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本編
591 一方その頃 ※イグニール視点
しおりを挟む家主の一人がいなくなってしまった部屋。
ぽっかりと空いたベット。
「……くぅん、くぅん」
そこで、寂しそうな目をしたコボルトが鳴いていた。
「ポチ……」
「料理も手につかなくなっちゃってるポチ、初めて見たし……」
私とジュノーは、そんなポチを見ながら唇を噛み締める。
「ポチ見てると、あたしも寂しくなってきた」
「私もよ」
「ふえぇイグニールゥ~」
ジュノーも泣きそうになりながら、私の胸に飛び込んできた。
「今回ばかりは、不味い状況かもしれないわね……」
私はそう独り言ちる。
「もう、一週間よ……どこに行ってんのよ……」
一週間前、彼は食事中、唐突に姿を消した。
食事の際はポチとわいわい言いながら食べる、いつもの光景。
それが一瞬にして一変した。
私たちはすぐに消えてしまった彼を探すために動く。
しかし、あのコレクトでさえも、見つけることはできなかった。
ジュノーの通訳によれば、すごく遠い場所に存在を感じるらしい。
でも、その存在はすごくすごく小さなものになっていったそうだ。
ポチ達がこの場にいる、ということ。
それはトウジが生きているということを指し示すのだけど。
コレクトの言う、存在を感じ辛くなったのが気になった。
「……どういうことかしら」
コレクションピークの能力で、コレクトはトウジの考えていること。
それがなんとなくわかる様になっている。
距離が遠くなればなるほど、わかり辛くなることはないそうだ。
従魔として、サモンモンスターとしてトウジと常に繋がっているから。
しかし、それがこの一週間で。
私たちが大まかな居場所を調べる前に、消えてしまったそうだ。
「何が、起きているの……?」
トウジなら、今すぐ図鑑に戻して再召喚すればポチ達は連れて行ける。
それをしないと言うことは……トウジなりの考えがあってのことかしら?
「くぅん、くぅん」
なんだかわからないけれど、ポチを悲しませるのはダメよね。
アホじゃないの、トウジ。
誰よりも、何よりも。
ポチやゴレオたちを大切にしていたんじゃないの?
「ポチ、大丈夫よ」
「アォン?」
私は彼のベッドの上で耳をしなだれさせたポチを抱きしめる。
ベッドにはトウジの匂い。
ポチはそれで寂しさを紛れさせてたのかしらね。クンクン。
「きっとトウジは帰ってくる」
「アォン……」
「あなた達の存在は、彼の存在の証明なんだから」
この状況にも、色々と考えがあってのことかもしれない。
いや、きっとそうだろう。
彼は、頭の中でグダグダ考えることが癖なんだから。
「でも、この状況はなんか癪に触るわね……」
「ォン?」
私の呟きに首を傾げるポチ。
「いや、召喚し直さない理由を考えてみると、巻き込まないためにやってるんじゃないかしら?」
彼のことだもの、最後は色々投げやりだけど。
その前の段階までは色々と気を揉んでしまうタイプ。
だからこそ、ぶっちゃけ勢いで押し込むのが大事よね。
まあ、色々な関係性の手前、そんなことはしないけど。
「イグニール、この状況はトウジが気を使ってるんじゃないかってことだし?」
「ええ、まあだいたいそんな感じじゃないかしら?」
それが本当かどうかは知らないけど、ね。
「もー! 家族相手に気を使うなんて捨て置けないし!」
「そうね。だから、捜しに行きましょ?」
そう言うと、ジュノーとポチの視線が私に向く。
「ォン?」
「コレクトでも今はまったくトウジの気持ち感じないし、どうやって捜すし?」
「うーん……そうね……」
トウジには私たちの居場所がマップ機能でいつでもどこでもわかるけど。
私たちにはそれがわからない。
相変わらず、おんぶ抱っこされてる状態なのかな、なんて常々思う。
だからこそ、今度はこっちから捜してあげたいと、そう思うのだ。
「最後に感じた薄い気配は、南東の方だったわよね?」
「うん、コレクトはそう言ってたし」
「だったら言ってやろうじゃないの、その方角」
近くに行けば行くほど、コレクトもその存在を見つけやすくなるかもしれない。
とにかく近づくことが重要なのではないか、と思えた。
「──ここにいたのか」
そんな折、トウジの部屋にチビを頭に乗せたウィンストが入ってきた。
彼は、トウジの代わりに暗殺者たちをデプリに強制送還してくれている。
「トウジはまだ戻ってないのか?」
「ええ……」
「なるほど」
彼は顎に少し手を当てて考えると、言った。
「デプリを見てきたのだが、少し気になることがあった」
「気になること?」
「ああ、トウジと同じ時に、デプリからも勇者が消えたそうだ」
「消えた……?」
彼は勇者召喚に巻き込まれて異世界に来た。
だから、その言葉がすごく気がかりだった。
絶対関係している。
「そしてさらなる情報として、勇者の保有権がデプリから別の国に奪われたそうだ」
「奪われた……」
「デプリ側はそう言うが、他の諸国関係者の口ぶりだと譲渡らしい。食い違っているな」
「ウィンスト、どこの国に譲渡されたのかってことはわかるかしら?」
「ん? ああ、確か情報によればクロイツだったかと」
「クロイツ、ね……」
ストリア北東に存在する国。
「……行くのか? イグニール」
「当たり前よ」
どこにでもついて行くって約束したんだから。
私と彼はパーティーなんだもの。
「だが、陸路は遠いぞ?」
「だったらウィンスト乗せて行くし! チビに!」
そう言うジュノーに、ウィンストは首を横に振って返答する。
「チビのことも考えて、私はそろそろトガルに戻るタイミングだ。連れて行けない」
「えー!」
「勇者が消えて、デプリでも色々と動きがある。私はトガルで守れと言われたものがある」
「ウィンストはそれで良いわよ。私たちは私たちでやることをやるだけだから」
「そうか」
行かない、という選択肢は私の中にはない。
たぶんだけど、トウジは勇者と一緒にいる可能性が高い。
……ストレスで胃に穴が空いてそうね。
私たちがそばについてなきゃ、彼は抱え込んで良くない方向に行くかもしれない。
だから行く。
「陸路でもなんでも、行くわよね? ポチ?」
「アォン!」
ワシタカくんを使った飛行だとあっさり移動できるけど。
陸路を用いると1ヶ月以上かかる旅路。
それでも関係ないとばかりに、ポチは荷造りを終えていた。
トウジが作ってくれたリュックに、色々なものを詰めている。
「だったらあたしもいく! みんなの荷物はあたしのストレージに入れていいよ!」
「ふむ、気合十分だな。だったらこれを持っていけ」
ウィンストはそんな私達を見て、何かの小瓶を投げ渡した。
怪しく光る黄色チックな液体が詰まっている。
「ウィスント、これなんだしー?」
「竜の聖水だ。弱い魔物は寄りつかないぞ」
「聖水? なんだしそれ?」
「別名、チビの黄金水だ」
「おっ──、バカー! そんなのいらないし!」
慌ててジュノーが投げ返して、瓶が割れた。
トウジの部屋に、すごい匂いと魔力が充満する。
「おい! 貴重なものなんだぞ!」
「1日複数回でるもんだし!」
「生産量が限定されているからかなり貴重だろう!」
そんな言い争いを始める二人。
「はあ……」
「ギャオ……」
「アォン……」
場を収める人がいないと、こうも扱い辛いやつなのね、ウィンスト。
いや、トウジでも扱いきれてなかったかしら……はあ、帰ってきて。
「おい! トウジはまだ戻らないのか! って、きゃっ──!」
次におめかししたオスローがズカズカと部屋に入ってくる。
そして滑って転んでいた。
「な、なんだこれは……って、くさっ! せ、せっかくシャワー浴びて来たのに!」
「チビのおしっこだし」
「おし……? のわあああああ、口についたじゃないか!」
「チビの聖水だぞ、魔力が回復するぞ」
「あと、オスローの匂いの方がやばい時あるし」
「私の匂いの方が!? って、そ、そんな問題じゃない! トウジはまだいないのか!」
「うん、まだ帰ってきてないし」
「まったく……今日は実際に運行実験を始めようと思っていたのに──」
──運行実験?
それは、まさか……。
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