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本編
671 酒の一滴は血の一滴、つまり
しおりを挟む「ほんで、ここが事務所や。グループカンパニーの全業務をここでやる予定なんよ」
倉庫の隣にあるどデカイ3階建の建物へと向かう。
TAFという看板が掲げられており、街行く人々が度々見上げていた。
「予定ってことは、まだ本稼働はしてない感じ?」
「準備段階やな。設備類を隣の倉庫のコンテナに入れとんのやで」
「なるほど」
中身を全て事務所内に配置したら完成、という形である。
3階建の建物の中に、全ての業者が入ったらまさにビルだな。
日本でもよくある、色んな企業がフロアを借りた雑居ビル。
もっとも、全部同じ大元の商会だから、雑居ではないけど。
「なんだか、これからもっと規模が大きくなりそうだな」
「大きくなるで。人も増やすで」
マイヤーは言う。
「商人にとっての財産はな、蓄えたお金じゃないんやで」
「なんとなくそれはわかるよ」
金は天下の回り物、だなんて言葉もあるんだからな。
いや、それは少し意味合いが違ってくるか?
利益も大事だが、薄利だとして巨大な金額を動かすこと。
それが何よりも商売する側として大事なことらしい。
かと言って使いすぎることもよくないのだが……。
無駄な使い方をしない、という点に関しては同じなのだ。
俺は結構無駄遣いすることが多いから、肝に命じておく。
「うちの予定よりごっつ早く、飛空船による国跨ぎの商会や」
「うん」
「その勢いは爆発するかの如しやで? イグ姉の炎みたいに」
商人の世界では、ある一定の水準を超えたあたりで一気に業績を伸ばすことがあるそうだ。
近場で積み上げてきた信用、そして縁が一気に身を結ぶ瞬間なのである。
まるで技術的特異点、シンギュラリティーの様なものだ。
そこにどう対応するかが、今後の商人人生の分かれ目でもあるらしい。
「とんでもなく忙しくなるっぽい雰囲気だけど、学業の方とか大丈夫なの?」
ただでさえ、あのワークホリック親子のせいでマイヤー達はオーバーワーク気味。
さらに大きくでかくなる、なんてことになってしまえば、対応できるかが不安だった。
国内というか、首都内で最近始めたものが一気に国外事業へと移り変わる。
イグニールの炎で例えているってことは、それだけヤバイものなんじゃないかと思った。
「心配あらへん。準備は上々や」
「いやでも、また働き詰めてボロボロになるのは、みんなが悲しむ」
「一度経験した失敗は二度と繰り返さんのは商人の鉄則やで?」
「……酒で毎日失敗している様な気もするけど」
そう告げると、マイヤーはやや顔を赤らめながら首を振る。
「プライベートじゃなくて、商人としての話!」
「あっそう……ふーん……」
「それに、失敗ちゃうし! 自ら酒に溺れていくのを楽しんどるんや!」
いや、なおさらダメだろ。
そう思うのだが、ストレスのはけ口だから、如何ともし難いな。
ってことで、マイヤー用のポーションを常備しておくことにしよう。
お医者さん的に言うならば「お薬多めに出しておきますね」ってところだ。
「トウジ殿」
そんな話を黙って聞いていたリクールが言う。
「酒の一滴は血の一滴ですぞ」
「いや、いきなり意味がわからないんだけど?」
「商人にとっては、お金の巡りは血の巡りと同義です」
つまり、酒を嗜む。
それはお金を嗜むことと同じものなんだそうだ。
「私たちは酒に浸ることで擬似的にお金に浸っているのです」
「せやね、リクールの言う通りや」
リクールの言葉に、マイヤーが合わせる。
「酒に飲まれない様に飲み慣れておく。つまり──」
「つまり?」
「──今後の忙しさに対応するための予行練習やな!」
胸を張ってそう豪語するマイヤーと隣のリクール。
いや、知らんし、絶対違うと思う。
何を言ってんだこの酒呑童子たちは?
「ただ酒が飲みたくて言い訳を並べてる風にしか聞こえないんだけど?」
「ぐふっ、確かにそう言い切れるかも知れん」
「いや、絶対そうだろ」
「でも武器やとか兵士だって、別の側面から見たら意見は真逆になるんやで!?」
「いや、比べるなよ」
せっかくマイヤーから出た久々の商人論。
良い話だったのに、一気に酒で台無しになった。
「トウジだって、色々言い訳並べて逃げたりするやんけ!」
「ぎくっ」
それを出されると、俺は何も言い返せなくなるな。
くそ、マイヤーめ。
度重なる酒控える発言に、対抗策を学んできやがった。
「だから、ええやん酒くらい!」
「い、いや、俺のは言い訳じゃなくて、正当な意見だから違うぞ?」
……違うよな?
=====
イグニール「違うわね」
ジュノー「違うし」
ポチ「アォン」(違う)
ゴレオ「……」(違う)
コレクト「クエ」(グダグダ言い訳マンは早く爆発しろ)
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