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本編
687 くろいうさぎさん
しおりを挟む「で、イグニールはどうなのよ、トウジとの関係は」
子供をアレスに任せたエリーサが、お酒を飲みながら尋ねる。
「そうね……」
私は少しだけ考えて、現状にぴったりの言葉を返した。
「パーティーメンバーよ」
「いや、それは知ってるんだけど……」
「今のところ、それ以上でもそれ以下でもないから」
そしてそれ以上を求めようと思っても、時期じゃない。
言葉で表現するなら、溢れる。
彼の目に、まだ覚悟が決まってない内は、このまま。
でも、私は確信している。
ほとぼりが冷めた頃に、ぽろっと自分から溢すだろう。
漠然としていたやるべきことが、一つだけ定まった。
再召喚から、帰って来て。
彼自身は気付いていないけど、一つの目的を見つけた。
そんな目に変わったことに、私は気付いていた。
出自は聞いた。
何も知らない世界で、必死に生き抜いて来た。
本人は必死ではなく、流れに身を任せた様なことを言う。
しかし、別の世界を生き抜くこと──。
──それはどこの誰よりも、冒険者だと私は思う。
「今回の未踏挑戦って、ギルドや国が決めた物を探す依頼よね」
「まあ、そうだけど……それがどうかしたの?」
「果たしてそれが未踏なのかってものに疑問を感じてるのかな? イグニールさんは」
突拍子も無い私の言葉に首をかしげる二人。
「それも、そうね」
話に合わせながら、考える。
用意された未踏とは、本当に未踏なのかと言う部分だ。
そう考えると、彼は……トウジは。
何もかもが違う、未踏の世界に一人放り出された冒険者。
「話は変わるけど、荷物持ちさんとパーティー組めるなんて幸運だね、イグニールさん」
「そうよねえ……アイテムボックス持ちはかなり貴重な存在で、依頼も楽になるし」
「それ目当てだと思われたく無いけど、確かにそうね」
本当はインベントリで、さらに装備だってポーションだって作れてしまう。
一応、最先端技術の研究所に出資して、最高責任者ではないが将来も安泰。
クロイツの王、ギリスやストリアの貴族、トガルの大商会ともコネがある。
こうして改めて考えると、トウジの存在って大きくなり過ぎじゃないかしら。
出会った頃とは、大違いだ。
本人は特にそれを誇示することもないから、忘れていたけど。
二人からべた褒めされるトウジの話を聞いて、悪い気分ではない。
「でも、そこを見て決めたわけじゃないわね」
重要な部分だけど、そこじゃない。
「じゃ、どこかな?」
フーリの問いに答える。
決まってる。
「フィーリングよ」
「……それって、ある意味一目惚れだったってこと?」
「そうだけど、そうじゃない」
この会話に至るまで、私は二人に話していた。
トウジとの出会いやパーティーを組んだ時のことを。
だから。
気恥ずかしさも相まって、少しぼかした様な言い方で告げる。
「今までの私の話を聞いたらわかるでしょ?」
「まあねー」
「そうだね」
誰かを好きになるには、十分過ぎるほどの時間があった。
英雄が姫を助ける物語の様だった、と私は思っている。
もっとも、そんなに大それたものではないけれど。
私にとっては、あの場で一生が終わっていたかもしれないのだ。
「かと言って、それに絆されたってことでもないの」
「ふふ、憧れだけじゃ続かないのは私たちが一番よく知ってるよ」
「エリーサの言う通り、結婚してからが大変だったしね」
私にとっての先輩たちがしみじみと語る。
結婚は大変だ、子供ができてからもっと大変だ。
でも、二人揃って悪くないって幸せな表情。
「ってことは、両思いじゃないの? その進展を聞きたいんだけど!」
「僕もそれを聞きたいから、早く早く早く」
急かす二人だが。
「私だって語れる部分があれば良いんだけど……残念ながらね……」
話のネタがないのだ。
パーティーという言葉を盾に、一応アクションは起こしている。
でも、恐ろしいほどに奥手の小動物は、手強い。
「むしろ小動物を相手にしてるから、あんまり急かさないで欲しいくらいよ」
「小動物……まあなんとなく雰囲気からはわからないでもないかなあ……」
「最初に荷物持ちを頼んだ時も、魔物にビクビクしてたから言い得て妙だね、くすす」
優しく優しくしてあげないと、怯えてしまう。
でも愛おしい、飼いたくなる、それが小動物。
抱きかかえて黒髪を撫で回したい。
けど、キャラじゃないから驚かれそう。
いいえ、彼は絶対に驚く。
そしてどう言う風の吹き回しだとか、後ずさり。
ほんっと、黒いうさぎね。
「でもイグニール、割とノリでいっちゃって、早い方が良いわよ?」
「子育ても歳をとると厳しくなってくるらしいし、身寄りがないと苦労も絶えない」
「うーん……いまいちピンとこないわねえ……」
二人の言うことも理解できるが、私はそうやって誤魔化した。
もともと厄介なものを背負っているのに、彼は最近もっと背負っている気がする。
決意をその目に秘めているのは良いことだ。
だが、持ちすぎた重圧というものに、彼が圧し潰されてしまわないか心配だった。
「何言ってるのよ、尻に敷いてなんぼよ?」
「エリーサは敷きすぎだよ」
「勝手に敷かれてるんだから仕方ないじゃないの」
……敷いたら潰れそう。
二人の話を聞いて、そう思った。
敷くってことは、トウジの上にみたいなことだけど。
そうなると、私の眼下には色々な重圧があることを感じた。
彼が見てきたもの、見ているもの。
まったく異なる彼の視線。
同じ方向を見れるだろうか、と不安になる。
そして、私は動けなくなって、固まってしまう。
こうして今の関係性のままでいること。
色々と理由をつけてはいるが、私が怖いのだ。
以前、ライデンにふっと聞かれてすんなり答えた時。
彼が頭の中で色々なことを考えているとした。
でも、ブツブツと思考を張り巡らせて考え込んでいるのは私だ。
そう言うところが似た者同士?
それが少し嬉しくなって、気持ちが嘘ではないと確信はできる。
「……何かきっかけがあれば、前に進めるかもしれないけど……あっ」
自然と声に漏れていた様だ。
私のつぶやきを聞いたエリーサが言う。
「きっかけねえ……私とアレスはフーリの家に泊まるから、ここ使う?」
「えっ」
「あはは、いきなりど下ネタぶちかましてくるね、エリーサは」
「ごちゃごちゃ考える前に、とりあえずってことよ!」
「それでいきなり妊娠発覚して、一時期てんやわんやしたんだけど……?」
「現状上手く行ってるから良し!」
旦那さんが仕事してない状況を、上手く行っているとは言えないけど。
そう言う選択肢もありなのかな、なんて流される私がいた。
「小動物なら食ってしまえ! 自らが血肉に飢えた獣となるのだー!」
「……エリーサ、久々のお酒で酔ってるね……」
「そ、そうね……もう、この話はやめにしましょ?」
先に進みたい、という気持ちはあるけど。
彼自身以外にも、他にも色々と考えるべきことはあるのだ。
トウジのことを思ってる人は、他にもいるのだから。
「てかイグニールさあ、その赤い髪……すっごい火属性の加護を感じるけど」
「なにかしら?」
「本当にただの冒険者?」
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