できる様になってるのも驚きだが、ジュノーがそれを学んだことの方がもっと驚きだ。
ミニマクラスは、真っ二つになった初代マクラスの材料を元にして作られたとのこと。
どれだけマクラス愛してるんだか……。
「ジュノー……いつのまに、そんなことできる様になってたの?」
「こっそり仕入れた雑誌に、主婦としての心構えが書いてあったんだし」
主婦って、まだジュニアを子供として、俺と仮想結婚してるのか。
まあ、おままごとがしたいってんなら、付き合わんこともない。
どうせ、そのうち飽きるだろう。
「地味にマフラーも作れる様になったし! トウジ、褒めていいよ」
「はいはい、すごいすごい」
「心がこもってない! やり直し!」
「えー……」
見せびらかしてるけど、もう直ぐ夏が来るからなあ……。
季節感よ。
そして、ジュノーサイズだと俺にはサイズが合わんのだ。
カナトコで見た目を写して無理やりサイズチェンジはできる。
しかし、それだと作った意味もないしなあ。
「あ、そうだ。昨日イグニールたちって何話してたし?」
「聞いてなかったの?」
「爆睡してたし!」
人んちでよく爆睡できるな、やっぱこいつ只者じゃない。
そんでもって、何を話してたか俺も気になるから聞く姿勢をとる。
「……まあ」
少し怪訝な表情をしながら、イグニールは答えた。
「黒いうさぎをどう料理してやろうかって話ね」
「食べ物の話? イグニール料理するの? あたし絶対食べないからね?」
「……どう言う意味よそれ。あとで詳しく聞かせてもらうからね」
「二度寝するし! おやすみ!」
スッと俺のフードに潜り込んだジュノー。
なんともすばしっこいことか。
それにしても、黒いうさぎを料理する話って、デプリの郷土料理でも教わったのかね?
イグニールの作った手料理、気は進まないが食べろと言われたら残さず食べるよ、俺。
この辺の選択肢を誤ったら、俺が黒焦げ料理にされかねないしな!
=====
ジュノー「見て見てイグニール。なかなかセンスあるでしょ、このマフラー」
イグニール(ク、クオリティ高い。そういえばこの子、本気を出せば内装もオシャレにできるし、こう言う細かいところでこだわり強かったのよね……どっかの誰かさんみたいに……)
イグニール「へ、へー……上手くできてるじゃない。でも、ダンジョンコアならガーディアンを作る感覚で手間をかけずに作れそうなもんだけど……?」
ジュノー「ちっちっち、それじゃ愛情がこもってないんだし! ポチ言ってたし、何事にも愛情が大事だって」
本筋入るために色々すっ飛ばしたこう言う日常話は、閑話で触れたいと思います。
一区切りついたらやります。
そして、トウジの勘違いは、あながち勘違いではないという……ね。
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